第5話 疎外/存在しない記憶/慣れetc……

「行ってきます」


 そう言ってドアを開けると、視線の先に広がっていたのは、うっすらと透き通る絨毯じゅうたんの様に降り積もった雪だった。アスファルトの黒が空からの白い贈り物によって柔らかさを含んでいる。だが、一度踏みしめれば黒に戻って跡が出来てしまいそうな程だった。

 この程度の積雪なら、きっと明日には溶けてしまう。だがそこに、確かに冬の訪れを感じた。

 ボクは二階建ての家屋とガレージの合間を抜ける。抜けた先で家屋の方を振り向けば、暖簾のれんがかかっている。

 ボクの家の1階は店になっているのだ。ウチは昼は食堂、夜には天ぷら屋をやっている。時間帯でわざわざ分けなくても良いのに……とは思うがこの際どうでもいい。

 因みに基本的に母親が切り盛りしており、父親は農業が中心だ。所謂いわゆる兼業農家ってやつである。

 そんな家があるのは小さい町の駅近。その駅から高校へと向かう。

 本数も少ないので、遅刻しないように早めに駅につく。本数が少ないという事は、乗る電車の選択肢が少ないという事で、ホームには同じ制服を着た人の姿が幾つか見られる。

 ボクはその中の一つに声をかける。


「はよー」

「おっす」


 彼の名前は中岡瑞樹なかおかみずき

 同じ中学で、同じ高校に進学した。中学の頃はただの顔見知りといった程度だったが、同じ中学から進学したという事もあって、やがて親しくなった。

 ボクは、彼が片手に持っているものを見て、会話を続ける。


「また新しく買ったのか?」

「『ひげひろ』だ。数年前アニメやってたのが置いてあった」


 そう言ってカバーを外し、女性キャラが描かれた表紙をボクに見せてきた。

 省かれていた言葉は、「近所の古本屋に」だろう。家族経営の店なので品揃えが多い訳ではないが、中岡はそこで気になった中古本を買っては、電車の中で読んでいる。


「へぇ、ライトノベルは読まないが、面白いのか?」

「俺が新品を買うのは、青田買いの時だ」

「……つまり、新品で買うのは、新作を人気になる前に期待して買う時だけ。逆に言えば、中古で買うのは、既に人気が出てたりする少し前の作品を買う。だから、自分で面白いと思ってるものしか買わない、と?」


 少し考えた末のボクの解釈に、中岡は視線を本に固定したまま頷いた。

 彼は本が好きだ。ライトノベルが中心だが、トルストイとかドストエフスキーといった昔の海外小説もたしなむ。

 そのせいなのだろうか……彼との会話をすると、非常にハイ・コンテクストなので、行間を読まなくてはいけない場面がしばしばある。加えて口数も多くない。それ故に、最初こそ何を言ってるのか分からない場面も多々あったが、次第に想像をして言葉の解釈が可能になった。何事も慣れって話だろう。


 やがて電車が来て、乗り込む。ここ最近で暖房が効き始めた電車の中は、外の寒さとは違う世界のようだった。

 窓の向こうは住宅街からやがて田畑へ変わる。


『間もなく〜、幕別〜、幕別〜』


 電車に乗ってから10分程経った頃、幕別駅に停車する。ホームから車両に移る人の中に、見知った姿を見つける。

 目が合って、ボクは手を振ると、落ち着いた色のコートとマフラーに身を包んだ女子が、微笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「はよー」

「おはよっ、しょーくん。中岡くんも」

「おっす」


 ミヤビはこの駅で乗り降りする。

 行きはこの3人で一緒に通う事が多い。ミヤビと付き合う前から、ボクは中岡と一緒だった事もあり、ミヤビはこの組み合わせを気にする事もなく、仲良くやっている。

 会話がある時は、ボクとミヤビが中心だが、話題によっては中岡も本を閉じて参加する。漫研 (半ば幽霊部員) とラノベ好きという組み合わせなので、アニメとかで話題が合ったりするのだ。

