アリ懲役1年に耐えられそうもない

ちびまるフォイ

アリの終わり

「被告をアリ懲役1年の刑に処す!!」


「じゅ、1ねっ……あ、アリ懲役!?」


「執行!!」


判決がくだると目の前がまっくらになった。

次に目を覚ましたときにはアリになっていた。


「おい新人!! 早くいくぞ!!」


「え!? い、いったいどこへ!?」


「決まってるだろ。エサの調達だ!!」


アリとして生まれ変わった現状を理解するまもなく、

アリの巣の外へと追いやられ一列の隊列となって現場に向かう。


「アゴの強い兄貴がこれから葉っぱを切る。

 お前らは葉っぱを受け取って巣に持ち帰るんだ」


「でも自分まだアリになれてなくて……」


「返事はYESかアントだ!!」


「あっ、アント!!」


「ようし! さあ運べ!!」


「重っっっも!!!!」


渡された葉っぱは自分の体重の8倍以上の葉っぱ。

70kgの人に、560kgの荷物を持たせているような状態。


「ヨタヨタするな!! 隊列を乱するな!!

 フェロモン道路を曲げるんじゃない!!!」


「ひええええ!!」


アリは仲間の通ってきたフェロモンを道しるべに動く。

誰かが蛇行すれば、最短距離で出来上がっていたフェロモンの道が崩れてしまう。


だからって慣れない顎で葉っぱを持ち上げながら、

長い巣までの道のりを歩くなんてつらすぎる。


「こっ、これなら終身刑のほうがまだマシだ……!!」


ふらふらのヘトヘトになってアリの巣へ到着。

待っていたのはねぎらいでもなんでもなかった。



「はい。あと100往復」



それは死刑宣告よりも残酷だった。


1日の刑務活動を終えると食事にありつく。

上級アリのように砂糖や蜜を味わうことなどできない。


もっぱら下っぱアリは死んだ虫や枯葉を口にする。


「なんてしんどいんだ……アリって……」


懲役を聞いたとき1年でラッキーとまで思った。

しかしアリ生活における1年は人間の10年以上の密度と辛さがある。


「こんなのをあと365日も……」


考えただけでゾッとした。

想像しうるあらゆる拷問よりも辛い日々になるだろう。


「おい聞いたか?」


「な、なんだよ」


隣でアオムシを食べていたアリが声をかけてきた。


「近々、兵隊アリ選抜大会があるらしい」


「それが? 俺達働きアリには無関係だろう」


「バカ。もしその大会で兵隊アリに昇格できたら……」


「働きアリから兵隊アリになれるのか!?」


兵隊アリの食事はローヤルゼリー。

それに働きアリのように毎日働く必要もない。

有事に備えてただ待っているだけでいいのだ。


「兵隊アリになっちまえば、この生活ともおさらば!!」


地獄のような働きアリ生活から脱却するため、

必死の勉強と努力をかさねてついに兵隊アリに昇格ができた。


「いいか。兵隊アリのお前らは外敵に備えて、

 いつも臨戦態勢をキープし続ける必要がある。

 しっかり食って、しっかり休むこと!」


「アーーント!!!」


兵隊アリの生活は打って変わって天国そのもの。

食事は働きアリが持ってきてくれるし、身の回りの世話もやってくれる。


思い切って兵隊アリに挑戦して本当によかった。


「これなら1年もあっという間だな。わっはっは!」


砂糖の盛り合わせを食べようとしたとき。

巣に張り巡らされていた外敵アラームがけたたましく鳴った。


「外敵だーー!!! であえであえーー!!」


「えっ!? えっ!?」


アリになって初めての戦闘体験。

働きアリたちは引っ込み、兵隊アリが引っ張り出される。


巣の外に待っていたのは巨大なハチだった。


「こんなのと戦えっていうのかよ……!?」


足がすくんで触角がちぢこまる。

目の前で兵隊アリの仲間たちがあっさりと食い殺されていった。


ビビって動けないうちに兵隊アリをしこたま食べて

お腹いっぱいになったハチはどこかへ飛び去ってしまった。


アリの巣に戻ってからも、震えは止まらなかった。


「あれが外敵……? あんなの勝てるわけない……」


他の兵隊アリは少しも躊躇することなく、

外敵に立ち向かい、噛みつき、そして死んでいった。


あとで知ったことだが、兵隊アリの死亡率は98%。

働きアリよりも死にやすい職場だった。


それだけに毎日が最後の晩餐のごとく豪華絢爛で、

身の回りの世話もしてもらえる良い立場だったのだろう。


