第15話 決行
日曜の夜九時。川崎市内のセーフハウスを、白炭が運転するセダンが出発した。警察所有の防弾仕様で、対物ライフルでも持ち出されない限りは持ちこたえてくれるという触れ込みの優れものだ。
貨物船が停泊している本牧ふ頭へは、首都高経由で三十分弱。セーフハウスは会社から人事部長名義で急遽借りた物件だから、内部でも知っている者はいないし、警察でも知っているのは送迎を頼んだ白炭だけ。
どこに隠れているか見つけられない人物を仕留めるなら、本人が姿を現すのが確実な本牧ふ頭で待ち伏せするはずだ。
「ふ頭と周辺にはうちの連中が総動員で待機してる。怪しい奴は全員マークしてるから、不審な動きを見せたら即逮捕だ」
運転席の白炭は目論見を教えてくれた。そこまでしてくれているのなら、防弾スーツを着る必要もなかったかもしれない。
「着いたらうちは車を降りて、迎えを待つ素振りを見せる。それで近付いてきた奴を取っ捕まえるか、撃ってくれれば良いよ」
「撃つのは最後の手段だ。まぁ心配しなさんな。組対は急所外すのが得意な奴がゴロゴロいるから」
「下手くその集まりってわけね」
「ひねくれたこと言いやがって。まぁ半分合ってんだけど」
誤射されないか心配になるようなことは言わないでほしい。やはり防弾スーツを着てきて正解だった。
「藤岡を捕まえたら、大阪の方はうちに任せてよ。親兄弟が残したケジメは、きっちりつけるからさ」
麗羽はそう言って、ポケットから板ガムを取り出す。季節外れの感のある巨峰味だ。
「ガム食べる?」
「ん」
一枚包装から取り出して渡す。受け取った白炭はさっさと口に入れて、咀嚼し始めた。
「古賀組のクソどもはあたしにとっても仇なんだよ。あんた一人にくれてやる義理はないね」
分かってはいたが、白炭は素直に応じてくれなかった。
「じゃあ主犯の半分はこっちで始末する。で、もう半分は半殺しにして東京まで連れてくるよ。それで逮捕は刑事さんがすれば良い」
「お、それ名案だね。大阪府警にお伺い立てずに済むじゃん」
ガムを噛みながら白炭が笑った。
車は首都高を降りて、横浜港に到着した。そこからさらに進み、シンボルタワーの駐車場の辺りまで来ると、そこでセダンは停まった。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
バッグの中に忍ばせてある護身用のコルト・ディフェンダーを取り出して、弾が装填されているのを確認し、ドアを開ける。
「古賀」
白炭に呼び止められて、中腰のまま振り返る。
「油断すんなよ」
「あれ、心配してくれてるの?」
「死なれたら大阪の連中と合同捜査しなきゃならないからね」
素直じゃないが、その方がこの刑事らしい。
「じゃあ、万が一の時のために」
麗羽はバッグからペンとメモ帳を取り出した。膝を机代わりに電話番号を書くと、ページをちぎって白炭に差し出した。
「もしうちに何かあったら、ここに電話して」
「は? 何死亡フラグ立ててんの?」
「保険だよ、保険」
縁起でもないものを託されたとばかりに、顔を顰めつつ受け取った白炭は、念を押すように言った。
「ヤバそうならすぐ戻ってきな。こっちも準備しとくから」
「分かった」
ドアを閉めて、車の傍でスマートフォンを取り出す。夜の静けさの中で辺りを見渡してみると、黄色いミニバンが道路脇に停められている。スモークガラスで中は確認できない。
相手はこちらの顔を知っているはず。それなら確信を持たせるために、ひと芝居打ってやろう。
「今着いたけど、いつになったら迎え寄越してくれるの? 早く来てよ!」
どこにもかけていないスマートフォンを耳に当てて、中国語で声を荒げる。端から見れば怪しい中国人でしかない。
ミニバンのドアが開いた。ジャージ姿の男。手には見慣れたシルエットの短機関銃。APSだ。
「動くな!」
怒号が響き、周囲でパトランプが灯る。暗がりの中で停められていた覆面パトカーから捜査員が降りてきて、或いは物陰から駆け出してきて、一斉に拳銃を向けた。
「武器を捨てろ!」
「全員その場に跪け!」
包囲されて、視線と銃口を泳がせる。やがて覚悟を決めたように麗羽の方へ向き直り、APSの銃口を向けた。
銃声が響く。短機関銃が地面に落ちた。
「へぇ、すっご」
銃声の方へ振り返った麗羽は、白炭の姿を認めて驚嘆の声を漏らした。官給品のM&Pをウィーバースタンスで構えた白炭は、やがて銃を下ろして得意顔を見せた。
「確保!」
組対の刑事達が一斉に駆け寄り、APSを取り上げる。白炭の銃弾は銃身に当たったらしく、男に怪我をした様子はなく、あっさりと手錠をかけられた。
「あぁ、こいつは協力者だから。構わなくて良いよ」
麗羽に駆け寄ってきた捜査員を白炭が追い払う。
「刑事さんの言ってた通り、急所外すの得意だったんだね」
「大したもんだろ?」
「正直見くびってたよ」
パトカーが三台、パトランプを点けてそこに加わった。降りてきたのは背広姿の刑事達。取り押さえられた男には目も繰れず、麗羽の方へ向かってくると、逮捕状を開いて見せた。
「国際犯罪対策課だ。古賀麗羽、殺人及び殺人教唆、殺人幇助の容疑で逮捕する」
「は? おい、どういうことだ!」
白炭が真っ先に声を荒げた。捜査員達は白炭を無視して、麗羽に手錠をかけた。
「そいつは捜査に必要なんだよ! 勝手な真似すんな! おい!」
パトカーに引っ張られていく麗羽の背中に、白炭の怒号が届いた。
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