将棋バカ日誌
羽弦トリス
第1話趣味を持ちたい社長「初回拡大版」
ある老人が道を歩いていた。豊浜幸之助は人生の終盤、趣味と言っていい趣味を持って居なかった。
趣味を探しに住んでいる自治体の、娯楽クラブに足を運んだ。
老人たちは、将棋や囲碁を楽しんでいた。
興味はあるが、今更、将棋なんてと豊浜は考えていた。
「おい、そこのじいさん」
豊浜はある人たちの将棋を眺めていた。
「おいってば、イケオジさん」
豊浜はフリ向くと、腹の出た中年男性が呼んでいた。
「私、ですか?」
「当たり前じゃないの。じいさん、1局どうだい」
「私は、ルールも知らないです」
「あ、じいさん。その手には乗らないよ!アマ3段ってとこかな?オレ、アマ5段」
「ご、5段」
「はいはい、椅子に座って」
中年男性は豊浜を椅子に座らせた。
中年男性は盤に駒を並べていく。
「あ、あの私は本当に将棋を知らないんです。将棋崩しはやったことあるますが」
「ハイハイ。御老体。さっさと並べて!……まさか、元プロ?」
「い、いえ、そんなんじゃ」
「かわいそうな老人だね。あんた、今、人生をリタイアして、年老いた夫婦で趣味と言えば、囲碁か将棋。さっ、お茶もってくるから、駒並べて置いて」
中年男性はお茶をくみに離席した。
豊浜は中年男性のマネをして駒を並べてみた。
中年男性が戻ってくると、
「御老体、やはり並べ方知ってるじゃ……飛車と角が逆だね。アハハハ。元プロもまちがえるのか。オレの名前は肘原利行。御老体は?」
「わ、私の名前は豊浜幸之助です」
「……豊浜?アハハハ」
「どうされたんですか?」
「いやぁね、オレ、会社の営業二課で働いてるけど、社長の、名前が御老体と一緒なのよ。笑っちゃう。豊浜って苗字の御老体はパッとしないね。さ、振り駒してよ」
「ふりごま!」
「振り駒だよ。上が振り駒すんの。……あら、まさか、ホントに初心者?」
豊浜はお茶をゆっくり飲んで、
「すいません。将棋知らないんです。あの教えてもらえませんか?」
肘原は明るく、
「良いよ。トヨちゃん」
「トヨちゃん?」
「だって、おじさん豊浜だろ?トヨちゃんでいいじゃん。僕、ヒジちゃんで良いから」
将棋は先ずは駒の動かし方からだった。
メモ帳に駒の動かし方をトヨちゃんは書いて行く。
「でね、トヨちゃん。ルールもあってね。良く初心者が王手を掛ける際に……」
「師匠、王手ってなんですか?」
「王手ってのはね、次に王様を取りますよ!って事。その時に『王手』って、言わなくても良いんだ」
「へぇ〜、そういモンですか?」
「次は二歩だね。縦の列に自分の歩を2枚以上打てないんだ」
「歩とは?」
「この歩兵のこと」
「他には?」
「動ける場所が無いところに、歩、香車、桂馬は打て無いね。後、これは難しいをだけど、打ち歩詰め。コレ禁止。打ち歩詰めは禁止だけど、突き歩詰めはOKなんだ。そん時教えるよ、トヨちゃん」
「トヨちゃん、タバコ吸う人?」
「え、えぇ」
「あんまり、初日に教え過ぎると頭がクラクラするから、今日は駒の動かし方だけ覚えなさい。分かった。トヨちゃん。向こうに喫煙室があるから、タバコ吸おうよ」
「はいっ!師匠」
肘原がハイライトに火をつけると、遅れて豊浜が喫煙室に入ってきた。
豊浜は肘原に缶コーヒーを渡した。
「ありがとう、トヨちゃん」
「いえいえ。あの、これからも、私に将棋を教えてもらえませんか?」
「いいよ。じゃ、LINE交換しようか?」
「はい。LINEですね」
2人は電話番号とLINEの交換をした。
豊浜もタバコに火をつけた。パーラメントだった。
「トヨちゃん、パーラメント吸ってんの。寂しい老人がまた、何でパーラメントなのよ。ばあさんが気の毒だ。老人なんだから、ゴールデンバットか、わかば、エコーにしなさいよ」
「……はい。すいません。師匠の会社ってどんなとこですか?」
