第4話ヒジちゃん走る
久保田課長宛に内線電話が掛かってきた。
秘書課の佐々木からだった。
「申し訳ございません。はい。直ちに、明日から謹慎させますんで。……はい、はい。申し訳ございませんでした」
肘原はルンルンでデスクに戻る。
「おいっ、肘原!」
「どうしたの?怖い顔して」
「やっぱり、勤務中の飲酒がバレたな?明日から自宅謹慎だ!今日はとっと帰れ!」
「はい。申し訳ございませんでした。久保田課長。自宅で反省します」
「……な、何だ。今更、そんな態度を取られてもなぁ〜」
「うるせぇなぁ〜。僕は自宅謹慎なんですよ!あっ目眩。タクシーチケット下さい」
「バカ者!電車で帰れ!」
「はぁ〜い」
デスクに戻り、帰り支度していると隣のデスクの田中美樹が、
「ヒジちゃん、大丈夫?」
「ノープロブレム。心配いらないよ」
「全く、能天気なんだから」
「じゃあね、美樹ちゃん」
「バイバイ、ヒジちゃん」
夕方まで、肘原はパチンコ屋で時間を潰していた。
腕時計を見ると午後6時。
パチンコは2万円勝ちだった。
スマホが鳴る。
「もしもし、師匠?今、どこ?」
「あっ、トヨちゃん?会社近く。うんうん、分かった。タクシー代払ってくれるんだね。そっちには15分位で着きます。じゃ、また〜」
タクシーを捕まえた。
「あのね、南区の小料理屋早水まで。飛ばしてね。後、料金は会社が払うから」
「かしこまりました。では、メーターを入れさせてもらいます」
タクシーで小料理屋早水に到着したのは、6時半前だった。
そこに、トヨちゃんが立っていた。
「運転手さん、このジッ様が支払うから」
「いくらですかな?」
「3560円になります」
「カードで良いかな?」
「カードは使えません」
「どうしたの?トヨちゃん」
「私、今、現金持って無いの」
「ったくもう、使えねぇジッ様だこと」
「すいません」
「運転手さん、はい、5000円札」
「はい。1440円のお釣りになります。領収書は?」
「ちょうだい」
2人は小料理屋の暖簾を潜ると、個室に案内された。
既に溝口社長は日本酒を飲んでいた。トヨちゃんも酒の匂いがする。
「お帰りなさい、豊浜さん。あっ、師匠、先ずは駆けつけ三杯」
「えへへ、こりゃどうも」
と、溝口は肘原の杯に酒を注ぐ。
肘原はグッと飲み干した。
「さすが師匠。飲みっぷりは昔と変わりませんね」
「ねぇ、ヒジちゃん」
と、少し豊浜は肘原に耳打ちした。それに頷く肘原。
「ねぇ、溝口ちゃん。あの、例の契約なんだけど、我が社が岸壁使用料を払うってのはどうだい?」
溝口は酒を呷った。
「……なるほど。肉を切らして骨を断つか。……岸壁使用料が浮くとだいぶ助かるなぁ〜。でも、そっちは利益は少なくなるけど良いの?」
「溝口社長、もしこれでOKなら成立なんですが」
「そうですか。豊浜さん。暫く考えさせて下さいな」
溝口は厳しい表情になる。
「あの、溝口ちゃん。明後日からアマチュア王将戦の地区大会があるんだけど、出てみない?」
「え!アマチュア王将戦?」
「うん。予選があるの。どうする?」
「……」
「そうだよね。仕事で日本に来たんだから、そんな余裕無いか」
「い、いや。予定は何とかするから、師匠、アマチュア王将戦の予選出ます」
「そうこなくっちゃ」
「実はこの様なモノを準備しておりまして」
「ジッ様なんだい?」
「将棋セットです。2つずつ準備しました」
「豊浜さん、ナイスアイデアですね」
「じゃ、僕は2面指しか。2人とも2枚落ちね」
「はい師匠」
「分かりましたヒジちゃん」
3人は酒を飲みながら、将棋を指した。
「やはり、2人とも穴熊ですか?そっちがその気なら、こっちは入玉させてもらおうかな」
「え、師匠、よく敵陣に王様を進めますね。私なら怖い」
「そうですよ、ヒジちゃん。穴熊囲いは安駒って言ってませんでしたか?」
「王様の周りをと金で囲めば怖くないよ!」
既にトヨちゃんは、飛車、角取られていた。溝口ちゃんは粘る。
でも、入玉されては詰ませない。2人の老人は投了した。
「あぁ〜、疲れた。もっと、飲みましょうよ」
「師匠はお疲れのようですから、我々で対局しましょう」
と、トヨちゃんと溝口ちゃんは平手で指し始めた。
平手とは、どちらもハンデなし。溝口は長年将棋を指して居なかったので、ポカが多い。
その一方、トヨちゃんも矢倉囲いを荒らされて、形が悪い。
その様子を肘原は眺めて、1人でテッサを食べていた。
それから、暫くしてトヨちゃんが、
「溝口さん、参りました」
「豊浜さん、おしかったね。私の玉も危ない所でした。では、今夜はこれにて。あ、師匠、LINEと電話番号交換しときましょう」
「じゃ、お二人ともアマチュア王将戦の予選を楽しんで下さいね」
「溝口ちゃん、どこのホテルなの?」
「丸の内だよ」
「じゃ、明後日、朝8時に迎えにいきます。じゃ」
「では、私はタクシーを呼んでおりますので、これで」
「溝口さん、どうかご検討のほどを宜しくお願い致します」
「はい。分かりました」
「ジッ様、この後、僕んち来る?」
「え、良いんですか?急に」
「もう、さくらちゃんには、連絡済み」
「さすが、師匠。読みが深い」
「さくらちゃん、創一、ただいま〜」
「お帰りなさい。あ、豊浜さんも」
「こんばんは。すいませんねぇ」
2人は和室で将棋を指しながら、会話した。
「上手く行きますかね?」
「これは、十中八九、OKだね」
「何故です?」
「溝口ちゃんね、良いと思えば右上を向いて頭掻くクセがあんのよ」
「いつです?」
「僕と2面将棋指したとき。局面は苦しいのに、良いと感じるって、契約の事以外無いでしょうが!」
「そう言えば、帰りは明るかったですね」
「この勝負もらったね」
「良かった、人選を間違えてなかったと言う事ですかね?」
「違う、将棋。馬死んだよ!王手馬取り」
「もうちょい、手加減してくださいよ。あれから、1回も勝ってないんですか……ヒジちゃん、これって……」
「あ、二歩だ!僕のポカ」
「反則負けも、こっちの立派な勝ちですから」
「参りました」
「おっと、23時だ。明日はお互い早いんですから、もう帰りますね」
「うん、お疲れ様」
「さくらさん、ありがとうございました」
2人は、トヨちゃんを玄関まで見送った。
肘原は、取り敢えず溝口ちゃんに、
「おやすみなさい」と、LINEを送った。直ぐに返事が帰ってきた。
「明日、会えませんか?」
と。
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