第8話 手掛かり
官給品のM&Pと私物のグロックを返してもらって、厳戒態勢が敷かれた本社ビルを後にした。現場となったビルには警視庁の緊急対応部隊が駆けつけたから、古賀と話すには不向きな場所になってしまった。
「この車、防弾仕様ですよね? ライフルの弾も防げると助かるんですけど」
助手席に乗った古賀麗羽は、そんなことを言いながら窓ガラスをノックする。警察車両は全て防弾仕様で、対物ライフルでもなければ一発では貫けないようにできている。そのくらい知っているだろうに、わざとらしく訊いてくるのが腹立たしい。
「で、あんたの親分に会わせるって約束、忘れてないよね?」
交差点に差し掛かり、車を一旦停車する。咎めるように訊いてみると、古賀は呆れたように笑った。
「分かってますよ。人を信じない方ですね」
「信じてやる道理がないんだよ。それと、そのキショい敬語止めろ。この車で盗聴なんてしてないし、されたところで困るもんでもないだろ」
路地や本社では舐めた態度だったくせに、警察の近くだと猫を被る。裏社会の人間はこうやって生きているのは分かるが、不快過ぎて殴りたくなってしまう。
「はいはい」
古賀はため息混じりに眼鏡を外す。バンドで固定しているから、ゴーグルを取るような要領で外して、ハンカチでレンズを拭く。
「会わせる前に、ある程度協力してくれないとね。手ぶらで警察の人間をボスに会わせたら、うちの立場がないでしょ」
「図々しい」
舌打ち混じりに、アクセルを踏む。
「昨日あんたを襲ったうちの一人が、明け方意識を取り戻した。今からそいつに会わせてやる。それでどう?」
「悪くないね。そこから黒幕に辿り着ければ、ボスも喜ぶよ」
辿り着けなければ、会わせない。遠回しな拒絶と笑みを横目に見て、穂乃香は舌打ちをした。
中野区の警察病院までやってくると、古賀を連れて外科の病棟へ向かう。容疑者の男への聴取は昼過ぎの予定だから、まだ時間はある。
個室の扉を開けると、ベッドに横たわる男が一人。金髪のツーブロックに包帯を巻いた男は、呑気に惰眠を貪っていた。
「こいつが昨日の襲撃犯。身元が分かるものは持ってなかった」
「ふーん」
古賀は表情を変えずに、
「外傷は頭だけ?」
「肋骨も二本折れてる」
「分かった」
ナースコールボタンをベッドの下に落とすと、肋骨の辺りに拳を叩き込んだ。
「いがっ!? あっ!」
悲鳴を上げようとしたところへ口を手で塞いで、もう片方の手でプッシュダガーを抜く。手際良く叩き起こして尋問の準備を終えた古賀に、穂乃香は呆気に取られた。
「昨日はどうも。死に損なった割に呑気に寝てるなんて、あんたよっぽど馬鹿なんだね」
混乱する男はナースコールボタンを探して手をバタつかせるが、それを煩わしく思った古賀がプッシュダガーの先端を首に宛がって、呻かせる。
「大人しくしたら殺さないでやるよ。騒いで誰か来たら、その時は窓から叩き落としてやる。言い訳はあっちの刑事がどうとでもするからさ」
顎で差されて、苦い顔をする穂乃香。とはいえ、乗ってやらないと尋問にならない。
「話聞こうとしたらいきなり半狂乱になって飛び下りたってことにするから」
「分かったら頷け。ほら、早く」
プッシュダガーで顎の下を小突き、薄く刺し傷を刻む。男は冷や汗を滲ませながら、何度も小さく頷いた。
「あんたどこの組の回し者? ほら、喋って良いよ」
古賀は口を塞いでいた手をどかして、プッシュダガーを宛がったまま質問する。状況を理解した男は騒ぐことなく、震える声で応じた。
「お、俺らただのバイトだよ」
「闇バイトってやつ?」
「そうだよ。金がもらえるから
「刑事さん、これあり得んの?」
古賀に意見を求められて、一応真面目に答えてやる。
「闇バイトは基本的に使い捨てだけど、大阪とか名古屋の方には強盗やら詐欺やら上手くやる奴を囲ってる人材派遣みたいなのがいるって聞いたことあるよ。ていうか、そんなのあんたらの方が詳しいだろ。反社なんだから」
「
王血幇の縄張りは東京だけ。北海道はロシアンマフィア。近畿地方は韓国の組織が仕切っていて、九州は台湾、そして横浜は北京マフィア。そんなざっくりとした分割統治のようなことを仲間内やっていると聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。
「じゃああんた関西か名古屋辺りから流れてきたの?」
今の話から察するにそういうことになる。男は小さく頷いた。
「具体的にどこから?」
「大阪です……」
「一緒にいた二人は?」
「初めて組んだんで、分かりません」
いつの間にか敬語を使うようになった男に、今度は穂乃香が訊ねる。
「あんたに殺しの仕事命令したの、どこの誰?」
「分かりませんよ。こういうのはお互い詮索しないもんだし……」
「じゃあ武器と車はどうやって調達した?」
「指定された場所に置いてました」
「場所は?」
「ボロい団地です。確か足立だか赤羽だか」
微妙に頼りない情報だが、そこまで分かれば防犯カメラの映像から準備役には辿り着ける。だが、そこまでかもしれない。
それが闇バイトの厄介なところだ。どこまで追っても黒幕には辿り着けずに終わる。そんな徒労を何度も味わってきた。
「あんた、うちを襲う前の日にも殺しやったの?」
言い様のない疲労感を覚えていると、古賀が訊いた。
「一昨日うちの会社の人間が殺されたの。やったのあんた?」
「い、いや……俺は昨日の昼に東京に来たんで、それ俺じゃないです」
使い捨てられる弾はまだいくらでもある、ということか。何とも厄介な相手だ。
「信じてやるから、一つ約束しな」
一段落つくと、古賀が言った。
「あんた殺しやったことあるでしょ」
「は?」
「殺しやったことない奴に殺しの手伝いやらせるわけないじゃん。どうせ相手はカタギだろうけど、あんたは最低一人は殺してるし、それがまだ警察に知られてない」
「な、何だよそれ。言いがかり――」
男の弁解は悲鳴に変わった。古賀が頭に巻いた包帯の上から、傷口に指を押し込んだのだ。
「見苦しいんだよ、この三下。あんたみたいなの見てるとほんとムカつく。弱いものいじめの延長で殺しただけのくせにイキって、都合が悪くなったら言い訳並べる。あんたみたいなゴミのせいで不幸な人間が減らないんだよ」
頭を押さえて、傷を圧迫する古賀。大の男が体格で劣る女相手に抑え込まれて、一方的に悲鳴を上げさせられている様は見ていて滑稽だが、そろそろ看護師に気付かれてしまう。
「おい、その辺にしとけ。バレたらめんどくさい」
背後から窘めると、古賀は背を向けたまま小さく頷いた。
「この後の取り調べでこれまでの余罪全部吐け。もし一つでも隠したら、その時は裁判やる前に殺してやるからな。それが嫌なら全部話せ」
虚仮威しでないことは明白。耳元で吹き込まれた男は頭を押さえながらめそめそと泣き出した。古賀はその姿に舌打ちをして、踵を返した。
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