第2話関係性の暴露
2人は将棋盤を挟んで何やら話していた。
「先ずは囲いを覚えなきゃ」
「囲い……あぁ、矢倉囲いとかですね」
「さすが、ヒマ人」
「……穴熊が私には合っている気がします」
「穴熊は、手数も掛かるし、どちらかと言えば受け将棋だね。攻めは嫌い?」
「攻めは自信が無くて」
「時には、強く攻めも大事だよ」
豊浜は考えていた。
1000億円の融資のゴーサインを出すかどうか?時には攻めも大事か……仕事に通じる事もあるもんだな。
「ちょっと、トヨちゃん人の話し聞いてる?師匠の話しを弟子が聞かないでどうすんの?囲いは攻めに応じてどのようにも変化するからね」
「と、言いますと」
「力将棋の際は玉を囲うひまなんて無いから」
「力将棋とは?」
「お互い玉を囲いあっての将棋ではなく。読み勝負の将棋」
豊浜は肘原の話しを熱心に聞いた。
2人は喫煙室にいた。
「何だ、じいさんも酒好きなんだね」
「はい」
「じゃあさ、オレんち狭くて汚いけど一緒に飲むかい?」
「是非。将棋盤を挟んで」
「良いよ、オレ、30万円もする将棋盤と駒セット持ってんだ。柾目のね。駒の指し方も上手くなったし、盤を傷つけることはないだろうから……今、さくらちゃんにLINE送ったから」
「ありがとうございます。お酒は私が買います」
「え?いいの?年金暮らしでしょ!」
「まだ、現役で働いています」
「シルバー人材派遣って言うやつ?」
「いいえ、昔からの会社でして」
「あ、そうなの。その歳で仕事なんて、可哀想に。今いくつなのトヨちゃんは」
「来月の15日に70歳になります」
「ツマミは寿司でいいかい?近所のだるま寿司って美味いのよこれが。コハダでキュッとね」
「さくらちゃん、創一ただいま〜」
「うわぁ〜、パパおかえり〜」
「おかえりなさい。トシ君、あら、豊浜さん今晩は」
「こんばんは。はじめまして。師匠にはお世話になっております」
「さ、汚い部屋ですけど、どうぞ」
肘原の家は整理整頓され、きれいだった。
畳の和室の真ん中に将棋盤が置いてあった。
立派な将棋盤だった。
「トヨちゃん、ビール飲みながら、将棋指そうよ」
「はい。お言葉に甘えて」
「これ、だるま寿司の出前」
と、言って2人は寿司をツマミにビールを飲み始めた。
豊浜はまだ、初心者だが本を熱心に読んでおり、今は2枚落ちで教えてもらっている。
だが、一度も勝てた事は無かった。
豊浜は桂馬の頭に歩を打とうとしたが、
「トヨちゃん、二歩だから気を付けてね」
「では、これで!」
「げっ」
豊浜は手応えを感じた。
「トヨちゃん、今いい局面だからじっくり考えるんだよ!」
「は、はい」
豊浜はビールをゴクリと飲んだ。最近、詰め将棋も勉強している。師匠のアドバイスを受けながら。
最後は5手詰だった。
豊浜は、
「やったぁ〜!勝った、勝った!」
「おめでとう、トヨちゃん」
「パパ〜、負けたの?」
と、保育園年長組の創一がやってきた。
「うん、パパ負けちゃった」
「おじいちゃん強いんだね。パパは元奨励会にいたんだよ」
「えっ、ホントですか?師匠」
「だから、師匠は辞めてよ」
「でも、ヒジちゃん、奨励会にいたの?」
「いたよ、3年間ね。でも、将棋の世界って居心地が悪くて就職したの。もうちょっと、給料上げてくれないかな?うちの会社は」
中トロを口に運んだ豊浜は、
「何と言う会社ですか?知り合いなら、私が交渉しますよ」
「え?豊浜さんが?無理無理、どっかの大会社の社長くらいじゃないと」
「私の知り合いに社長は多いのです」
「え、東海トランスコーポレーション」
「……な、なんですって!東海……」
「だから、じいさん。豊浜ちゃんには無理だって」
「……た、たしか、ヒジちゃんは営業二課でしたよね?」
「そうだけど。明日は、現場に出なきゃ。外回りも大変なのよ」
「営業二課長は、確か久保田君でしたね」
「そうだよ、何で、知ってんの?」
「……知り合いの会社なんです」
「あ、うちの会社の社長と同じ苗字だしね。親戚?」
「ま、まぁいいじゃないですか」
「トヨちゃんは良いよな。明日もヒマ人なんでしょ?」
