第1話

 放課の合間、いつも通り一人で勉強している。


 教室内は僕一人だけを押し除けるように騒がしい。五月も終わるというのに受験生という意識はないのだろうか。

 周りを見渡してみると、一人だけ勉強してる人が目に入る。


 座わる姿勢がとても美しくて特徴的だったので、すぐに彼女が斎藤智穂さいとう ちほさんだと分かった。

 所作がいちいち綺麗なのでつい見とれてしまうが、隣の席なので視線に気づかれぬようさっと勉強に戻る。

 

(彼女も僕と同じことを感じているのだろうか)


響き渡る声の中で勉強する姿を見て思う。


 去年の文化祭、彼女は吹奏楽部でクラリネットを演奏していた。僕はそこで初めて彼女を認識し、同時に、姿勢というものの素晴らしさも初めて知った。

 その時から僕は、姿勢が良い人を反例なく全員尊敬するようになった。そしてその中でも、特に尊敬する隣の彼女のような美しい雰囲気を、自分も修得するためにはどうしたら良いだろうか、と思案して辿り着いたのが、この柔軟もろくにできない硬い身体を正して、常に良い姿勢を保つことであった。

 三年生になって初めて同じクラスになった時は少し嬉しかった。教室ではいつも一人で過ごしているようだったので、自分と同じく人付き合いが苦手なタイプなのだと勝手に分類した。


 なんてことを思い出していると次の授業の先生が入ってきた。


「いやー、さすがに君たち五月蝿いよ、隣の教室に丸聞こえだよー。他のクラスには受験勉強してる生徒もいるんだから、そこは思いやり持とうよー。君たちも同じように放課中にも勉強するようになるかもしれないしさー。」


と先生が申し訳なさそうにして言う。

 するとクラスメイトたちは、一瞬先生の言葉を受け入れる時間を要して、静かに自分の席へと戻っていく。自覚のある者は、恥ずかしさを纏ったぎこちのない会話をもって各自平常を取り戻していった。

 先生はクラスとして怒っているので僕にも責任があるなと反省する一方、教室が静かになるのは自分にとっても嬉しいことなので、心の中で先生と握手を交わしておく。


 この出来事により、自分の中でさらにクラスとの距離が空いた気がする。もうクラスメイトと仲良くなることはないのかもしれない。そう思いながら残りの半日を過ごした。


 翌日、放課中また一人で勉強して過ごしていた。

 ふと参考書から意識が外れると、教室内がとても静かなことに気づく。


(昨日の今日だからなー)


と思いながら周りを見渡すと、隣の席の人以外誰も居なくなっている。余裕ぶっていた自分がバカバカしくなる。


(あれ?やばい次の授業移動教室だっけ?時間割変わったのか?)


 この学校は、校舎の構造が迷路のように複雑なことで有名で、少しでも移動が遅れると次の授業に間に合わないのだ。

 しかし今回の問題はそれだけではない。そもそも次の教科が分からない。


(時間割変更の紙はなかったはず。てことはグループLINEか!)


 今の時代、スマホを持ってない生徒はほとんどいないので先生が生徒に時間割変更の伝達を任せるということが稀にある。


 自分はLINEの通知を切っていて、なおかつスマホはほとんど使わないので、昨日学校が終わってから今までLINEを1度も見ていない。

 そこに答えがあるはずだと思いながら、急いでカバンを漁った、が、スマホがない。昨日からスマホは触っていないのでいつもの場所に入れてあるはず、なのだが見つからない。

 さらに焦燥に駆られる。まるでテストで問題が解き終わらない時のような感覚だ。

 その時、未だに席について勉強してる人が目に入る。


(そうだ、斎藤さんに聞こう。けどまだ移動してないということは斎藤さんも知らないのか?)


「さ、斎藤さん、みんな居ないんだけど次の時間割分かる?」


 少し緊迫したように質問してしまった。これが、焦っているからではなく、初めての会話に少し緊張したことによるものだということは、恐らくバレていないだろう。

 すると、声に反応した彼女は、今やっと周りに人がいないことを理解したようだ。それと同時にとても焦っているようにも見える。


「わ、私も分からないです。時間割変更は知らされてなかったと思うし」


(声も素敵なんだよな)


などと思っている場合では無いと我に返る。


(あっ、その参考書、じゃないんだよどうしよう)

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