2-2 未夏の記憶では、エイドはゲーム中では『シスコン』だった

エイドがミモレと禁忌の時間を過ごした翌日。



「それでね、ウノー様。この『ウンディーネの霊薬』を作るには、この薬草と幻惑蝶の鱗粉を混ぜて……」

「ああ。……ん、難しいな、これ」



ウノーが絶縁されてから、未夏はウノーを自身の薬屋で雇ってもらった。

前世での記憶がある店主は当然4英傑であるウノーのこともよく知っているのだろう。ことの顛末を話すと、


「よく、オルティーナ様に尽くしてくれたな」


と、快く雇ってくれた。



「よし、出来た! これでどうだ?」

「うん、バッチリね! これから簡単なアイテムの調合は全部ウノー様に任せるわね!」


ウノーは座学の成績は決していいとは言えないタイプだった。

だが、手先は割と器用なようで、思ったよりも薬学の飲み込みは悪くなかった。


(けど、良かった……。あの『経験の代行証』を壊しておいて……)


未夏はそう思った。


ゲームバランスの都合上、このアイテムクラフトについても『経験値』が存在し、反復してアイテムを作ったり、新しいアイテムを作ったりすることで、上位のアイテムを作れるシステムになっている。



「けど、俺も早く未夏さんみたいに、難しいアイテムを作れるようになりたいな」

「ふふ、それならもっともっと経験を積まないとね」



また、ウノーを見ていて未夏は分かったことがある。

未夏はこの世界に転生した当初、どんなに敵と戦っても強くなれない自分には『レベルアップ』の概念がないと悟った。これは当初、大きなハンデだと思っていた。


だが、それは裏を返せば『レベル制限』のあるアイテムも無条件で作成できるということだった。つまり未夏が『天才薬師』になれたのは、単にゲーム知識があっただけではなかったのである。


「なあ、未夏さん?」

「ひゃ!? な、なに?」


突然声をかけられた未夏は驚いたような表情を見せた。



「友達から聴いたんだけど、最近魔法の試験が近いらしいんだ。だからのど飴みたいなアイテムを置きたいんだけど、いいレシピあるか?」

「え? ああ、勿論よ。そうだ、その作り方教えるから、ウノー様が移動販売するっていうのはどう?」

「いいのか? そりゃ、楽しそうだな!」



そういいながらウノーは楽しそうにレシピを教わりながら、作成にとりかかった。


(……そういえば魔法って詠唱が必要だものね……のど飴が欲しいなんてニーズ、知らなかったわ……)


