第2話
翌朝、目が覚めるとそこは白い空間だった…
というわけでもなく濃霧に包まれていた。
それもかなり濃い。
1メートル先ですら真っ白で何も見えない。
じっとりと湿った霧のせいかテントには水滴が付いている。
手元のスマートフォンを見ると時刻は朝7時。
太陽がのぼり霧が晴れてきてもいい時間だが、どうやらそうでは無いらしい。
天気のアプリを開いたがここは山の上。
もちろん圏外で最新の情報は更新されていない。
しかし、そこには晴れマークと降水確率0%の文字が表示されていた。アプリの更新時間は昨日。
急にこんな濃霧の天気になることはあるだろうか…
違和感を感じながらも寝袋、テントを畳む。
念の為、ヘッドライトも取り出す。
この濃霧では反射して真っ白になってしまうかもしれないが無いよりかはマシだ。
本当はちょっと凝った朝食にしようと思っていたが中断だ。
とりあえず、腹拵えに取り出した栄養バーを齧る。
その時だった。
「お前、何してる?」
鈴のような女性の声がした。
思わず顔を上げると目の前に白いワンピースを着た少女が立っていた。
美しい翡翠の様な淡い緑の髪、緋色の瞳。
その姿は神々しさとともにどこか儚さを感じさせ、まるでこの世の人ではない気配を漂わせていた。
「うーむ、ここには人が入ってこれるようなとこではなかったはずだが、うむむ…お前は何者だ?」
少女は首を傾げながらさらに尋ねてきた。
ただ普通に答えれば良いだけなのに自分の心拍数が上がるのがわかった。
「えっと…ここには登山できて一泊したキャンプを畳んだところだけど…君こそ、こんなところでどうしたんだい?親御さんは?」
とりあえず齧った栄養バーを生唾と共に飲み込みながら、返事をすると少女はさらに首を傾げた。
「きゃんぷとやらは分からんが昨日からここに居るということか…おかしいなぁ、そんな気配はなかったが…」
「いや、こっちこそ君みたいな子がここに居ることが驚きなんだが…ここでキャンプしたのは俺だけだった筈なんだけど…」
会話が微妙に噛み合わない。
「私はなんだかいい匂いがしたから出てきてみただけじゃ。その手に持っておるもの、食い物か?」
少女の視線が手に持った栄養バーに注がれる。
「え、栄養バーですよ。」
手に持った栄養バーを差し出す。少女の視線も差し出した手に集中する。
思わず、右へ左へと動かせば少女も右へ左へふらりと動く。
「要ります?」
「いる」
とりあえず、食べかけのバーをポケットに突っ込み、バックから予備の栄養バーを取り出して渡す。
その間も少女の視線は外れない。
「はい、これはチョコレート味ね」
振り返り差し出そうとした瞬間、その栄養バーは少女の手元に移動していた。手渡しはしていない。俺の手元から少女の手元へ一瞬で移動したのだ。
渡されたそれを少女はそのまま口に突っ込んだ。
「味がしないが?」
………
「いや、包装されてるので…破いて中身を食べるんですよ。」
「そうか」
ビリリと破ける音、ポリッと齧る音が聞こえた。
そして、少女は固まった。
目が丸くなっている。
実は俺も固まっている。
いつの間に少女の手元に栄養バーがいったのか全く理解できない。
人は理解できないことがあると一周回って冷静になるということをふと思い出しながら少女を眺めていた。
「美味しい…」
ぼそっと声がした後、ポリポリとひたすら齧る音。
少女のほっぺがリスのように膨らみ、栄養バーの袋は凹んでいく。
もきゅもきゅと噛んでいる姿はとても可愛らしい。
なんだが餌付けしてる気分になりつつ、俺はバックから紅茶のペットボトルを取り出し、キャップを外し少女に差し出す。
「どうぞ、紅茶です。
それを食べると口が乾くでしょう。良かったら飲んでください。」
先程同様、少女の手元へペットボトルが瞬間移動する。少女はペットボトルを少し嗅ぐ仕草をした後、口につけて飲んだ。
また目を丸くし、少し固まった後ゴクゴクと飲み干した。
500mlのペットボトルが一瞬で空になった。
ふう、と少女は一息つくとこっちを見つめた。
「なんじゃこれは…ただ甘いだけでなくほのかにフルーツの味もする。食べたことのない味じゃ。紅茶も質が良いし容器も見たことがいものじゃ」
「それにその格好、見た事のない道具。
そして極め付けはその魔力を全く含んでいない身体…改めて問おう、お主は何者だ?」
更にこちらをじっと見つめる視線は険しい。
俺も見返す。
じっとりと手に汗が滲み出す。
急に目の前の少女が大きくなったような錯覚がした。
威圧感とでもいうのだろうか、空気が重く感じる。
「同じことをそっくりそのままお返ししますよ。少なくとも人ではないでしょう、貴方は」
声が震えないようにするのが精一杯だ。
「ふむ、もちろん人ではないぞ…相手に尋ねる前に先ずは名乗るのが人の流儀であったな。
我が名はヒスイ。天空を裂き、嵐を従える者。雷鳴と共に生まれ、火と風の力を支配する存在だ」
一陣の風が吹き、少女の足元から炎が立ち上がる。
ふんっと胸を張った可愛い少女にしか見えないがその周りで起こっていることは可愛くない。
「じ、自分は宮守隼人です。両親がこの山で失踪していて、その痕跡を探しに登りに来ました」
震えながらも答えれた俺は偉いと思う。
「ふむ、両親を探しにか…だがそれはありえんな。
ここは人が立ち入るには厳しい場所だ。何せ地上とは繋がっておらんしな。」
ヒスイが右手を挙げた。
その瞬間、周りにあった霧が消える。
「ここは天龍島、空に浮かぶ浮島じゃ。山ではない。」
そこに広がった景色は、まるで絵巻物のように静かに横たわっている大地だった。幾筋もの川が銀色の糸となって絡み合い、緑と黄土のパッチワークが遠くまで続いている。雲の影がゆっくりと移り行く様子は、時間さえも止まったかのようで美しかった。
昨日までキャンプを張っていた山ではなく、空に浮かんだ島の崖っぷちに俺はいたのだ。
「さて、もう一度問おう。お主は何者だ?」
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