勇者は本名が気に入らない
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら――おらぁ!」
ソプラノのかわいらしい声からは想像もできないほど荒々しい声を発している魔術師。
彼女は右手と左手を交互に連続で何度も何度も突き出している。そのたびに
ターゲットとなったイモムシはすでに炎の渦に飲み込まれており、黒焦げ確定なのだが、魔術師の攻撃が収まる気配はない。
「おらおらおらおらおらおらぁ!」
「おいやめろ! オーバーキル――ぐはぁっ!」
俺が魔術師の手を取って魔法を止めさせようとしたが、カウンターで裏拳を浴びてしまった。こいつ、モンクの方が向いてるんじゃないか?
「私はっ! 私の魔法のっ! 威力を! 思う存分! 試す相手が! 欲しいのっ! 邪魔したら! あんたも! 焼くわよっ! 『あ』」
などと言いながら、音節ごとに魔法を繰り出す。もはやイモムシは塵すら残っていないだろうがお構いなしだ。
「だー! 俺のことを『あ』って呼ぶな!」
そう、俺の名前は『あ』。勇者『あ』だ。RTAでは一分一秒のムダも削らなければならないから入力がしやすいようにこういう名前になっていたのだが、いざその名前で呼ばれるのは恥ずかしいし、呼ぶのも大変だ。
勇者『あ』、魔術師『ぁ』、シーフ『ほ』、そして戦士『な』。俺を含めた仲間たちのの名前は全員一文字。
要するに、俺を含めたパーティーメンバーは全員、RTAで俺が作るキャラということになる。どういう理屈でそうなっているのかは知らん。そうだとしか言いようがない。
よって、これからは職業で呼ぶことにする。魔術師、シーフ、戦士だ。
そんな俺と魔術師のやりとりを見ながら戦士はどうしたらいいのかわからずオロオロしている。図体に見合わず肝っ玉が小さいのだ。
そして残る盗賊というと――
「ねえねえ、こんなの盗めちゃった」
と、俺に見せびらかしてきた両手で持てるくらいの大きさの黒い球。
「おい待て! それは俺が持ってた爆弾じゃねーか!」
そう。それはこの先、崩落した洞窟を爆破するためのイベントアイテム、爆弾だ。シーフの奴はよりにもよってそんな重要アイテムを(味方の俺から)盗みやがった!
「えー、違うよう。あたしが盗んだんだから、もうあ・た・し・の・も・の♡」
「てめー、返せ! かわいらしく言っても無駄なんだよ! 俺は急いでるんだ! 余計な手間かけさせるな!」
俺は今も魔法の連射を止めない魔術師を置いて、爆弾を手に逃げまくるシーフに飛びかかろうとした。
しかしそこはさすがのシーフ。
「これ、なーんだ?」
シーフが再び何かを大きく掲げた。見覚えのある袋だ。
「おい! それは俺の昼飯じゃねーか! 返しやがれ!」
それは今朝村を出るときに宿の主人に作ってもらった弁当だ。固いパンと干し肉と濁ったお茶という粗末なものだが、それでも昼飯抜きは耐えられん。肉体労働だしな。
俺が昼飯を取り返そうと飛びかかるも、しかしシーフは素早くこれをかわし、よりにもよって干し肉を口の中に放り込んだ。
「あーん。もぐ、もぐ、もぐ……。うーん、おいしくない」
顔をしかめて腹の立つことを言う。俺は完全に堪忍袋の緒が切れ、ついに剣を抜いた。
「テメーいい加減にしろ。俺のものを盗んだ挙げ句、それがまずいだと? テメーは言ってはならないことを言ってしまった」
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁ!」
「えー、だって本当においしくないんだもん」
「また言った! それを言っていいのは俺だけだ!」
そしてシーフに飛びかかったところで気がついた。
左手に持っている爆弾。その導火線の先端が赤く輝いていることに。
「おい! 左手みろ! 左手だ!」
「え!? 左手がなんだって……うわあ!」
魔術師の魔法によって爆弾に火がついていることに気づいたシーフはよりにもよってそれを俺に投げつけてきた。
「何しやがるんだ! こっちに投げるな!」
俺は剣を取り落とし、爆弾を両手でキャッチしたが、どう扱っていいかわからずお手玉して弄んでいた。
「そうだ! 魔術師! こっちだ! 魔法の威力確かめたいなら、こっちに
「おらおらおらおらおら――ん?」
自動火球連射装置と化していた魔術師の顔がこちらを向いた。
「こっちだ! こっちに水の魔――うわぁぁぁぁ!」
魔術師は魔法をぶっ放した。しかしそれは俺が要求した水の魔法ではなく、火の魔法だった。
と同時に――
目がくらむほどの閃光と鼓膜が破れそうな轟音。
俺と、
俺たち最初の全滅である。スタート地点の城に戻された。
これでラブ的な展開を期待する方が間違っている。そうだろ?
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