エンシャルト 第四話

人は皆生まれながらにして宝石を持つ。心臓を持って産まれてくるというのと同じように、必ず生きる者はこれを持っている。そして人は生まれた後、名前を与えられる。名前と宝石は人間を人間たらしめるもの、そして本体であった。

宝石と名前を奪ってしまえば人は自我を失い、獣になってしまう。世界全体でいえば自我を失った元人間を人形のように操っていたような歴史もある。名前の刻まれた宝石を本人から奪い自分のものにさえしてしまえばその者のほんとうの主人になることができる。宝石に名前を刻むには、名前を持つ者の血が必要となる。だからこれを血の契約、などと呼ぶこともある。今現在もこのような契約をして生きる人も居る。

それほどまでに大切な宝石をどうしてフランに与えたのか。欠片とはいえ、名前を刻みきってはいないとはいえ。


今日は多くのことがあった。多くの来賓の相手をして、あの親族の末裔とも話をした。しかも謎が多く困惑したものだ。しかし、そんなことよりも大きいのはレーシファの『贈り物』だった。

返すべきだが、体内に埋め込まれたこの宝石はフランに取り出すことは出来なかった。アルトスティンの王族の使う魔法には落ちこぼれのフランでは到底敵わない。これを誰かに伝えたら取ってもらえるとして、それは国際問題になりかねない。大事にしたい訳では無いのだ。これを目撃したのはアルトスティン側の大臣と、フランと、ユーリエンディスくらい。その他の人間は照明が消えたことと下から吹き上げるような風が起こっていたことに夢中でこちらには目もくれなかった。レーシファの魔法と知ると周囲は大きく騒ぎ立て、彼女は社交の中心に揉みこまれてしまった。

「閨でそんな難しい顔をなさらないでくださいませ」

ユーリエンディスが心配そうにフランの顔を覗き込んでいた。黒い瞳は子犬のようだった。

「申し訳ない、ユーリエンディス。少し紅茶を飲ませてくれ」

本来今からは初夜の契りが行われる予定だった。しかしフランは到底そんな気にはなれない。レーシファの欠片を手に入れたことでいつもよりも強い魔力を持て余し、その不安ごと飲み込むように嚥下した。正当な王族の魔力とは、本来ここまで強いものか。胸の当たりがざわついて仕方ないのだ。

「レーシファ様がなさったのは一体何なのですか」

「見てただろう、それだけだ。でも、このまま彼女からのプレゼントを受け取ったままでいいのかはわからないんだ」

「緑の光のプレゼント、でございますか」

「彼女の宝石だよ」

「宝石、といいますと」

きょとんとした顔をしているユーリエンディスにフランは多少なりとも狼狽してしまった。一大事が起きているというのに、見ていたユーリエンディスはなにも思っていなかったらしい。更に違和感を紅茶で流し込んだ。熱さだけが喉に残ってフランは顔を顰めた。

「宝石の扱い方を習わずに生きてきたわけではないだろう。僕は今、人の命、しかもアルトスティンの王位継承者の命を預かっているのだよ」

教育のなっていない妻に対してだろうか、それとも現状へのやるせなさだろうか。フランは熱い紅茶を一気に喉奥に流し込んだ。まるでアルコールで人がやるように。

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