第5話将棋の神様が降りた幸運

溝口社長から、肘原のスマホにLINEが。

「明日、会えませんか?」

と。

肘原は、では明日この住所に来てくださいと、返信した。


翌日、朝10時。

老人がインターホンを鳴らす。

「すいません、肘原さんのお宅ですか?」

と、声がして、さくらが対応した。

溝口は手提げ袋を持って、肘原宅に入った。

「溝口ちゃん、もう分かってる」

「師匠分かりますか?」

「明日のアマチュア王将戦の練習試合でしょ?」

と、肘原が言うと和室に案内した。

「ここに座って。チェスクロックも準備してあるから」

チェスクロックとは、将棋の試合で持ち時間を示す時計だ。

針が落ちると、時間切れ負けだ。たいがいのアマチュア戦の考慮時間は40分だ。


「実は、将棋の事もありますが、師匠。是非、カナダ航路の木材船の担当を師匠にしてもらいたいのです」

溝口は頭を下げた。

「あ、それね。良いよ。僕が担当するよ。で、契約は成立?」

「はい」


2人は駒を並べ始めた。平手で指す。

「師匠、これ、良かったら」

と、溝口は手提げ袋から、コニャックを取り出した。

「わざわざ、お気遣いしないで下さいよ。溝口ちゃん。ありがとう。練習試合が終わったら飲みましょうか?」

「これは、師匠と奥さんとで楽しんで下さい。お昼は、昔っから利用している寿司屋で飲みましょうよ。私の奢りです」

「あら、そう。悪いね」

「では、始めましょう」


先手は肘原だった。

将棋は相掛かり模様だった。2人ともチェスクロックは慣れていた。指したらボタンを押し、相手の時計の針が回る。よく初心者は、チェスクロックのボタンを押すのを忘れて時間切れ負けがあるのだ。


仕掛けたのは、溝口社長。

飛車先の歩を突いた。同歩、同飛車で後手の飛車は敵陣に成ろうとしていた。

肘原は、8五歩と打ち飛車成りを許したが、角交換した角を8八角と打ち飛車を閉じ込めた。


飛車の無い後手は、攻めが薄くなった。

結果、後手陣はバラバラにされて、溝口は投了した。


「大丈夫ですかね?明日」

「大丈夫。アマ3段位の腕はあるよ。明日頑張ってね。社長」

「師匠、社長は辞めてよ。溝口ちゃんで良いよ。あっ、もうこんな時間。タクシー呼びますんで、明日の壮行会を開きましょう」

「良い、アイデアだね」


2人は寿司屋で飲んだ。


翌日。

試合会場。

溝口はスーツにネクタイ姿、肘原はチノパンにポロシャツ姿だった。

朝9時に、リーグ戦が始まった。

3戦して2勝するとトーナメント入り。

肘原は溝口にアドバイスした。

「守りも大事だけど、攻めるときはとことん」

「はいっ」 

「頑張ってね」


午後1時。

結果が出た。溝口は2勝1敗でトーナメント入り。

肘原は全勝だった。

「師匠!やりました!1回戦の相手はアマ初段の中学生です」

「え?中学生。ふん、この前までは精子が!頑張って!」

1時間後。

「どうでした?」

「師匠、やられました。集中し過ぎて、時間切れ負けでした」

「どんまいどんまい」

「師匠は?」

「もう、帰る。棄権するよ」

「何故?もったいない」

「弟子とは言え、大会社の社長さんを持たせる訳にはいかないから」

「そんなこと、気になさらずに」

「いや、良いんだ。次の相手、女子高生でね。勝たせてやりたいの」

「優しいですね」


2人は、夕方に焼き肉屋に向かった。さくらも創一も一緒に。

溝口は終始ご機嫌だった。予選を乗り越えるだけでも、自信が付いた。

「溝口社長、今夜はありがとうございました。ごちそうさまでした。私たちまで」

「奥さん、良いんですよ。師匠へ恩返しです。今日は楽しかった。ありがとう師匠。じゃ、明日、会社で」

「はい。溝口ちゃん、明日」

肘原家族と溝口はそこで別れた。


翌日。

「おはよぅございまぁ〜す」

た、肘原は出勤した。

「あら、ヒジちゃん、謹慎中じゃなかったの?」

「美樹ちゃん、実は仕事してたんだ。内緒でね」

「バイト?」

「違うよ、営業だよ」


「おいっ、肘原!何で、お前が出勤してん……」

「久保田課長、秘書課からお電話です」

久保田は嫌な予感がした。

「はい、久保田です。……はい、はい、出勤しております。……はい、直ちに」

ガチャッ!

