第12話 素性
ファミレスでの気まずい食事を終えた後、穂乃香は古賀を連れて警視庁に戻った。捜査協力と保護を兼ねた措置だ。古賀も特に反対することはなく、大人しくついてきてくれた。
「――お前の話を総合すると、天童会を襲った犯人と古賀麗羽を襲った犯人は繋がりがある、ってことだな」
「そういうことです。関西のどこかの組が、香港の連中を攻撃する目的で仕掛けてます」
大沢係長は腕を組み、ため息を漏らす。
「となると、大阪府警と合同捜査になるな」
「あいつらが役に立つとは思えませんけどね。ヤクザと癒着して腐敗した連中ですよ」
「そりゃ昔の話だ。今はもうすっかり身綺麗だよ」
「どうだか」
古賀に昔話をしたせいで、地元の話となるといつにも増して気分が悪い。
「それより、あの古賀とかいう女、本当に大丈夫なんだろうな?」
取調室を一部屋借りて、そこに匿っている情報元を気にかける係長。あの女がまた警察にいるのが芸海連に知られれば、例の理事から圧力がかかるのは確実。そんな面倒を避けたい気持ちは理解できる。
「自分から協力申し出といて被害者面なんかしたら、ぶん殴ってやりますよ」
「余計面倒なことになるから止めてくれ」
係長は頭を掻いて首を振る。
「とにかく、上手くやってくれ。お前が優秀なのは分かってる。狂犬でもたまには理性的に動けるってとこを上にも見せてやれ」
「はいはい」
係長が他の刑事に呼ばれて、去っていく。穂乃香は取調室へ向かった。
「――やー、愛してますー。グッバイ」
ちょうど電話を終えたらしい。下手くそな韓国語と英語で通話を切り上げると、古賀はスマートフォンをテーブルに置いた。
「何か分かったことは?」
向かいに座って訊いてみると、古賀は指を二本立てた。
「バンダルが軽く調べた感じ、東京向けに闇バイトをアテンドしたって白状した業者は三件。詳細は今聞き取り中」
拷問でもしているのかもしれないが、相手も闇バイトを斡旋するクズだ。どうでも良い。
「藤岡庚子郎については名前教えた瞬間答えてくれたよ。元暴力団組員だってさ」
「元、ねぇ」
表向き暴力団から足を洗いながら、繋がりを持ち続ける者は珍しくない。藤岡というのもそういう手合いだろうから、韓国マフィアのネットワークに引っ掛かったのだ。
「どこの組員? 兵庫県の人間なら、神仁会とか?」
「古賀組」
告げられた名前に息を飲む。
「昔はミナミで幅利かせてたらしいけど、先代が死んでから少しして兵庫に帰ったんだってさ。だから五年縛りはとっくにクリアしてて、銃も買えるってわけだね」
「そんなの関係ないよ。古賀組の人間なら絶対に逃がさない。逮捕するかぶっ殺す」
「警察とは思えない発言だね」
殺気立つ穂乃香に、古賀は言った。小馬鹿にするというよりは諫めているような、そんな物言いだ。
「藤岡が単に買い物しただけなら大阪か兵庫にいると思うけど、そうなると大阪府警と組んで動くことになるのかな?」
広域捜査の原則だ。こればかりは穂乃香一人で踏み倒すことはできない。
「大阪府警はヤクザと仲良しだから役に立つか怪しいもんだけど、刑事さんはそれでも組むの?」
「仕方ないだろ。そういう決まりなんだから」
渋々、といった態度を隠そうともせずに言うと、そこで古賀の物言いが気になった。
「香港の人間が何で大阪府警のこと知ってんの?」
大阪は韓国マフィアの縄張り。抗争の結果の妥協でそうなったわけではない。最初から王血幇は関西に拠点を構えていなかったのだ。
それに今の大阪府警は昔と比べれば遥かに真っ当だ。地元ヤクザを庇っているのは所轄の悪徳警官くらいのもので、府警本部はそうではない。知る限りでは、バンダルとも関係を持っていない。
それなら知るはずのない昔の大阪府警の実情を、どうやって知ったのか。
「刑事さん、大阪出身でしょ」
疑問を抱いたまま言い当てられて、当惑する。
「昔、うちの兄が刑事さんが話してくれたようなことしてたよ。それで何人も殺して、大金稼いでた。ヤクザなんて似たようなのばっかだけど、古賀組の名前を挙げた途端に態度が変わったから確信したよ」
「あんた、一体……」
古賀は静かに見つめてくる。そして表情を変えず、疑問に答えた。
「うちは、古賀組組長の娘だよ」
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