第10話 裏切りの対価

 御徒町のガンショップ・サマンサは、何のことはないただの販売店だ。資本関係はないし、裏の厄介な面倒事も頼んだりしない。レガリア通商の数ある取引先の一つだ。


「また来たよ、ご主人。今日は売った相手のこと教えてもらうよ」


 先陣を切って入店した白炭がそう言うと、店の奥から店主の煩わしげな声が聞こえてくる。


「そればっかりは令状持ってこねぇと無理だ。いくらマル暴だからって、そんな無茶は通らねぇよ」


 怯みながらの正論に、まぁそうだろうと麗羽も納得する。マイナンバーカードで買わせる上、護身用の手の内を外に漏らすというのは、本人の身を危険に晒す。だから護身用の武器の購入履歴は要配慮個人情報扱いで、厳重に保管されなければならないのだ。


 それを見せろというのなら、令状は必須。時間はかかるが例外はない。


「お疲れ、ご主人」


 だが今回は無理を通させてもらう。


「こ、古賀さん……!?」


「悪いんだけど、急用なんだ。APSを誰に売ったか、教えて」


 敬語を使う時はレガリア通商の人間として会う時。それ以外は王血幇の人間として会う時。そんな使い分けは、裏の自分を知る者なら理解してくれる。


「いや、でも……もしバレたら俺は逮捕されますし、店も潰されるんですよ?」


 どうにも店主に違和感がある。警察の人間に迫られて、王血幇に頼まれて、ここまで来たら素直に応じても良いはず。元々そんなに遵法精神の強い人間ではなかったと思うが、どういう風の吹き回しか。


「見せられない事情でもあるの?」


 訊ねてみると、店主は目を泳がせた。カウンターまで歩いていってバックヤードを覗き込むと、また違和感を覚えた。


「何か片付いてない? 部屋掃除したの?」


「え、えぇ、まぁ……邪魔だったもんで」


「あ、そう。そういえばご主人、この上の階に住んでたっけ?」


 店主の禿げ頭に冷や汗が浮かんでいる。


「部屋見せてくれない?」


「な、何で……」


「部屋見せるか販売履歴見せるか、どっちか選びな」


「おい、何考えてんの?」


 白炭が横から訊いてきた。麗羽は疑問に応じてやる。


「刑事さんは銃の識別番号からこの店に辿り着いたんだよね? で、誰が買ったかは確認できてない」


「だからここまであんた連れてきたんだろ」


「そもそも登録されてないかもよ」


 銃を売ればマイナンバーに情報が紐付けられる。令状があればそれを確認できるが、もし登録されていなければそれもできない。


 尤も、マイナンバーカードを使わずに銃を買うのは銃刀法違反になるし、売った者にはより重い罰が待っているから、よほどの馬鹿でなければやらないのだが。


「部屋見せろってのは、高飛びしようとしてるかもしれないから、か」


「そういうこと。さすが刑事さんは察しが良いね」


 だとしたらよほどの大金を積まれたのだろうが、そうでないことを祈りたい。


「わ、分かった。分かりましたよ!」


 店主は冷や汗を拭って立ち上がった。


「販売履歴を見せますから、勘弁してください」


 バックヤードに駆け込む。暗がりの中で作業する姿を睨みながら、白炭は拳銃に手を伸ばす。


「……ほら、これ」


 持ってきたのは厚めのファイル。一週間前の日付のページを開いて、カウンターに置く。


「こいつだよ」


 指差す番号に、白炭が頷く。品目名はAPSー10。麗羽は併記されている購入者情報に関心を移す。


藤岡庚子郎ふじおか こうしろうね。住所は尼崎だってさ」


 闇バイトの元締めと地域は被る。この人物から辿らせれば、答えに行き着くだろう。


「何でさっさと見せなかった? あんたこいつに殺されるとこだったよ」


 白炭が指差して言った。自分だって拳銃に手をかけていたくせに、と思ったものの、確かに気になる。ちゃんと登録して見せてくれるのなら、何も渋ることはなかっただろうに。


「古賀さんの言ってることは半分合ってたんだよ」


 ばつが悪そうに店主は言った。


「こいつはAPSを四挺買ってったんだ。だが登録したのは一挺分だけ。刑事なら分かんだろ」


「あー、がっつり違法だわ」


 APSのようなセミオート以外の機能を持つ銃器で、一定未満の銃身長で銃床が付属する銃は、法律上「機関けん銃」に分類される。この銃は個人での所有数が二挺までと定められているし、一度に購入できるのは一挺のみと制限されている。集団での武装化を防ぐための規制だ。


「こいつが買ったのはAPS四挺に10ミリ弾400発分。それに口止め料で500万渡された。レガリアさんには迷惑かからねぇと思ってたが、天童会に続いて張さんまで殺されたって聞いたから……」


「逃げようと思った?」


 店主は俯き加減で頷いた。


「別に武器売るのは悪いことじゃないよ。一挺売ろうが四挺売ろうが、結果は変わらないしね」


 仮にここで売るのを拒んだとして、店主の身が危険に晒されるだけだし、そこまで義理立てさせるほどの貸しもない。店主を責めるのは筋違いだ。


「十分義理は果たしてくれたし、心配しなくて良いよ。誰もあんたに手出しさせないから」


「あ、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる店主。


「天童会の連中は黙ってないだろ。こいつのせいで組長と若頭が殺されたんだから」


「天童会の生き残りが勝手なことしたら、死んだ連中の子供を施設から叩き出す、って言ってあるから大丈夫だよ」


「施設?」


王血幇うちで運営してる養護施設。その辺の小金持ちより良い生活させてるよ」


 得意顔で言ってやると、白炭は顰めっ面で首を振って、店主の方へ向き直った。


「こいつのマイナンバーカードのコピーちょうだい。取ってあるでしょ」

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