第1章<第2話>

全てを受け入れようとする。死の恐怖も、生への執着も、暫く忘れよう。刹那が永遠となり、終わらぬ結末が完結を向かう。失った翼では飛べない私は、やっと拒み続けていた結末と向き合う。捕食者よ、その汚れた笑みを納め、早く私を貪れ。地面を濡らす私の血のたまりを踏みにじんで、お前の明日を迎えるがよい。




 息苦しい三日間の時間は、案外、思ってた以上早く、そして安らかに経った。勿論、院長に騎士になることを告げた当日はまだ頭の中が整理されず、どうしても落ち着かなかったし、食事もちゃんとできなかった。


 修道女たちと一緒に会話を交わり、食事をしながら、今みたいな安らかさも、これで終わりということを自覚してしまうと、いつの間にか安らかさは寂しさとなり、喉が詰まるような気分になった。これから残り二日間どう時間を過ごせばいいか悩んだ挙句、結局考えること止め、昼寝に落ちることにした。だけど一夜すっきり寝て起きたら、不思議にも前日の悩みやストレスは治まり、妙な期待感と興奮に満ちた。


 「アリエス、剣を振る舞う時であっても振るうことだけに気を奪われてはいけません」


 「は、はい!」


 アリエスが精一杯振るう木刀を軽く跳ね返すと、彼女はバランスを失い、足が絡まってそのまま地面に倒れてしまう。芝があるとは言え、真正面から顔を地面に突っ込んだので相当痛いはずだが、彼女は何がそんなに楽しいのか、息を激しく吐きながらも元気そうに頷く。


 「剣は道具に過ぎません。大事なのはどう身体を使うのか考えることです」


 もう一度立ち上がったアリエスは、今度は先より慎重に両足を引きずりながら私に近づく。一瞬の瞬きで、彼女は私の視界から消え、いつの間にか死角へ潜り込む。剣先は正確に私の首へ向かう。両脚と胴体に隙はない。一度教えたものをきちんと理解して自分のものにしている彼女を見ていると、純粋に感心してしまう。


 「そう。よくできました」


 アリエスの木刀を紙一枚の差で避け、彼女の懐へ入り込む。私の木刀が彼女の胸に触れると、若い修道女は己の敗北を認め、木刀を落とす。


 「また私が負けましたね」


 可愛い後輩は自分の敗北を認めながらも楽しそうに笑う。今日一日中もう10回も稽古を繰り返し、10回全部アリエスが負けた。疲れて倒れるのが当たり前だ。実際、今日私に木刀で挑んだ他の子たちは2,3回の稽古だけで倒れ、今も地面に転がっている。しかしこの子だけは荒い息を吐き出しながらも元気よく笑っていた。


 私はこの子が好きだった。この子と一緒に稽古をしていたら私の価値が認められているようだったから。レオル院長も好きだったけど、若くて才能ある後輩に、力を認められ、特別扱いをされるのは、院長の偏愛と比べても引けを取らない良さがあった。


 苦悩の次に訪れた高揚のときめきは、私の歪んだ承認欲求を刺激した。


 「アリエス、そろそろ夕ご飯の準備をしないと」


 長い黒髪が似合う子が自分の友達にそう言った。


 「あら、もうそんな時間なのですか?!」


 アリエスは全く気付いていなかったように驚き、落ちた剣を拾う。


 「確か今日は私たちが当番でしたよね?早く行きましょう、コリー!」


 彼女はそう言いながら埃だらけになって地面に倒れている黒髪の修道女に近づき、彼女に手を差し伸べる。コリーという名前の子は、アリエスと同じく私に稽古を挑んで、他の修道女たちみたいに私に負け、地面に倒れていたのだ。彼女は、友達のアリエスが満足するまで、ずっと彼女の傍で待っていた。


 「今日も勉強になりました!私も早く騎士団に入って、そこでまたキャトル姉さまと一緒に稽古したいです!」


 アリエスは腕を大きく振りながら挨拶をする。隣のコリーも、服に付いている埃を払った後、「それでは私たちは先に失礼致します」と言いながら礼儀正しく挨拶をする。


 「私も騎士団でお二人を待っております」


 わけ分からない高揚のおかげか、稽古直後の興奮のせいか、修道女たちを見送りながら、ふっと、騎士になって格好よく悪魔たちを倒し、あの子たちを迎える自分の姿が頭に浮かぶ。二日後の未来に怖がりつつも、もしあの子たちと一緒に過ごす未来が私にあるとしたら、それもそれなりに悪くはないと、そう思った。


 次の日、私は依然変わらず緊張感と胸苦しい興奮に絡まれた状態で目を覚ましたが、そんな不便さもいつの間にかちょうどいい刺激として受け入れるようになった。明日の朝日が昇る前、私は6年間過ごしたここ、シモン修道院を去らなければならない。このようなことを考えていると、古くさい木製ベッドさえも愛おしく感じてしまう。


 1年前、誕生日を迎えた私のルームメイトが騎士になるため修道院を出た時から、ずっと一人だけの部屋だった。朝を知らせる鐘音が響き、鶏たちが元気よく鳴る。窓を開くと、夜明けの光が、まだ冷たい外の空気をかき分ける。


 義務の鎖は私に希望を与えてくれたし、胸に残った不安もそう悪くはなかった。


 昼ごはんの時間、院長が私のため送別会を開いてくれた。アリエスが涙を流しながら私に羊の皮で作った手袋をプレゼントしてくれた。まさか他でもなく私が後輩たちに愛されながら修道院を出るとは今まで一度も考えたことがなかったため、この瞬間が全て夢のようだった。


 6年前、友達と別れた時には、私は一生一人ぼっちで生きると思ってた。食べ物と頼れる場所を求め、修道院の扉を叩いたが、誰一人にも心を開けることはできず、新しい友達を付き合うことも無理だった。私はどうせ一人で生きるしかなく、誰一人私を見ていないと思った時、それが夢か現実かも分からないが、私はきっと院長の言葉に救われた。私を傷つけないと、その言葉一つで私は今まで生き残ることができた。


 「本当ありがとうございました」


 目の前の彼女に告白をする。


 「私もキャトルと一緒に過ごした時間が本当楽しかったのです。忘れられない思い出ですよ?」


 この全てが本当に現実であったとしたら、今日この世が終わるとしても嬉しく受け入れると、そんなばかげたことを想像してしまう。

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