第8話

翌朝、アラームの音で目が覚める。

昨日のことは夢だったのか、とぼんやり起きた上がったが見慣れないホテルの一室だった。

隣のベッドをみるとこんもり膨らんでいる。


昨晩、2人で一本のワインを空けたからか、頭が重い。二日酔いというほどではないが完璧な体調じゃない。


とりあえず、目を覚ますためにもシャワーを浴びていると、部屋の呼び鈴が鳴った。


出られないからどうしたものか、と悩んでいると眠そうな声でヒスイが対応しているのが聞こえてきた。

どうやら彼女も起きた様だ。

暫くしてシャワールームのドアをノックされた。


「お主の分の着替え、渡されたのじゃが。」


ドアを開けて受け取る。

茶褐色のインナーに迷彩服の上下セットだ。

さっと腕を通して着てみるとサイズはピッタリだった。もしかしたらヒスイも迷彩服かと思ったが、流石に合うサイズがないのか昨日と同じワンピースだった。


リビングにヒスイと一緒に戻ると朝食が運ばれてきていた。

パン、スクランブルエッグ、ハムにサラダ。

味わって食べたかったが時間がない。

手早く食べて、荷物をまとめてホテルのロビーに向かうと佐藤さんが待っていた。


「おはようございます。早速向かいましょう。」


昨日と同じクラウンに乗せられる。

席に座った途端にタブレットを渡される。


「時間が限られておりますので移動中にもミーティングさせていただきます。まずは本日の予定です。

10時に習志野駐屯地から戸上を連れて向こうへ行って頂きたい。昨日お話を伺った上で可能な限りの準備はこちらで整えております。」


タブレットの画面が切り替わり、物資の目録が表示される。


栄養バーから始まり、戦闘糧食1型、テント、調理器具などなど。

食品は保存の効くものが多い様だ。

それから宝石の類、数は多くないがダイヤ、エメラルド、ルビーなどそこそこの量がある。


「集められる量に限りがありましたが何とかかき集めております。栄養バーについてはちょうど出荷のトラックがあったのでそれをまるっと抑えてあります。」


流石、自衛隊。やることのスケールが大きい。


「魔術の触媒用の宝石については別班にて収集していたものがありますのでそちらを割り当てました。」


「ちょっと、戦闘糧食1型って数年前に廃止されたやつじゃない。大丈夫なの?」


タブレットの右上が点滅し声がする。

戸上さんの声だ。


「現在主流の戦闘糧食2型等はしっかりと個数まで管理されていて簡単には動かせないのです。なので、廃棄が決定している1型の用意となってしまいました。」


「その1型と2型って何が違うんです?」


疑問に思って聞いてみたら戸上さんが答えてくれた。


「缶詰が1型、レトルトパウチが2型よ。重いから行軍には向いて無いのだけど…魔法で収納できると言っていたから問題ないのかしら。」


「重さは関係ないのじゃ」


なら問題ないわね、と戸上さん。

在庫処分のバーゲンセール的な感じの様だ。


「では、本日の目標についてです。お二人と戸上で異世界へ赴き、資金、および宿を確保してください。最悪野宿でも構いませんが、出来れば国家に接触できる様な立地だと好ましいです。」


ちらりとヒスイの方を見る。


「それらの物資を持ち込む先についても目星はつけておる。クルメキア連邦といって、条件の合う国家がある。」


いつの間にか彼女の手には世界地図の様なものが握られている。佐藤さんがそれをタブレットで撮影し、画像をアップロード、みんなに共有される。


俺の持っているタブレットを覗き込み、ここだと指を指すヒスイ。タブレットを操作して色をつける。


「クルメキア連邦は帝国から逃げ込んだ人々が作った国家だ。様々な種族、民族が寄り合って国となっている。クルメキア山脈が帝国との間にあってな、天然の要塞となっておるのじゃ。」


