第6話
案内されたところは駐屯地内の会議室だった。
大きな楕円形のテーブルの端にひとりの自衛官が座っていた。その男の制服にはいくつもの勲章が縫い付けられている。
「どうぞ、そちらにかけてください。」
渋い声だった。
案内してくれていた佐藤さんは入り口の横で敬礼し退室してしまった。
恐る恐る用意された椅子に座る。
ヒスイは特に臆することなく座り、出されているお茶に手を伸ばしていた。
「訳あってちゃんと名乗ることが出来ないのを謝罪しよう。私は別班長の加藤という。よろしく頼む。」
「先程までの話は全て佐藤を介して報告を受けている。単刀直入に言おう。君たちに頼みたいことがある。」
雑談がない。何か聞かれたりするかと思ったがそんなこともない。
ヒスイも少し驚いたように加藤さんを見た。
「頼み事は3つ。
一つ目は宮守くんのご両親の救出。
二つ目は異世界の情勢、および各国の状況についての調査。
三つ目は現在接触しているアッティカ帝国以外との国家との交流の窓口を作って頂きたい。」
「本来、我々国家がやらねばならないがそれを行うことが出来ないのが現状だ。恥を忍んでお願いさせていただく。勿論、こちらからは最大限の支援をお約束する。」
加藤さんは頭を下げた。
チラリとヒスイの方を見ると満更でもなさそうに笑っていた。
「良い。その話に乗ろう。
無駄な話をして私を使おうとした人は多い。
だが言い訳もせずちゃんと頼んできた姿勢は認めよう。」
大分偉そうな態度だがそれを聞いた加藤さんは嫌そうな顔一つせず、ほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます。断られたらどうしようかとドキドキしておりました。実はこちらにはあまり時間が残されていないのです。帝国からは条約の締結について、3ヶ月で回答を寄越すようにと一方的に期限を決められているのです。」
「帝国のやりそうなことじゃな。まあ、その3ヶ月は向こうの準備期間じゃろうな。」
「ええ、私もそう思います。なので早急に手を打たねばならないのです。」
会議室のドアが開き、佐藤さんが入ってきた。
お盆を持っておりその上にはボディカムが載っている。
「先にこちらをお渡ししましょう。
ボディカムで可能な限りそちらの世界の映像を撮って頂きたい。それから…入りたまえ」
佐藤さんの後ろから女性自衛官が入ってきた。
その姿は堂々としており鋭い眼差しでこちらを見た後、机の向こうに座る加藤さんへ敬礼した。
「こちらから宮守君の護衛として彼女を付けさせて頂きたい。自己紹介を」
「初めまして、戸上リオ一等陸尉です。対テロ作戦等の現地指揮を担当していました。これまで国内外で様々な作戦に従事し、現場で鍛えられてきました。どうぞよろしくお願いします。」
思わず気圧されてしまった。
ボーイッシュという言葉が正に似合う女性だ。
「ヒスイ殿、彼女を連れて異世界へ行くことはできるのかな?」
「大丈夫じゃ、龍でなく人の目線で護衛して頂けるのならありがたい。」
ぺこりと頭を下げる戸上さん。
「さて、あとは情報交換とさせて頂きたい。こちらが得ている帝国の情報とヒスイ殿の情報を擦り合わせたい。」
そういうとヒスイ達は話し合いを始めてしまった。
途中まで聞いていたが、魔術についての高度な話が始まったあたりでギブアップした。
完全に蚊帳の外だ。
ふと横を見ると戸上さんも欠伸をしていた。
「よろしくお願いしますね、戸上さんとお呼びすれば宜しいですか?」
握手を求めると少し気まずそうに戸上さんは握り返してくれた。
「こちらこそ、宮守さんとお呼びしますね。」
「これからのことって何か聞いていますか?正直、実感がなくて…今日起こったことが濃厚すぎてまだ自分でも整理し切れてないんです。」
俺の不安そうな様子が伝わったのか、こちらを心配する様な声音で戸上さんは説明してくれた。
「今後の活動について、私に一任されております。先程、説明があったようにまずはご両親の救出が最重要任務となります。お二人を助けることで帝国がこちらに干渉できなくなり、大きなアドバンテージを我々が得られます。」
「まずは異世界に行き、活動拠点を設けます。
そして、情報を集めご両親を救出に向かいます。」
そこまで語ってから戸上さんはため息をつく。
「しかし、現地での資金の問題やどうやって情報を集めるかなど何も決まっておりません…宮守さんは何か思いついたりしますか?」
「そうですね…商売を行い資金を集めながら、こちらの世界にしかない商品をダシに権力者にコンタクトを取る、とかですかね。