元々社交的だったウノーだが、今世でのウノーは前世以上に周囲との協調性が高くなっている。


恐らくは『無力な自分がオルティーナを支えること』を第一に考える中で、周囲の気持ちを汲む能力を上げてきたのだろう。


そのおかげもあって、街の住民のニーズなども教えてくれるウノーは現在では店主たちからも高く評価されている。


そんなウノーが自分を慕ってくれて、かつ一生懸命自分の教えた通りにアイテム作成をする姿を横で見ているのは、未夏にとって幸せな時間でもあった。



「そういえば、ウノー様は最近、鎮静剤を飲まなくなったわね?」

「ああ。……アイテムづくりに打ち込んでいるとさ、劣等感とかも忘れられるんだよな。楽しいな、アイテムを作るのって!」



そう笑うウノーを見て、未夏は自分の選択が正しかったことを想い、嬉しそうに笑う。

だが、そんな風に考えているとまたドアが開いた。




「すまない、いいかな?」

「あれ、エイド様! いらっしゃいませ」



入ってきたのは長髪で整った容姿をした長身の男性。

4英傑の一人、エイドだ。


彼はゲーム本編では、ラウルド共和国の情報を得るための半ばスパイとして、政略結婚としてラジーナと婚約関係を結ぶという設定だ。


ルートによってはスパイ活動がバレてしまい、戦争が再開する。その場合、ラウルド共和国の暴徒たちの手によって、彼は焼死するという終わりを迎えるはずだ。


未夏は他の転生者(といっても、聖ジャルダン国の国民は聖女以外、モブにいたるまでほぼ全員転生者だが)の話から、前世ではそのルートをたどったことが分かった。



「今日はどんな要件でいらしたのですか?」

「ああ。……以前ミモレに作ってくれた『惚れ薬』があっただろ? あれをいただきたい」

「惚れ薬……ああ、思い出しました!」



今世ではどうやら、戦争自体は回避できなかったが、婚約は予定よりずれているようだ。

恐らく外交官のテルソスあたりが『どうせ前世同様諜報活動は失敗する』と、便宜を図ったのだろう(実際、ゲームではどのルートでも諜報活動がバレる)。


そして、ようやくラジーナと結婚することになったのだろう。そのことを思い、未夏は尋ねる。



「エイド様……ひょっとして、このお薬はラジーナ様に使うおつもりですか? もしそうなら、お薬を売るわけにはいきませんよ?」

「……いや……。私がラジーナを愛せるように、自分で飲むためだ。安心してほしい」

「そうですか……」



未夏が調合した惚れ薬は、媚薬成分が多分に含まれた強力なものであり、通常の男性に使った場合はまず間違いなく、襲い掛かってくるレベルだ。


また、女性もこの媚薬の効果は有効であるため、よこしまな心の男に渡したら、即『エロ同人展開』が始まると考えていい。


ゲーム本編では、あるNPCのために惚れ薬をつくりはするものの、結局『惚れ薬に頼らず告白して成功する』という展開になるため、使われることはなかったのだが。



「本当に、ご自身以外には使わない、ということで嘘はないですね?」

「ああ、約束する」


そういうと、横からウノーも声をかけた。


「未夏さん。エイドの奴はさ、嘘を付けない奴だから安心しなよ?」

「あ、うん……」



確か彼は前世では実直な性格で、嘘をつくことはないことは未夏も知っている。

因みにエイドの一人称は『私』だが、親しい人の前だと『俺』になるのもよく覚えているので、好感度はそこから判断もできる。


「じゃあ、今から用意するから待っててくださいね?」

「ああ、わかった」

「そういえば、妹のミモレちゃんは元気ですか? 最近顔を見せていませんが……」

「いや……あいつは今、寝ている……」


そういうと、思いつめた表情で近くにおいてあった椅子に腰を下ろすエイド。



(妹が寝ているのに、うちの店に来るなんて……やっぱり、ゲーム本編と性格が違って『シスコンじゃない』のね……)



ゲーム本編ではエイドは『重度のシスコン』であり、態度にこそ出さないがいつも妹のことばかり考えていたキャラだったと未夏は思い出した。


彼との好感度を上げた時に見せる『妹自慢』のイベントにおけるキャラ崩壊っぷりは、多くのプレイヤーを爆笑させたこともまた、未夏はよく覚えている。



(そして妹のミモレは……そんなエイド様を少し疎んでいたわね。……けどエイド様狙いの時には邪魔しないキャラだから助かったけど……)



因みに、エイドの妹ミモレは、ゲーム本編では「ライバルキャラ」のポジションだ。本命がエイドだった場合は協力者になってくれるが、それ以外のキャラを『推し』にすると、ルートによっては熾烈なバトルが開始される。



彼はミモレを話題に出すと、それだけで喜ぶ。

そんなことを思いだした未夏は、冗談交じりにミモレの話題を出す。



「はい、お薬です。……一応言っておきますが、妹のミモレちゃんが可愛いからって、彼女に使ったりしちゃ、ダメですからね?」

「…………」

「ミモレちゃん、可愛いですものね。私も男だったら、薬を使いたくなっちゃうくらいですし! 後、あまり妹に構うと、エイド様も嫌われちゃいま……!?」


その時、未夏は凄まじい怒りがエイドから伝わってくるのを感じた。



(……な、なに……この殺気……)


……まさか彼女も『エイドとミモレは昨日、件の惚れ薬の力を借りて肉体関係を結んでいた』ということまでは想像できていなかったのだろう。



だが、すぐにエイドはいつものような無表情に戻ると、ぽつりとつぶやくように答える。



「……安心してほしい。そんなことに使うくらいなら、私は死を選ぶ……」


そういうとエイドは、力なくその惚れ薬を受け取った。



(なんだろう……今日のエイド様、いつもよりもずっと顔色が悪いけど……)



エイドは元々自己犠牲の考えが強いタイプで、献身的な性格だった。

そんな彼はゲーム本編でも今世でも『元気な振り』をして笑顔を向けてはいたが、今日はその素振りすら見せない。



(いつ死んでもいい……そんな感じね……)


そんな彼を心配そうに見つめていると、また薬屋のドアが開いた。

同じく4英傑である、参謀兼外交官のテルソスだ。



「あれ、テルソス様!」

「ええ、久しぶりですね。……おや、エイドもここにいたのですか?」

「そうだ。……ラジーナとの結婚のために惚れ薬を用意してたんだ」


因みにゲーム本編ではこの二人は親友だ。

もっとも、他国の半ばスパイとして輿入れするエイドと、外交官であるテルソスの関係が良くないと物語としてもおかしくなるため、当然なのだが。



「そうですか。……今回は前世と違って『スパイとして』ではないですが……戦争だけは絶対に起こさないように、ラジーナの手綱を握ってくださいね?」

「……ああ。絶対に約束する」



実直な性格であるエイドが、そんな風に根拠もなく成功を約束したことはゲーム本編ではない。

だが、彼の目は覚悟を決めた『転生者の眼』である。


未夏には理由は分からなかったが、ゲーム本編よりもはるかに強い覚悟でそれに挑むのが伝わってきた。


そうしていると、倉庫から戻ってきたウノーもにこやかにテルソスの肩を叩く。



「おお、久しぶりじゃん、テルソス! 未夏さんに何か用か?」



それを少しうっとうしがりながらも、テルソスは答える。



「ええ。未夏様。……先日お話していたラウルド共和国の件ですが……条件付きで許可します」

「え?」


ラウルド共和国の件、とは先日の留学の時に知り合ったラジーナから受けていた、客員講師として来てほしいという話だ。


「まず、一つは期間を1カ月に限定すること」

「ええ」


それは当然想定内だ。

いくら何でも、隣国に永住するなんて話を許可するわけないし、そうなったとしても未夏はウノーたちのいる聖ジャルダン国に残りたいと想っていたからだ。


「そしてもう一つは、渡航中は常にエイド様に薬を届けること」

「薬?」

「ええ。……ラジーナとの婚約後の生活に、万が一にも破綻をきたしてはなりませんので。……惚れ薬が必要であり続けるならば、場合によっては滞在期間の延長もあります」

「は、はい……」


なるほど、つまり『ラジーナとエイドの結婚生活を全力で支援しろ』ということなのだろう。


(けど……ラウルド共和国はイベントで数回訪れることがあったけど……あそこも確か『バッドエンドルート』の分岐点があったわね……気を付けないと)


そお想いながらも未夏は、了承した。

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