 こんな感じで、時折会話をしたり、または各々が自分の時間を過ごしたり、そうして数十分電車に揺られる。それがボク達の登校だ。



•疎外


雅「あれ、中岡くん、本新しくなった?」

瑞樹「……お前もよく気付くな」

雅「最初の方のページ読んでるからね。それで、何て作品?」

瑞樹「これ。前にアニメやってた」

雅「あっ、懐かし〜。ヒロインが北海道の高校生なんだよね」

瑞樹「高校の屋上のシーンは胸が苦しくなった」

雅「あぁ〜、あそこは辛かったね……」

彰征「困った、作品見てない俺がついて行けない」



•存在しない記憶


彰征「どんな作品なんだ?」

雅「端的に言うと、社会人の主人公が家出した女子高生を拾う事で、2人の人生が変わってく話かな」

瑞樹「私の全てを受け入れて、と言って純潔を差し出したヒロインを泣きながら受け止めるシーンも胸が苦しくなった」

彰征「うーんネタバレしてとまでは言ってないんだよなぁ」

雅「そんなシーンなかったよね?」

彰征「捏造かよ」

雅「まず主人公と出会った時点で純潔じゃないから……」

彰征「何……だと…………」



•慣れ


彰征「結局、どこまでが本当なんだ?」

瑞樹「俺が饒舌じょうぜつになるのは、嘘をつく時だけだ」

彰征「つまりいつも通り饒舌じゃない時は本当の事を言ってる、という事は存在しないネタバレをしたさっきの以外は本当なんだな?」

雅「よくそんな瞬時に解釈できるね」

瑞樹「免許皆伝したからな」

彰征「師弟関係になった記憶も何かを伝えられた記憶もないんだよなぁ」



•家出


雅「それにしても、あんな感じの作品を見ると、家出について考えちゃうよね」

彰征「み、ミヤビ……辛い事があったら俺に話してくれよ……?」

雅「しょーくん、アタシにまで行間読まなくて良いから。その解釈間違ってる」

彰征「ごめんごめん、この時期に家出した所で、寒さで風邪ひいて終わりだもんな」

雅「う〜ん……アタシなら、幕別や帯広から離れた場所に住んでる友達の家を頼るかな〜。そして、親がそろそろ通報するかもってタイミングで、うちまで戻るの。だけど家の中じゃなくてガレージ。そこなら寒さもマシだしね。それに、親が気付けば向こうが折れるまで意地を張ってそこに居座れるし、灯台下暗しで見つからなければそれはそれで美味しい」

彰征「み、ミヤビ……本当に家庭で辛い事はないか……?」

雅「しょーくん……先月うち来たよね? そんなに仲悪く見える?」



•今いいとこなんだって‼︎


彰征「中岡、帯広着いたぞー」

瑞樹「俺の事は置いて先に行け……‼︎」

彰征「それ登校中の電車で言う奴初めて見たよ」

雅「てか終点じゃないから次の駅行っちゃうよ⁉︎ 遅刻しちゃうって」

瑞樹「どの道推薦使える資格は失っている……」

彰征「うんうん、受験で推薦使うには遅刻の回数が一定以下である必要があるけど、既にその回数を超えて遅刻している。だから遅刻してもノーダメなんで、気にせず先に行けって事だな? だめに決まってんだろ」

