ストラ魔術士
フィオー
第1話
荒野を疾走しながら、ストラ魔術士は回想していた。
寒さに凍えながら、悔しさを噛みしめる。
「こんなもの、実用化など出来るわけないだろう」
ハゲ頭の1級魔術士が、ストラ魔術士に言い放った。
ストラ魔術士は婉曲した机に囲まれて立って、周りに座る1級魔術士達にプレゼンしていた。
「できます。実用化の前にコンセプトを考えてください。これは使い魔の革新的発想です」
ストラ魔術士は額に汗かいて熱弁していた。長い前髪が汗ばんだ皮膚に張り付く。
彼は髪を切るのも惜しんでこの研究に没頭したので、前髪は目と鼻を覆い、後ろ髪は腰まであった。
「自律して最適な判断を自ら行なう使い魔です。今までの命令を聞いて応えるのではない。もはや使い魔は、いちいち細かく命令しなくこも、ご主人のために、人類のために貢献するようになるんです」
かいた汗を拭くついでに、前髪を耳にかけ直す。
「自律だなんて……魔法道徳を君はどう考えてるんだ……えぇ?」
別のハゲ頭の1級魔術士が、嘲笑した。
「道徳上の問題点はありません。今まで通りあくまで使い魔は主人のために働くのみです。その命令を簡略するの身です。これも先ほど説明ーーグッウッ……」
ストラ魔術士は喉をさする。
すでに1時間喋りつつけて、喉が痛くなっていた。
……クソッ、禿げ共め、なんども同じことを……。
「いいかい。魔法の安全活用のために、魔法効果は全てコントロール化におかなくてはならんのだよ」
さらにハゲ頭の1級魔術士が嘲って言う。
「君の魔導回路を組み込んだ使い魔は、却下だ。マスターギレアム、もう終わろう」
「そんな!」
ストラ魔術士の目が、悲しく光りだした。
なにが魔法の安全活用だ、ただ免許制度の利権が欲しいだけだろ……。
「ストラ魔術士……」
最高魔術士、マスターギレアムがゆっくり話し出す。
「この魔術回路は素晴らしい。上手くいくかはわからんが……」
「ああっありがとうございます!」
「しかしだ……」
感激するストラ魔術士を押さえ込むように、マスターギレアムが見つめた。
「君は神にでもなる気か?」
「……」
……、……。
ストラ魔術士は立ち止まる。
キスレブの凍てつく風に、上着を引き寄せた。
赤いマフラーが寒風にたなびく。
見透かされていた……僕の本音なんてお見とうしか……。
「ご主人様、目的地点に到着しました。運動補助を停止します」
ストラ魔術士の肩に乗っている、使い魔の九官鳥が報告する。
初めは手紙を運ぶだけの存在だった使い魔も、今ではこうして人語を解し、しゃべれるようになっている。
それどころか、地図が頭に入っていてどこでも案内できるし、カレンダー機能と、時刻も正確に分かるし、離れた相手と通話も出来る生活必需品となっている。
全て、ここ30年の魔導学の技術革新の成果だ。
そして今、16才にして3級魔術士で、しかも帝国魔法開発局の開発者、ストラ魔術士がさらに革新を起こそうとしていた。
ここは帝国の北方領土、キスレブ地方――。
魔物大戦の時、1級魔術士100人が全魔力を持って自爆し、津波のごとく押し寄せる魔物と共に、ここら一帯を抹消した土地だ。
地平線まで続く荒野には瓦礫が散乱していて、寒風を遮るものは何も無い。
キスレブ地方の復興は100年たった今も手つかずのままだ。
……ここなら、ハゲ頭たちに邪魔されずにすむ……。
ストラ魔術士は無言で、朝日に照らされた瓦礫の山が広がる荒野を見渡していた。
ストラ魔術士の専門は画期的魔導回路を組み込んだ画期的使い魔を100体もこの場所に放した。
のだが……5日前に放し、瓦礫の片付けを命令した使い魔の影が全く見えない。
「ソフィア、使い魔たちはどこ?」
ストラ魔術士は荒野を見渡しながら九官鳥に尋ねる。
「何処か別の場所に行ったのね」
肩のソフィアは計算問題の答えるように答えた。
「自律式……だからだよな……。自分達で復興に最適な判断して……」
ストラ魔術士は少し不安に襲われる。
「……呼ぶよ」
ストラ魔術士は肩に乗っているソフィアを手でギュッと握った。
「クェッ」
小さな鳴き声を上げて、オレンジの嘴がパカッと開く。
「もしもし、ストラだ。イチロウ、皆と一緒に何処に行ったんです。ここらを片付けだって命令したよね!」
ソフィアの口の中向かって言うと手を緩め、口を閉じる。
すっと、ソフィアが澄まし顔になった。
その顔を見つめながら、ストラ魔術士は返事を待つ。
と、
「わかりました、ストラ魔術士」
ソフィアが子ども声でしゃべった。
「我々はそこから約23ギロロ北北西にある爆心地で片付けてます。巣も作りま――
――見に来てください。ストラ魔術士!
こらやめろ! サンロウ、今僕が――
――おーい! ストラ魔術士がやって来るぞ皆!
なんだってー!
マジかよー!