「師匠は辞めてよ。ヒジちゃんで良いよ。うちの会社。良いところだよ。馬鹿な課長のおかげで残業続きだし、現場作業の方が楽しいけど、な〜んでか営業なのよ。港から港を出張で渡り歩いてあるよ。社長がいたら一言言ってやりたいね。もっと、平社員を大事にしろって」
豊浜は黙ってタバコを吸いながら、
「貴重な意見ですね。社長の顔が見てみたいもんですな」
「ホントだよ」
夕方5時。
「また、来週ね。トヨちゃん」
「ありがとうございました。師匠……ヒジちゃん」
「帰りに、将棋の本買いなよ」
「はい」
豊浜は書店で、初心者向けの将棋の本を数冊買った。
「ただいま〜」
と、豪邸に帰宅すると家政婦さんが、
「おかえりなさいませ」
「うん、ただいま」
「荷物お持ちします」
と、家政婦は将棋の本をリビングに運んだ。
「あなた、おかえりなさい」
「ただいま」
「今日は、どちらへ?」
「自治体の将棋クラブへね」
「将棋?あなた、将棋出来たの?」
「それが、師匠がいてね。見た目はぱっとしない中年男性だが、良い師匠で。電話番号も交換したよ」
「あらまぁ、珍しい。あなたに、お友達が出来るなんて。会社に将棋指せる人はいないんですか?」
「私が会社の連中と将棋なんか指せませんよ。向こうが気を遣ってわざと下手な手を指すからね。師匠は、違う会社の人間らしいらから、容赦はしないと思うから」
「あなた、顔が生き生きしてますわよ」
「そうかな?」
「ええ」
「さくらちゃん、ただいま〜」
「あら、トシ君おかえりなさい。今日はどうだった?勝ったの?」
「いやね、寂しい老人がいてね。その人将棋知らなくて、駒の動かし方から教えたんだよ。まぁ〜ぱっとしないじいさんだけど、いっちょ前にうちの会社の社長と同じ苗字だったんだ」
「へぇ〜それで?」
「帰りに将棋の本を買えって言ったんだ。多分、年金暮らしだろうから、1冊くらいしか買えないと思うんだけどね、いっちょ前にパーラメント吸ってんのよ。ゴールデンバットにしなさいよって、忠告したよ」
「トシ君、また、将棋仲間が増えたね」
「ま、5人目の弟子だね。創一は?」
「さっきまで起きてたけど、寝ちゃった」
さくらは唐揚げと、豚汁を作っていて、2人して缶ビールを飲んだ。この、肘原は酒が大好き。将棋新聞に目を通す。そこで、詰め将棋欄を見た。簡単な7手詰めだった。
そうだ、次にあのじいさんと会ったら、詰め将棋も教えなきゃとメモした。
翌日曜日。
豊浜は将棋クラブに足を運んだ。ハイヤーは降りると妻の菊代を乗せてデパートに足を向かった。
肘原を探す。
クラブの中央に肘原と大学生らしき若者と将棋を指してる姿を見つめた。
どっちが勝っているのか?
若者が勝ちそうな局面。だが、肘原は王手を連続して、最後は若者が、
「負けました」
と、投了した。会場にどよめきが湧く。
なんと、若者は奨励会員だったのだ。豊浜は、NHK将棋講座で、プロになる前の人間の集まり、奨励会の存在を知っていた。
豊浜は肘原がカッコよく見えた。いつか、自分もこうなりたい。
「ヒジちゃん、やぁ」
「あっ、トヨちゃん。ますば実践」
と、豊浜は駒を並べ始めた。師匠は王様だけ。
先手は師匠。
玉がどんどん迫ってきて、次々と駒を取られる。
どういう頭をしているのか?
豊浜は詰んでしまった。
「まあまあだね。その前にトヨちゃん。駒の指し方で強いか分かるんだ。人差し指と中指で駒を動かすんだよ。こうやって」
パチンッ!
「こ、こうですか?」
「うん。最初はゆっくりで良いから」
「家でも練習します」
「3000円の位安将棋盤と駒のセットを買うと良いよ。どうせ、年金暮らしなんだろ?」
「え、えぇまぁ」
実は既に、100万円の将棋セットを注文して買っていた。
「さぁて、今日は王様の囲いの練習だ」
「囲い?」
師匠は弟子に囲いを教え始めた。
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