「次は俺……か……?」


兵隊アリの数がごっそり減った今。

次の外敵がやってくれば再び兵隊アリとして徴兵され、

外敵に向けて帰らずの特攻を仕掛けることになるだろう。次は逃げられない。


「いやだ……死にたくない……」


一度兵隊アリに昇格してしまったら、

もう働きアリに戻ることも、別のアリに転身することもできない。


残された道はいつか来る外敵に向かって命を散らすだけだった。



アリの巣を逃げ出すのにそう時間はかからなかった。



「はぁ……腹減った……」



アリの巣を脱走してからろくな食事を取っていない。

兵隊アリとして食事は常に与えられていた。


自分で食料を確保するにもアリ1匹じゃ話にならない。

虫の死骸や枯葉を昔のようにみじめに食べるばかりだった。


「やあこんにちは」


そこに別のアリがやってきた。


「誰だい。あんた?」


「ぼくはトゲアリ。見たところ君は脱走アリのようだね」


「ほっとけ。もうあんな生活限界なんだ」


「それなら僕を君の巣に案内してくれないか?」


「どうしてそんなことを」


「ぼくもそろそろ新居が欲しいところだったのさ。

 でもイチから巣を作るのは大変だろう?

 すでにできばえの巣を手に入れたくてね」


「お前……。うちのアリの巣を乗っ取りたいのか?」


「ひらたくいえば。でも君は脱走した身。

 いまさらどうなってもいいだろう?」


「……」


「それに、ぼくを君の巣に案内してくれれば

 特別に君の刑期を短くしてあげることもできる」


「そうなのか!?」


「悪い話じゃないだろう?」


「……そうだな……そうかも、しれないな……」


トゲアリを巣に案内することを決めた。

アリの巣入口にあるアラームを切り、トゲアリを案内する。


本来は兵隊アリが入ることのできない女王の部屋へと一直線。


「女王様、よろしいでしょうか?」


「なにかしら?」


「特別なローヤルゼリーをお持ちしました。

 これを食べてますますの繁栄をしていただきたく」


「あら気が利くじゃない。鍵をあけたわ。入って」


女王の部屋に入った。

そこにはたくさんの卵とひときわ大きなアリが待っていた。


もちろんローヤルゼリーなんかない。


「だ、誰なの!? そのアリは!!」


「女王様、悪いが今日でこの帝国は終わりだ」


「きゃあーーー!!」


女王アリをあっさり仕留めると、巣はトゲアリのものとなった。

ごくわずかな時間での凶行。


このアリの巣の中でもトップが変わったことに気づいたアリはいないだろう。


「いやぁ、ありがとう。こんなに簡単に乗っ取れるとは」


「約束通り俺の刑期を短くしてくれ」


「もちろん。約束はたがえないさ。アリから人への戻り方を知ってる」


「……なんで戻り方を知っているのに、

 お前こそトゲアリで生活を続けるんだ?」


「そんなの決まってるじゃないか」


トゲアリは嬉しそうに触角を動かす。


「侵略しほうだいのこの生活のほうが楽しいから!」


「……そうか」


こいつとは一生相容れないと思った。


「それじゃ人間に戻すぞ」


「……待ってくれ」


「なんだ? 心の準備が必要か?」


「ひとつ聞かせてくれ。この後、アリの巣がどうなるのかを。

 この巣にいたアリを皆殺しにするのか?」


「そんなことできっこない。多勢に無勢すぎる。

 俺はここで卵を食って生きながらえながら、

 周りのアリが自然に死ぬのを待つだけだ」


「そうなのか……」


女王がいなくなったことを知っているのは自分たちだけだろう。


「それじゃ人間に戻すぞ。もうアリには戻れないからな」


「戻ってたまるか」



「いち、にーー、アーーント!!」



トゲアリの不思議な力で、一気に元の体に戻ることができた。


もう働きアリのように一心不乱に働くことも、

兵隊アリのように命を散らす日を待つこともない。


ふと足元を見た。


アリの体のとき、自分が生活していたアリの巣の入口が見えた。


「みんな……」


このアリの巣では今も生活が続いている。

女王が不在となり、ただただゆるやかな安楽死を迎えるしかないのに。



俺はそっと近くのペットボトルに水をいれると、

アリの巣に流し込んですべてのアリたちを皆殺しにしてあげた。

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