狂ったようにソフィアが様々な子供声で叫びだす。
ストラ魔術士はソフィアを手で力一杯握った。
「グェェッ」
ソフィアが苦しい声を発する。
「うるさい! イチロウ、23ギロロ北北西だな。今から行くから!」
ストラ魔術士が手を離す。
「り、了解いたしました。皆でお待ちしてます!」
すっと、ソフィアが澄まし顔になった。
「と言うことだ、ソフィア」
「はいはい。運動補助をしてあげる」
ストラ魔術士はソフィアを手に取り、両手で包んだ。
ソフィアに貯めておいた魔力が体中にと流れて、じわじわと沁み込んでいく。
だんだん体が軽くなる。
ストラ魔術士は頭の先からつま先まで浸透したのを確認して、走り始めた。
その歩幅が、一歩一歩大きくなっていく。
ストラ魔術士はただ走っているだけなのに、使い魔の運動補助で、一歩で数メドールを飛び跳ねていた。
23ギロロ北北西を目指す。
◇
30分後……大きく丸くえぐれた地面が見えてきた。
その傍らに四角い建物がある。
ストラ魔術士はキスレブ地方に来て初めての建造物に驚いた。
そして、その前方で、ピョンピョン飛び跳ねている物体がいる。
ストラ魔術士は走りを速めた。
「おーい! ストラ魔術士!」
「イチロウ!」
ストラ魔術士が、彼の革新的使い魔のイチロウの前で止まる。
体高約40ゼンヂ。体重約9ギロロ。丸っこい顔立ちに、三角目、三角耳。
下あごが厚く丸まった口元がキュートで、胡麻色と白の、短毛のダブルコート。
そんな犬の使い魔が、尻尾をフリフリ飛び跳ねる。
「お待ちしてました! ササッこっちです!」
イチロウを尻目にストラ魔術士が辺りを見渡す。
空は雲が包み、瓦礫の山は灰白色に見えた。
「他は?」
「だからコッチですって!」
イチロウが歩き出して、四角い建物の中に入って行く。
ストラ魔術士は後を付いて行った。
「ここはかつて復興支援で建てられた、瓦礫のリサイクル施設です」
「でも動かないでしょ」
「そこをです! 僕らやりました!」
イチロウはパッと振り返る。
「命令では分別だけでしたが、我々はさらに先を行きました!」
ストラ魔術士が建物の中に入ると、その所々で、使い魔達が働いているのが確認できた。
運んできた瓦礫の山の前で、重機を操るニロウとサンロウとシロウがいる。
粉砕機の所にはゴロウ。
ベルトコンベアの所にはロクロウ。
鉄とコンクリに分けられた山の所にナナロウ。
全員、仕事に真面目に取り組んでストラ魔術士達に気づいていない。
「信じられない! 自分たちで直したのかい!?」
ストラ魔術士の口が半開きのまま閉じなくなった。
「そうです! おーい皆! 集合!」
イチロウが叫ぶ。
「アッ! ストラ魔術士だ!」
「何だって!」
「ホントだ! 皆、作業中止! 中止!」
「おーい! ストラ魔術士が来たらしいぞー!」
「集合! 集合!」
ニロウからナナロウまでが、尻尾をフリフリ、ストラ魔術士の元へ駆け寄ってきた。
「よーし、セイレーツ!」
イチロウの掛け声にニロウからナナロウまでが1列に並ぶ。
「はーい、お座ーり!」
イチロウの掛け声にニロウからナナロウまでが一斉にお座りした。
ストラ魔術師は感動で震えていた。
「凄いよ皆! 命令を果たすためにここまで自分たちでやるなんて!」
「ありがとうございます! ストラ魔術師!」
イチロウからナナロウまでが一斉にお辞儀する。
「そして見てください!」
イチロウが、感激しているストラ魔術士に言った。
「なっ何を?」
ストラ魔術士は、さらにどんなすごいものを見せられるのだろうと、ドキドキしてきた。
「ニロウ! サンロウ! 持ってきて!」
「了解!」
ニロウとサンロウが、奥へと駆けていく。
「ヨッコイショ! ヨッコイショ!」
ニロウとサンロウが台車に乗った何かを2匹して引っ張ってきた。
「なにコレ?」
それはストラ魔術士の背丈くらいの高さで、布で覆われいる。
ストラ魔術師は首を捻るしかなかった。
「フフフッ」
「へへへ」
「フッフッフッ」
「フフッ喜ぶぞ、フフフッ」
整列しているヨンロウからナナロウまでが、期待のこもった笑みを浮かべている。
ニロウとサンロウがストラ魔術士の前に、ゆっくり、ドスンと下ろした。
「そんなに重いものなの?」
ストラ魔術士が興味津々で、近づく。
「ではご覧くださいませ!」
ニヤつきながらイチロウが布を剥ぎ取った。
その全貌が明らかになる。
「こっこれは……」
ストラ魔術士は絶句してしまった。
目の前に現れたそれを、まじまじと見つめる。
ストラ魔術士は、目が離せずにいた。
「僕の……彫像……だね……」
「ふふふっ」
イチロウからナナロウまでが、恍惚と満足の混じった頬笑みを浮かべる。
素晴らしい完成度だった。
目と鼻を覆う前髪で、右目が隠れている。
後ろ髪は長く垂れ下がり、赤いマフラーも綺麗に塗られていた。
ただ……ストラ魔術士が真に驚いたのは、そこではない。
彫像には威厳があった。
「これを……僕のために作ってくれたの?」
「もちろんです!」
イチロウからナナロウまでが、声を合わせて言った。
ストラ魔術士はこの時、彫像の基幹部に書かれた文字に気づく。
そこには、きらめく金色で、
『我等が創造主様』
と刻まれていた。
ストラ魔術士は、嬉しがる素振りも見せず、イチロウからナナロウまでをゆっくり見渡す。
「嬉しいよ。お前らは他の誰のものでもない、僕の使い魔だ。この地は人が捨てた土地だ。お前らのものだ。この地は、お前らのものだ。自由に生きろ。そして、僕の住む神殿を作るんだ」
ストラ魔術士 フィオー @akasawaon
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