ヒスイから聞いた話だとどうやら食文化が発達していない世界なので食事関係で攻めれば意外といけるかもしれないです。それから、こちらの世界の宝石が向こうでは魔術を使う触媒になる為、非常に高価だとか…」
ぽんっと浮かんだアイデアだったが意外といい線いっている気がする。
「なるほど、我々の活動でも似た様なことを行なっているので、宮守さんの案でやるだけやってみましょう。」
「ですが、素人の考えです。実際にはどうなるか…」
しばらくお互いに意見を出し合っていると話がひと段落ついたのか、ヒスイがこちらにやってきた。
「2人ともなかなか面白い話をしておるの。
その食事から攻める作戦は良いと思うぞ」
龍からお墨付きを貰った。
「そうだなあの栄養バーとやら、あれは良い。軍隊にも民間にも売れるぞ。宝石は足がつくと面倒じゃから少数を上手く捌くことになるじゃろう。」
「ちなみに持ち込むとしたらどのぐらいの量がいけますか?」
戸上さんが聞き返す。
「いくらでもじゃ、私の魔術で収納して向こうへ持ち込むならば量に制限がないぞ。向こうにも同じような軍用糧食があるがクソ不味いのじゃ。」
ヒスイは少し味を思い出しているのかゲンナリした顔をした。
「分かりました。上手くいくか分からなくともまずは栄養バーをメインに挑戦してみましょう。その他物資を含め明日の午後までに用意します。」
「では、明日出立にしようかの。戸上よ、準備は任せたぞ。」
一礼し戸上さんが扉から出ていくと、代わりに佐藤さんがこちらへやってきた。
「本日はありがとうございました。お二人につきましては近くの宿に取っておりますのでご案内いたしますね。」
「おー、気がきくではないか。ではそちらへ向かうとしよう。」
先程乗ったクラウンに再び乗りしばらく走る。ホテルに着いたが俺は呆然としてしまった。
庶民の俺には一生関わりのない5つ星のホテルだった。
エントランス前のロータリーに近づくとドアマンがこちらに近づいてくる。
助手席の窓を開けた佐藤さんがドアマンと会話しているのを尻目に案内され車から降りホテルへ入る。
静かに足を踏み入れると、広々としたロビーが目の前に広がった。天井は高く、シャンデリアが優雅に輝いている。大理石の床が美しく光を反射している。落ち着いた色合いのソファや椅子が整然と並べられ、植物がところどころに配されている。
隣をついてきたヒスイも物珍しそうに周りを伺っていた。
固まっている俺に追いついてきた佐藤さんが声をかける。
「申し訳ありませんが警備の都合上、お二人で一部屋となっております。それから同じフロアに何名か護衛として自衛官を立たせておりますので何かあればお声掛け下さい。
明日は8時に習志野駐屯地へ向かいたいと考えておりますのでご協力をお願いします。」
「わかった、色々と助かったぞ、佐藤。明日もよろしく頼む。」
応えたのはヒスイであった。
去っていく佐藤さんをぼんやりと眺めているとホテルのスタッフが笑顔で「お部屋にご案内いたします」と声をかけてきた。
軽やかな足取りでエレベーターへと導く。エレベーターの扉が静かに開き、スタッフは優雅な身のこなしでボタンを押す。エレベーター内もまた、上品な装飾が施されている。
到着した階の扉が開くと、まるで王宮の様な廊下が待っていた。足元にはふかふかの絨毯が敷かれている。スタッフは軽く扉の前で止まり、「こちらがお部屋でございます」と告げ、ゆっくりとカードキーを差し込む。扉が開かれる。
「お部屋は、街の景色を一望できる特別なロケーションです」との説明に続いて、部屋の設備やアメニティについて簡潔かつ丁寧な案内が行われる。最後に「何かご不明点がございましたら、いつでもご連絡ください」と優しい笑顔で言い残し、静かに退出していった。
「良い部屋ではないか!」
ヒスイは綺麗に整えられたツインのベットに飛び込みこちらを見る。
「多分、俺なんかじゃ一生に一度しか泊まることの出来ない部屋だよ…なんだか怖くなってきた。」
いろんなことが起こり過ぎて現実味がない。
異世界に行ったこと、龍を名乗る少女に出会ったこと、両親が生きていたこと…
頭の中で色んな考えがぐるぐると回る。
思わず頭を抱えたくなる。
「なーに、お主の好きなようにせよ。私が手助けしてやると入っておるのだ。大船に乗ったつもりで任せい。」
ベットでゴロゴロしている少女にしか見えないがとても頼りになる気がした。
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