4-2. 反応
「──となれば、奴らを動かすためには『世論形成』が必要になる。
……おまえも知っているとおり、うまくいっていない」
我々の要求はただひとつ──。
『間接民主主義の終焉』。
決して許されることのない不祥事が
歴史的に見れば、自己保身に走った統制・統治は『国』を、そして『自身の身』さえも滅ぼしてきた。
未来を紡ぐことが出来ない者たちには、当然の結末と言えば当然である。
悲しむは、それに巻き込まれてしまった者たち──。
……押し付けられるのはいつも国民である。
はじまりこそ、統治機構としては良かったのかもしれない……。
しかし既得権益に縛られ、訪れる新しい時代に『変化』を執拗に要求されるも『迎合』もしくは『適合』しない姿勢は、流れの無い水のよう『腐敗』させ、ひいては『いま』に至らせた──。
もはや、国の運用の在り方はひとつしかなかろう。
権力の座に留まり続けることが出来ない、個人の暴走に、保身に左右されない、国としての機能がしかと為される『直接民主主義』に──。
……これを知ってか知らずか、率先して『肯定・促している』者たちがいる。
意外にも、それは『議員』たちである。
彼らの不祥事はその最たる例であり、はっきりと声高らかにそう告げている──。
『間接民主主義』には限界があると。
また政界に座す『かの者』を見ても分かることだが、多くがその手の知識を有していない!?
議会の実態は『官僚が作り出すカンペ』がその場を支配していて、それを読み上げての受け答えが
我々は、一体なにを見させられているのか!?
落ちのない、ただただ怒りのボルテージを上げさせられる茶番劇に、搾取される税金が投げ銭されていたのかと気づかされれば、悲しくもなってくる。
もはや代表者を立てることをしない、官僚で構成される『執政者』対『国民』でよろしかろう。
『事の監督責任を果たせない』のであれば、我々国民が監督しなければならない。
そして、いまやその下地は整っている──。
戦後間もない時代に、全くと言っていいほど、概念さえもなかったネット環境、SNS──。
必要な情報は溢れ、個人レベルで知ることも、発信することも、そして徒党を組むことさえも、いくらでも自由に出来る時代となった。
代表者を立てることなくして監視・監督は十分できることであろう。
しかし、それを知ってなお、この仕組みを壊す方法はない──。
現行を変えていくには議会の中で彼らからの『発議』が必要だからである。
……彼らには『彼ら自身の生活』があって、到底自ら首を差し出す潔さはないだろうからな。
議会制『民主主義』とはよく言ったものである。
では、どうすればいいのか──。
この国のこれまでの歴史を見たとき、決まり切った枠組みに押し留めようとする力と、それに反発してその枠から抜け出そうとする、ふたつの力とがぶつかり合ってきた。
結果、前者がどれだけ力でもって行使し続けても、既成の歴史が栄枯盛衰を語るように終わりを迎えていて、新時代が到来してきた。
豪族支配のクニから、大和朝廷への変遷──。
朝廷・貴族からの、武家の台頭──。
そして武家の終焉、一部国民への主権委譲──。
……転換期には必ずしも多くの『力』が交差して、産声を上げてきた。
なれば、『道』は自ずと決まってくる──。
……急がなくてはならない。
先の時代でもそうであったが、いまもそうである。
圧倒的な軍事力を背景にした、隣国の台頭──。
大国による西欧への軍事侵攻、隣国への急速な歩み寄り──。
なにより国内外における諸問題を抱えながらも、そんな事態さえも判断、行動出来ない盲人、耳しいが仕切っている政情──。
いまや、この国においては体力もない。
……正道を語る者から言えば、今持ち合わせている権利を最大限に、公に変えていくべきだと語る。
しかし、悠長に果報たるものを寝て待って過ごした先にそれが果たして為り得るのだろうか──。
いまにおいても、この作為的に強いられた苦境に追いやられ、辛酸舐めさせられている者たちがいる。彼らはいつになれば、その肩に載せた荷を下ろすことができるのか。
いま、執刀為さずしていつ為すのか──。
『声』に出していかなければならない。
揉み消されることない、直視せざるを得ない方法で──。
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