雅「こんな場面でもよく通訳できるね……」

瑞樹「今、主人公が下着姿の巨乳JKに迫られてるとこなんだ」

彰征「何それ詳しく」

雅「おい彼氏‼︎」



•共通点


彰征「全く……散歩に行きたがらない犬ってこんな感じだよな」

雅「しょーくんの家で飼育してるの熱帯魚だけでしょ」

彰征「失礼な。最近タイリクバラタナゴも飼い始めたんだぞ」

雅「あー、うん……」

十優「あっ、おはようございますぅ〜」

雅「日比野ちゃん‼︎ おはよう」

彰征「日比野もいつもこのバスに乗ってるのか」

十優「日によって変わる時もありますけど、大体そうなんですよぉ〜。それにしても、お2人って瑞樹さんと一緒に学校来てるんですねぇ〜」

雅「知り合いなの?」

瑞樹「同じクラス」

彰征「言われてみれば、どっちも5組か」

十優「後はへその下にほくろがあるのも一緒ですねぇ〜」

彰征「関係ないでしょそれ」

雅「待って何でそんな事知ってるの⁉︎」



•消えぬコンプレックス


十優「瑞樹さん、何読んでいるんですかぁ〜? 月刊少年ガンガン?」

雅「どう見ても月刊誌でも漫画でもないでしょ」

彰征「まずジャンプとかじゃなくてガンガンが出てくるのが謎すぎる」

瑞樹「このやり取り3回目かよ……」ペラッ

十優「………………」

雅「表紙ガン見してる……」

十優「彼女さん……」

雅「はい何でしょうか」

十優「この子、おっぱい大きいんだけど」

雅「それ私に言う事……?」

彰征「最初に目につくのがそれって流石だな」

瑞樹 (マジトーンの日比野珍しい……)



•拾う


十優「何で女子高生を"拾う"なんでしょうかねぇ〜」

彰征「あんま深い意味はないんじゃないか」

十優「もしかして主人公の事を"飼い主"とか呼んでたりします……⁉︎」

雅「呼んでない呼んでない」

彰征「スルーされたの悲しいなぁ‼︎」

雅「そもそも、今日日きょうび捨てられた生き物を拾って飼うなんて少なそうだけど」

十優「確かに、最近は捨てる人も減ってきてますもんねぇ〜」

彰征「俺は時々拾った話聞くけどな。ボルザコフスキーさん家は捨てられた猫拾って今も可愛がってる」

雅「ボルザコフスキーさん誰よ」

瑞樹「この前ボルザコフスキーさん久しぶりに見たが太ってた」

雅「ボルザコフスキーさん誰よ⁉︎」※彰征達の町に住むロシア人一家だそうです



•デカいは正義?


十優「しかし、胸の大きい女の子には、男の人は弱いってのが定めなんですかねぇ〜」

瑞樹「主人公は違うけどな」

雅「だけどもっとデカい上司に惚れてたでしょ」

十優「もっと……デカい…………⁉︎」

彰征「ステイステイ」

十優「やっぱり男の人にとっておっぱいは正義なんですねぇ……キンタマも巨乳美女との不倫が報じられてたしぃ……」

彰征「こいつ堂々と下ネタ言うなぁ‼︎」

雅「そもそも渾名あだなはタマキンだったような……」

瑞樹「全国の玉木さんに謝れ」



•浮気は許さないっちゃ


十優「でも、浮気は良くないですよねぇ〜」

瑞樹「おい彰征、キツツキ並みに頷いてる奴がいるぞ」

彰征「ひッ……してないからこっち見ないでくれ」

雅「でも……しょーくん女子にも結構人気あるし……」

彰征「まぁボクは何事もそれなりな人間。アベレージが高いからね」

雅「デートのエスコートも上手いし……」

彰征「まぁボクは何事もそれなり」

雅「2人で札幌に行った時も、目を離した隙にお姉さんにナンパされてたし……ねぇ?」

彰征「いや、それはただの客引きって話したじゃないか……‼︎」

雅「あの時、満更でもない表情だったよね?私が見ているのに気付いた時、少しビクッてしてたよね?」

彰征「み、ミヤビ、声が怖いんだけど⁉︎」

十優「これ止める必要ありますぅ〜……?」

瑞樹「雅には彰征の慌てる顔を見て楽しむきらいがあるんだ……」

十優「じゃあ放置しときましょ〜」

彰征「た……タスケテ……」



•学校の始まり


十優「着いたぁ〜」

雅「アタシ1時間目から体育なんだよね〜」

彰征「そうだったな。腹減るんじゃないか?」

雅「パン持ってきてるから大丈夫」

瑞樹「3時間目の課題やってないんだよな」

十優「あぁ〜、数学のぉ〜?」

瑞樹「当てられるかもしれん」

十優「とゆはやったから大丈夫ですねぇ〜。合ってるかは怪しいけどぉ〜……」

彰征「今日は雪で地面グチャグチャだし、休み時間に外出る人も少ないだろうな」

雅「気温も低いし、今日は中にいるのが一番だよ」

彰征「だな。まぁ、授業もぼちぼち頑張るとしますか‼︎」

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ランチプレート上の変わり者共 〜こいつら、この同好会、なんとかしてくれ‼︎〜 トレケーズキ【書き溜め中】 @traKtrek82628azuki

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