MAD CITY RUMBLE 〜最底辺賞金稼ぎは狂気の都市を奔走する〜

果汁

第1話 夢、そして始まり

 何もない、なにも見えない。

 地平線すらも区別することができない白。

 限りない白がその世界を形作っていた。


 「ここは……どこだ?」


 そんな言葉が口から溢れる。

 

 「ヤッホー!ジョン!」


 高く、透き通る声が背後から聞こえた。


(!?)


 反射的に振り返ると、そこには小柄な少女がいた。

 髪は肩の辺りで切り揃え、白いワンピースを見にまとっている。

 その少女は、一見して天真爛漫で純朴な少女だと想像するだろう。

 ーーーーしかし、一点を除いて。


 その少女の顔にはがなかった。


 目や口、鼻といった顔を構成するパーツが無く、代わりに子供が乱雑に塗りつぶしたかのように、ぐちゃぐちゃに顔面が渦巻いている。

 少女はスタスタとこちらに歩み寄ってくる。

 白いおみ足はとても細く、見ているだけで転んでしまうのではないか、という危うさがあった。

 

 「や!ジョン!」


 渦巻く顔面は、こちらの顔を上目遣いに覗いてきた。

 不思議と渦巻く顔面に不快感などはなかった。


 「ジョン……。それは俺に向けた名前か?」


 「えっ……違った?」


 おずおずとしている様子が目に浮かぶ。


 「いや、合ってるんだが」


「もう、驚かさないでよ。心臓が飛び跳ねちゃったよ」


 少女は、ふぅ、とため息を吐いた。……ように見えた。

 懐に獲物を仕込んでいる様子はなし。肉付きからして、武術を心得ていることはないだろう。

 目の前の少女を無力な少女と判断して、尋ねてみる。


 「ここは……どこだ?」


 「ここ?ここはね〜」


 少女はニコニコと笑顔を浮かべ、勿体ぶっているのだろう。


 「なんだ?」


 先を促す。しかし帰ってきた答えは……


 「わかんない!」


 「はあ!?」


 少女は笑顔で言い切った。……ような気がした。


 「わたしも目が覚めたらここにいたの。ずーっとずーっと歩いてたらジョンが視えたから!安心して駆け寄っちゃったぁ」


 「まて、この際ここはどこか?ってのは今はいい。……なんで俺の名前を知ってる?お前と会った覚えはない筈だが」

 

 少女は、う〜ん、と返す言葉を探しているようだ。


 「まあいいじゃん!そんなこと!」


 俺の質問を投げ捨てた。


 「よくはないがな。……答える気がないならいい。 じゃあ、お前は誰だ?」


 「わたし?わたしは……」


再び、う〜ん、と言葉を詰まらせている様子。


 「もしかして、自分の名前が分からない。なんて言わないよな?」


 「イエス!」


 親指を立てグッジョブ、と表現した。


 バカなのか?この女?


 ジョンは自然と眉をひそめ、蟻を心配するかのような哀れみの視線を少女に向けた。


 「あ〜、なに?蔑むような顔しちゃって。わたしのことバカだって思ったでしょ?」


 プンプンと頰を膨らませているのが目に浮かぶ。


 「そうだ、バカだ。いいや、バカ未満だ。自分の名前が分からないのは」


 「ジョンにバカって言われた……」


 少女はヘナヘナと崩折くずおれるように座り込んだ。いじけているらしい。

 こいつはなんだ?ここはどこだ?疑問に答えられるのはこの少女だけだろう。しかし、自分の名前も分からないと来た。

 つまり、八方塞がりだ。このままコイツと一生を暮らすのか、と絶望していた矢先。

 

 (……!)


 突如、脳内にビリッと電撃が走った。焼け付くような一瞬の痛みを皮切りに、少女の輪郭があやふやになっていく。

 

 「あ、ここまで……かな」

 

 その声はジョンの耳に届かなかった。水という壁を隔てて外の声を聞くみたいに、ひどくくぐもっていた。


 (だめ……だ。まだ疑問は氷解していない……!)


 次第に、身体は重くなり、意識は微睡まどろみに落ちていく。


 「〜〜〜〜〜〜」


 少女が何かを言っているようだ。

 『また会おうね』そう言っているような気がした。

 粘性の海に沈んでいくような気怠さ。先ほどとは打って変わっての暗黒の世界。

 微かに、ピピピ!という、この世界に不釣り合いな電子音が聞こえた。


 ――――そうか、今までのは全部……。


そこで、ジョンの意識は覚醒した。

 

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