「これでも、仕事しています」
「そう言うのを、年寄りの冷や水って言うの」
肘原は追加のビールを取ってきた。豊浜は詰んだ状態の将棋盤をスマホで写真にした。2枚落ちとは言え、元奨励会員に勝った実力は相当なもの。
「師匠、さくらさん。今夜はありがとうございました。ごちそうさまでした。おやすみなさい。創一くんもおやすみ」
「おじいちゃん、また来てね」
「おやすみ。トヨちゃん。次は負けないよ」
豊浜はタクシーで帰って行った。
「トシ君、負けたの?」
「たまには勝たせないと、将棋飽きちゃうからさ」
「トシ君って、ホント優しいよね」
「まあね」
翌朝
ハイヤーの中で将棋新聞を読みながら出勤した。
「あの、営業二課の久保田君を呼びたまえ」
「かしこまりました」
秘書課の佐々木と言う若い男は、内線で営業二課に電話した。
「社長、久保田課長がおみえになりました」
「うん」
コンコン
「失礼します」
「久保田君だったね」
「はい」
「営業二課だよね?」
「はい」
「肘原さんを知っているね?肘原利行さんだったかな」
「うちの肘原が何かしでかしましたか?」
「いやね、どんな社員かな?」
「仕事はぼちぼちです」
「ぼちぼちですか」
「はい。後は将棋か酒か」
「分かった。もう、長いの?」
「入社18年目です。新卒で採用されておりまして、ずっと営業二課です」
「18年?で、まだ、平社員なの?」
「ま、まぁ、野心が無いと言うか、ヤル気が無いというか?」
「それは、君の管轄だろ?分かった。もう良い。肘原さんをもっと大事にしなさい」
「はい。あのぅ、何故うちの肘原をさん付けで呼ばれるんですか?」
「……私はさんをつけるのがクセなんだよ。戻りなさい」
「はっ、し、失礼致しました」
「おはようございます。ただいま〜。外回りしてきました」
と、肘原はジャケットを脱ぎ、ワイシャツを腕まくりして、PCを立ち上げた。来週は神戸かぁ〜。
「おいっ、肘原、こっち来い」
「あ、おはよう。久保田ちゃん」
「ちゃんは辞めろ!課長だぞ」
「僕が入社当時はまだ、平社員だったじゃないの」
「お前と違って、オレは努力したんだよ!そんなことよりな」
「なぁに、悩み事なら聞くよ。お金以外なら」
「今朝、社長に呼ばれたんだ」
「あ、怒られたな。さては」
「違う、社長にお前の事を聞かれたよ」
「なんで?社長が?」
「あぁ、どんなヤツだってな」
「お前、心当たりないか?」
「無いよ!ちゃんと、現場回ってるし。仕事してるもん」
「兎に角だ。社長がお前に目を付けている。何かしたら、お前だけじゃない、オレのクビも飛ぶんだ。真面目にやれよ、真面目に」
「はぁ〜い」
隣のデスクの田中美樹が、
「肘ちゃんまた、何かやらかしたの?」
「色々、やらかしてるから分かんないや。先週の外回りのついでにビール飲んだのがバレたかなぁ……」
「もう、クビになんないでよ。将棋仲間が減っちゃうから」
この田中も将棋が趣味だった。
エレベーターで。
ピンポーン
「何階ですか?」
「18階で」
「はい、18階ね?……って、トヨちゃん、どうしてもうちの会社に?」
「しぃー、帰りに師匠の家に行きますから、とりあえず、バレないよう」
「わ、分かった」
8階。営業二課にエレベーターは止まった。
「じゃ、絶対に夜来てよ!トヨちゃん」
「わ、分かりました。師匠」
夜
「何で、うちの社長がトヨちゃんなのよ」
「だから、働いているって言ったじゃないですか。ヒジちゃん」
「おかしいと思ってたんだよなぁ」
「何が」
「歳の割には小ぎれいだっかたから」
「ビールお持ちしました」
「ありがとうございます、さくらさん」
「どうすんのこれから」
「ヒジちゃんが私の将棋の師匠と言うことは絶対に内緒にしましょう」
「そうだね。そうですね。それが身のためです。関係は我々だけの秘密で」
「これからも、将棋を教えて下さい。ヒジちゃん」
「ま、乾杯しようや、トヨちゃん」
こうして、名コンビが出来たのだ。
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