第17話 尻尾を掴め
翌朝八時に登庁すると、穂乃香は早速昨晩の襲撃犯への取り調べを開始した。
「藤岡庚子郎って、あんたの兄弟分か何か? 今どこに隠れてるか、正直に言いな」
取調室で向き合う髭面の男。脂肪の付いた中年の男は、ガンショップ・サマンサでコピーしたマイナンバーカードの持ち主とは別人だが、存外あっさりとその身元は割れた。
「
「…………」
「だんまり決め込んでも無駄だよ。あんたが天童会の組長と若頭を殺した。張賢達を殺したのもあんた。そうだろ?」
「弁護士が来るまで何も喋らねぇ」
ようやく喋ったと思ったら、お決まりの定型文。とはいえ、弁護士が来るのを待っていては予定が狂う。こんな小物は昼までには片付けてしまいたい。
「あんたも藤岡も、今時珍しい果報者だわ。死に体の組のために大枚叩いて仇討ちだなんて。まぁ、あんたらみたいなのを世間では『馬鹿』っていうんだけど」
煽るように言ってやると、師岡は目を見開いて、顔を歪めた。弁護士が来る前に顔で喋ってくれた。
「古賀組の組長、くたばったんだっけ? じゃあ誰に頼まれた? 廃人になった一人息子か? みっともない死に損ないのミイラみたいになっても、昔は肩で風切ってた極道だもんね。最期の頼みくらい聞いてやりたいか?」
「…………」
「嫁と跡継ぎの一人息子殺されて、死ぬのを待つだけの惨めなゴミのためにここまでしてやるなんて、あんたほんと偉いよ。カタギじゃないからただのゴミだけどね」
「……黙れ」
「あ?」
顔を紅潮させて、睨みつけてくる師岡。昔は恐れられた威圧も、刑事として相対すると虚仮威しに見えてしまう。
「兄貴を馬鹿にすんじゃねぇ」
「ゴミをゴミって呼んだらいかんのか? じゃあ何て呼ぶ? 産業廃棄物?」
「てめぇ!」
吼えて立ち上がる師岡を、記録係の刑事が取り押さえる。
「白炭さん、やり過ぎですよ!」
「うるさい、ちょっと黙ってろ」
諫める同僚に吐き捨てて、穂乃香は話題を変える。
「あんた死ぬの恐くないって感じ?」
「おぉ、恐くないわ。兄貴のために死ぬのが恐くて、極道がやってられるかい」
息を乱しながら啖呵を切り、勝ち誇ったような目つきで、睨みつけてくる。
「どうせ俺は死刑や。せやったら早う送検でも何でもせぇ。その代わり何も喋らん。お前らには何も喋らんからな!」
パイプ椅子にドカッと座り、腕を組む。覚悟を示したに、穂乃香は静かに応じる。
「じゃあ良いよ。あんた釈放してやる」
「あ?」
「え?」
記録係も一緒に、呆気に取られた声を漏らした。
「その代わり香港の連中には事前に伝えとくから。あんたはここを出た瞬間、連中に連れてかれる。死刑は覚悟してても、拷問されて尊厳踏みにじられて死ぬのは覚悟してないんじゃないの?」
師岡は顔を俯かせて、肩を震わせる。
「それか、あんたの身内でも良いよ。淡路島のお母さんか、妹の亜希菜さんだっけ? 確か十歳の姪もいるんだったね」
「な、何を……」
「三人とも大陸に売り飛ばされちゃうかな? 知らんけど」
「白炭さん、ちょっと!」
「お前は黙ってろや! 出てけ、このボンクラ!」
口煩い同僚を怒鳴り付け、腕を掴んで叩き出す。静かになったところで、青ざめる師岡に囁きかける。
「もう一回だけ聞いてやる。これが最後だ。答えなかったら、あんた中国人に渡して、家族も大陸に売り飛ばす」
「…………」
「どこの、誰の指示で動いた?」
顔を近付け、間近で睨み、答えを迫る。
「……九鬼や」
「九鬼? 古賀じゃなくて?」
「全部九鬼さんに頼まれてやったことや」
「あんたと藤岡の二人だけか? 他に協力者は? いるだろ?」
師岡と藤岡の背後は調べてある。師岡は反社だが古賀組との縁は切れていて、藤岡は十年ほど前から日雇いを転々としている。店主に渡した口止め料に、武器や闇バイトを仕入れる軍資金、それに都内で身を隠す場所を用意できるとも思えない経済状況だ。そんな二人で王血幇にここまで手傷を負わせられるというのが、どうにも腑に落ちない。
となると都内にまだ協力者がいるはず。ここまで脅して話さないとなると、その人物がよほど恐ろしいのか、それとも情がある相手なのか。
「その協力者、あんたらの同業か?」
一瞬目を向けて、すぐに俯く師岡。察するには十分分かりやすい反応だ。
「カタギなら、中国人どもから守ってやっても良い。それなりの罰は受けてもらうけどね」
師岡の顔が歪む。どうやらまともに裁かれればかなりの厳罰を受けることになる立場らしい。でなければこんな苦渋の表情を浮かべて悩む条件ではない。
「そいつが人間として処分を受ける権利を守ってやるか、それとも虫けらみたいに殺されるのを見て見ぬふりするか、好きな方を選べ」
そう促すと、師岡はようやく沈黙を破った。
「九鬼……
「どこにいる? 職業は?」
「六本木や。普段は金持ち相手に身一つで仕事しとる」
「素直に売春って言えや。かっこつけんな」
吐き捨ててやって、追及を続ける。
「で、そいつ何者? ヤらせてもらったからって手伝ってるわけじゃないだろ?」
「その人は
ようやく聞き覚えのある組が出てきた。和歌山の暴力団だ。地元では有名な組織だが、古賀組との繋がりが見えてこない。
尤も、そこは古賀に訊けば分かるはずだ。そろそろ頃合いだろうし、これ以上脅して絞り出す必要もないだろう。
「とりあえず分かった。ご協力に感謝するよ」
「おい! 約束守ってくれるんやろな!?」
相手はヤクザ。それも憎い古賀組にいた人間。とはいえ、あまり外道に染まりたいわけではない。
「協力者に関しては警察で捕まえるし、あんたの身内にも危害は加えさせない。安心しな」
安堵から脱力した師岡に背を向け、取調室を出ると、係長が待ち構えていた。
「お前、何考えてるんだ? 被疑者脅迫するような真似して、マスコミに知れたら大問題だぞ」
チクられたらしい。仕方のないことだから、責めはしない。
「でも、あいつの協力者は分かりましたよ」
「だからってお前な!」
「おい!」
怒号が廊下に響いて、関心が移る。芝崎課長が顔を真っ赤にして、大股で向かってくる。
「何てことをしてくれたんだ。古賀麗羽を釈放しろと言われたぞ!」
「な……」
急展開に唖然とする係長。穂乃香は予想できていたから、特に驚きはしない。
「お前が密告したのか?」
課長の矛先は穂乃香に向いたが、首を傾げて惚けた。
「知りませんよ。そっちに内通者がいるんじゃないですか」
「何だと、貴様……!」
「係長、あたしちょっと調べることがあるんで。師岡ともう一人は好きにしてください」
ここにいる必要はもうない。踵を返して、去っていく。
「こんな真似して、警察でいられると思うなよ!」
課長の怒号も、気にならなかった。
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