こちらの世界で例えるならヨーロッパのアルプス山脈に守られたイタリアといった感じの位置にある国家だ。


「そこそこ懇意にしておる奴が居ってな、そいつと話せば拠点と資金は何とかなる。」


それからも話を進めていると駐屯地に着いた。

門を潜り、そのまま倉庫の前に停まる。


倉庫には先程タブレットにリスト化されていた物資が積み上がっていた。その横で戸上さんがタブレット片手にチェックを行っている。

その手元にはケースに入れられた宝石が並んでいる。


ヒスイが戸上さんへ近寄る。


「この物資、すべてしまって問題ないか?」


「大丈夫です。こちらの宝石だけ確認中なので後に回して貰えれば。」


ヒスイが手を翳すと地面に魔法陣が展開され、それに吸い込まれる様に物資が沈んでいく。

おお、とその様子を眺めていた自衛官達からどよめきが起こる。


俺もポカンとそれを眺めていると佐藤さんが近寄ってきた。その手にはアタッシュケースが握られている。


「これは貴方の身を守る為のものです。向こうの世界へ着いた後に開けてください。」


手渡されたケースはずっしりと重い。

ヒスイも戸上さんから宝石を受け取り、それを収納していた。


「これで大方、準備は終わったの?問題なければ向こうへ行くが」


「ええ、問題ありません。それから、何かあった際はすぐにこちらへ戻ってきてください。命を守ることが1番です。」


いつの間にか戸上さんもリュックを背負っており準備万端といった表情でこちらを見ていた。

佐藤さんが軽く頷く。


ヒスイは俺の背中へ右手を翳す。

左手は戸上さんと繋いでいる。

今度は少し複雑な魔法陣が地面に浮かび上がる。戸上さんも傍で神妙な面持ちでその光景を見守っている。


「では、行くぞ」


ヒスイが呟くと、魔法陣が輝きを増し、目の前の景色がぐにゃりと歪む。目を閉じた瞬間、風が吹き抜けるような感覚が体を包んだ。


次に目を開けるとそこは昨日迷い込んだ天龍島の端だった。

昨日座った椅子と机がそのまま残っている。


「ここが異世界ですか…」


戸上さんが感嘆の声を上げる。

そりゃそうだ、この空に浮く島からの絶景は言葉では言い表せないほどのファンタジー要素が詰まっている。


ふと、俺の手に渡された重いアタッシュケースのことを思い出す。向こうに着いてから開けるように言われていたが、今がその時だろう。


俺はアタッシュケースを膝の上に乗せ、慎重にロックを外す。中には、拳銃と、いくつかの小型な装置そしてショルダーホルスターが入っていた。その脇には説明書らしきものも。


「なんだこれ…」


驚いて呟くと、ヒスイと戸上さんが肩越しに覗き込む。


「グロックの18cね、いい銃じゃない。」


「これ、うちにあるエアガンと同じモデルなんだよ…セーフティとかも同じっぽいし…」


「触ったことのある銃なら簡単に扱えるからね」


一体、昨晩だけでどこまで自分のことを調べあげたのだろうか…それにこの銃の出所は聞かない方が良いのだろう。刻印が削られている。


ショルダーホルスターを身につけ、銃をしまう。実弾が入っている分、ずっしりと重い。


戸上さんもリュックから様々な装備を取り出し身につけていく。

取り出した銃はMP7だった。

しかもサプレッサー、レーザーサイトにフラッシュライト、明らかにカスタムされている。

慣れた様子でストックを展開して動作を確認している。


「動きやすくて、扱いやすいのよこの銃。潜入工作とかでは使わせて貰えないのだけど今回は許可が降りたの。」


戸上さんは想像していたよりずっと凄い人なのかもしれない。同じくらいの年頃にしか見えないが生きてきた世界が違う、そんな気がした。


一通り装備を整え、ケースなどをヒスイに収納してもらう。


「では、早速向かうとするかの」


そういって歩き出すヒスイを追いかける。

よく見ると小さなログハウスの様なものが見える。


「あの家にクルメキア連邦への転移魔術陣があるのじゃ、そこから跳ぶのじゃ」


流石異世界だな、と思いながらヒスイの後を追った。




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