第9話 悪は悪
「――じゃあ、それらのどれかで間違いないんですね。その方々を皆様捕まえて、誰から依頼受けたか白状させるです。激しいこと得意でしょ? …………そこそこ貧しいこと言わないでください。……あー、分かりました。お金払う。じゃあ、また後で。愛してますー」
助手席で通話を終えると、古賀は疲れた様子でため息を吐いた。
「下手くそな韓国語だわ。相手誰?」
「大阪にいるシン・ソンホって人。刑事さんなら知ってるでしょ?」
素性がすぐに理解できて、気分が悪くなった。
関西の裏社会を仕切っているバンダルという韓国マフィアのブローカーだ。表向きはゲームやメタバース、ソーシャルネットワークを手掛ける新興企業だが、裏では北朝鮮の高官や軍人とつるんで、昔気質の悪さをしているコテコテのヤクザ組織。シン・ソンホは組織の幹部の一人で、人身売買を手掛けている。被害者は闇金で首が回らなくなった連中の子供だ。
「子供売って金に換えてるような連中に助けを求めるんだから、救いがないわ」
会話の内容は、闇バイトのまとめ役を洗い出して情報を吐かせろ、という主旨のものだ。大学で楽をしたくて選択した韓国語が、思いの外役に立ってくれた。
「デバッガーやらせてるだけだけどね」
「は?」
「バンダルは債務者の子供に自社製品のデバッガーやらせてるんだよ。時給は最低賃金の半分くらいだけどね」
違法風俗で働かせるか、それとも臓器を取り出して売り捌く。そんな大陸の黒社会でありそうな末路を想像していたところへ、妙なことを言い出した。
「バンダルが持ってる不良債権は大抵、本人が働けなくて子供がいるか、若いうちに人生踏み外した奴らなんだよ。だから子供や本人にゲームやらせて、バグを見つけさせたり、改善提案させたりしてる。あいつらの会社のゲームがやたら人気なのはそういうこと。ターゲット層にゲームやらせて作ってるんだから、そりゃ良いものできるよ」
「そんなの、借金回収できないだろ」
「できるような奴にしか貸さないんだよ。だからそいつらの借金も精々数百万だし、利息もグレーゾーンに毛が生えた程度。返してくれればそれで良いし、返せなかったらバイトでデバッグしてもらう。それだけ」
裏社会を仕切る暴力組織のシノギとは思えず、呆気に取られる。
「信号赤だよ!」
「っと!」
唖然とし過ぎて、赤信号の横断歩道を通りかけてしまった。急ブレーキをかけて止まり、横断歩道を渡る若者から睨まれる。
「うちらがつるんでる連中はそんなのばっかだよ」
古賀は呆れたようなため息の後にそう続けた。
「裏社会に生きてるけど、表の社会で成功した連中ばっか。で、カタギに迷惑かけるのは好きじゃない。芸海連とかね。
「頭のイカれた殺し屋集団が何良識ぶってんだ」
穂乃香は咎めるように言った。信号が青に替わり、車を発進させる。
「あんたらの話は香港警察から聞いてるんだよ。三合会もビビらせる殺しの軍団。身内だって平気で殺すんだろ? まともなわけない」
「うちらが殺ったのはそれ相応のクズどもだよ。誰彼構わず麻薬を売って、子供を誘拐して臓器売って、善良な市民を平気で惨たらしく殺すゴミクズ。三合会でも爪弾きにされるようなのばっかだ」
「どんなに言い繕ってもあんたらは薄汚い殺し屋だ。で、その親玉が
分かりやすい偽名は渡世名のようなものだろう。意味は名付けた当人しか知らないことだが、香港警察の担当者が言うには、呪いを撒き散らす存在としてそう名付けられたのだという。祝という姓は皮肉を込めてそれを表し、蜂には毒の意と同時に、組織のために殺しを働く忠誠を称える意味が込められているのだとか。
かくしてそのように名付けられた王血幇の大幹部の素性は、ほとんど知られていない。少なくとも香港警察からの情報提供はなかった。人民解放軍の特殊部隊に在籍していたとも、国家安全部の諜報員とも、北朝鮮の工作員崩れとも噂されるが、その素性は一切明らかにされていない。
「まぁ殺し屋呼ばわりは良いとして、それよりこれからどうするの?」
闇バイトの提供元は韓国マフィアの調査待ち。次の手は古賀がいるからこそできることをすべきだろう。
「銃買った奴の身元、あんたなら店から聞き出せるよね?」
天童会襲撃の件から進めていくのが手堅い。令状はまだ出ていないが、古賀を連れていけば進展するはずだ。
「聞き出したところで、そいつも闇バイトじゃないの?」
「だとしても名前を伝えてやれば誰が手配したか特定する手がかりにはなる。銃を買うのに身元を偽るのは無理だからね」
銃や弾の購入にはマイナンバーカードに銃器所持の免許証が必要になる。その上銃を販売する店にはマイナンバーカードのリーダーが設置されていて、それを使って本人確認が必要になる。偽造は不可能だ。
「良いよ、手伝ってあげる。お昼おごってね」
厚かましい古賀に、穂乃香は舌打ちをした。
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