第2話 その男、賞金稼ぎ

――――ピピピピピピッ!

 

 「…………うっせーな」


 黒いロングコートに、手入れのしてない黒いぼさぼさヘアー、顎髭を蓄えた、典型的なずぼら人間の容姿。それがジョン・パリサーだ。

瞼は閉じたまま、慣れた手つきで頭上に置いてある携帯端末を手にとった。

 通話ボタンをタップし、耳元に当てる。


「こちらJジェイ


 簡潔に、飾り気なく淡白に名を告げる。

 それに応えるは……


『ハッローー!ジョンく〜ん、ご機嫌はいかがかな?俺だよ、俺俺!新手の詐欺じゃないぜ!アイモン・ファーリ様だ!こっちはアルディア山(標高6728メートル)の頂上まで、一っ飛び行けちゃいそうなくらいHiな気分なんだがそっちはどうだい?』


 口喧しい情報屋の男、アイモンの声が、携帯端末を通して響いた。


 「俺は、トランデス大穴(地底11295メートル)に向けて紐なしバンジーを試みてるような気分だ。要約すれば最悪ってことだ」


『世界一の大穴への紐なしバンジージャンプ!すっげー魅力的でジョンくんとご一緒に落ちてみたいところだが、あいにく今はHiな気分なんだ。Rawな気分じゃねぇ、世界一の山頂から見る世界はさぞかし絶景だぜ?己の心の矮小さを実感して、180度人格がひっくり返るかもな!ここでスペシャルニュース!そんな俺の夢に向かう列車の切符、今なら税込0円!送料は自己負担で、どうだ?ジョンくんだけの特別価格!欲しくないか?今逃すと永遠に手に入れられないかもよ?』


 コイツアイモン の口は休むこと知らないのか?なんて内心思う。


「そんな悍ましい切符なんていらねぇよ。女でも口説いて一緒に行ってこい」


『おいおいおい!女なんかにはこの切符は売らねぇよ!俺様の瞳に映るのはただ一人だけ、常にジョンくんひとす――――』


 ピッ、という音を立て通話を切る。

 今日はいい天気だ。雲はなく、麗らかな陽の光がポカポカと身を包む。辺りは草が生い茂る草原、そこの傾斜で眠りこけていたようだ。

 先ほどの、胃の内容物が逆流するような鳥肌が立つ想像を払拭するには最適の環境だ。


 「スゥーーー」


 深く自然の孕んだ新鮮な空気を吸い込み……


 「フゥーーー」


 吐き出す。

 心にわだかまる気持ち悪さも吐き出せたらしい。

 胸は爽快リフレッシュ!さっきのことは綺麗さっぱりに忘れて健全な一日を励もう。


――――そう思ってた矢先……。


ピピピピピピッ!


 携帯端末が鳴った。

 通話ボタンをタップし、耳に当てる。


 「こちらJ」

 

 『いっやぁ〜ジョークだよジョーク。もしかして真に受けちゃった?まさか俺様のこと本気マジに意識して……』


「切るぞ」


 『ちょーーっと待った。ジョークジョーク、すんませんすんません。ジョン君に切られると顧客がいなくなるんだよぉ!俺の生活の支えはジョン君しかいないんだよぉ!俺様頑張るからさあ、養ってくれよぉ』


 「いつもヤクでも吸ってるようなテンションのやつに顧客がつくわけねぇだろ。あと電話ではJって言え!」


『えー、いいじゃねぇか。こんな通信回線を傍受してるやついねえって。そして、俺様専用のプロテクタで防御は万全だしな!』


 「そーかい、さっさと要件言ってくれ」


『そっけないねー、泣いちゃいそう』


「早くしろ」


 『わーったよ、グローリーでディナー時、そこで詳細は話す。以上!んじゃバーイ』


ピッ、と音を立てて通話は終了した。

 最後の一文で済むことをこんな長ったらしくする男だ。顧客が消えるのは道理だ。

 「フゥ」と一息吐いて辺りを見渡す。地平線まで緑が生い茂っている。

 ディライトシティから3kmほど離れた草原地帯。人の姿はなく、魔獣も都市結界の範囲内なので近づけない。邪魔者がいない空間はジョンにとって最高の昼寝スポットだった。

 携帯端末の液晶にはAM11:30と表示されている。

 かれこれ1時間ほど眠っていたようだ。


 「そういえば、変な夢だったな」


 口喧しいアイモンのせいで、思考から吹っ飛んでいたが、真っ白な世界。顔がない少女。その声から仕草まで鮮明に思い出すことができる。妙に現実感が伴った夢だった。


 「悪夢にしちゃ上等か」


 草原の上に置いてあったトランクの取っ手を掴み、自分の車に向かう。

 よくある、遠出用の車だ。中古70万で一括払いできたときはこの仕事に感謝した。だが今は後悔の念が強くなっていた。


 賞金稼ぎハンターの仕事は、死を覚悟し続けなければならない。覚悟のできぬ者は屍となり、海の上に浮かぶことだろう。


 誰かが言ったそんな言葉を今更ながら痛感している。

 こっちだって幾度も窮地に陥って慣れてきた。だがその覚悟が一瞬でもゆるむと、そこを突かれ、海のお友達と一緒に海洋を漂う羽目になるだろう。

 こんなメンタルがごっそり削がれる職業になぜ就いたのだろうか?

 なにか目的があってこの職業についた気もするのだが……今となっては朧げな記憶だ。

 過去のことより、現代いまのことで手一杯だからだ。

 田んぼのあぜ道のように整備されていない道に車を停めていた。

 一車線を陣取っているが、幸いにもここを通る車はいないだろう。


 (あるとしたら、俺のような物好きな人間ヤツだけだ)


 トランクを荷台に突っ込み、運転席に腰を下ろした。

 ここからだと30分ほどでディライトシティに到着する。


 「昼飯、何食うか」


 そんなことをぼやきながら、アクセルを踏み、車を走らせた。

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