「お前、また、社長に呼ばれたぞ!今度はオレも一緒だ。……クビはやだなぁ〜。住宅ローン残ってんのに」

「じゃ、久保田ちゃん。行こっか?」

「……お前は、クビになっても良いのだな?」

「僕も嫌だよ!」

「それなら、社長にオレと土下座だな」

「はぁ〜い」


2人はエレベーターで18階に向かった。

コンコン

久保田は社長室をノックした。


秘書課の佐々木は、

「社長、営業二課の方が参りました」 

と、豊浜社長に伝えた。

「通しなさい」


久保田はドアを開くと、重役とサウスウッド海運社長の溝口と豊浜社長が座っていた。

「うちの、肘原がホントに申し訳ありませんでした」

「何を言ってるんだ?しかも、溝口社長の前で」

と、豊浜は言った。

「はっ、み、溝口社長。申し訳ございません」

「実はね、自宅謹慎はウソでね。営業二課の肘原君にある依頼をしていたんだ」

「な、何をでしょうか?」

「例の木材船の契約だよ」

「う、うちの肘原がですか?」

「まぁ、彼は優秀な社員と知っていたから、依頼したんだ」

「……」


社長室にいる米満専務が、

「社運の掛かったプロジェクトをね。肘原君に依頼したと社長はおっしゃっているんだ」

まだ、久保田は理解出来ていない。

「久保田さんでしたか?あなたはとても優秀な社員をお持ちです。羨ましいですな、豊浜社長」

「み、溝口社長、これは何かの間違いでは……」

「何だと?師匠……オホン、肘原君は両方が1番利益の出る案を提出していてね。久保田課長、君にもお礼を言いたい」

「い、いえ。飛んでもございません」


「さ、誤解は解けたかな?久保田君」

「はい」

「これから、君と肘原君とで溝口社長と共に会食したいのだが、ヒジち……肘原君。君は何たべたい?」


肘原はニッコリして、

「まぁ、うなぎ?天ぷら?寿司?築地の場外に美味い寿司屋があるんですよ。きったねぇ寿司屋は大抵、良いネタ使ってるから、寿司屋は汚くなくちゃ……あ、昨日食べたか。じゃあ中華?あっ中華なら知ってる店あるんですよ!そこのカメだしの紹興酒が美味しいのなんのって」

それを聴いていた、米満専務と斉木常務は怒りを露わにする。

「仕事中に、紹興酒なんて飛んでもないないぞ!どういう教育してんだ?久保田君!」

「す、すいません」

「じゃ、紹興酒がダメならビール?」

「いい加減にしろっ!肘原!」

「あ、米満専務、血圧また上がるよ!そんなに怒っちゃ」


「肘原君、君はどうやらお酒好きらしいね。夜、私の知っている料亭で溝口社長と私と肘原君とで飲もうか?もちろん、久保田君も」



「あ、中華を辞めて日本料理ね。良いっすよ」

「ありがとうございます」

と、久保田は頭を下げた。

「佐々木君、中区のいつもの料亭に連絡して」

「はい。かしこまりました」

久保田は汗が止まらない。

「じゃ、話しはここまで。後、後日、社長賞を授与するから」

「あ、あれね」

「あれとは何だ?肘原」

「ま、課長。クビじゃないんだから、それで良し」


「失礼致しました」

2人は社長室を出た。

「肘原、お前誰かと間違えられてる可能性があるな」

「ま、褒められたんだから喜びなよ」 


社長室

「申し訳ございません。溝口社長。ご覧の通りのめちゃくちゃな男でして」 

と、米満専務が謝罪した。

「かなり、変わっているねぇ。あの様な社員がうちにも欲しいなぁ」

「ま、そう言う事だから。佐々木君。5時に営業二課に電話して、2人にエントランスホールで待っているように、連絡しなさい。我々は、ちょっと用事があるから、会社には夕方には戻る」


そう言うと、溝口社長を豊浜社長は自宅に案内して、将棋を指した。

5戦ほどして、豊浜社長の3勝2敗だった。豊浜社長もアマ3段ほどになっていた。


この後、4人で会食して解散した。

溝口は翌日、カナダへ戻った。


(第4話の公開を間違えましたので、4話もお読み頂けたら幸いです)

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