第2章 「剣と魔法の世界」に中世の軍隊編成はそぐわない

2-1 妹を大事にできなかった婚約者、エイド

俺の名前はエイド。

前世では『冷血の淑女』であるラジーナのもとに婿入りした貴族の次男だ。



……むろん婿入りというのは方便で、実際にはスパイとしてラウルド共和国の情報を聖ジャルダン国に流すのが目的だった。



「ねえ、お兄様? 今日はご本読んでくださらない?」

「ごめん、ミモレ。……俺は剣の修行があるから、本くらい自分で読んでくれ」



そんな俺は前世では小さいころから、剣と魔法の勉強にばかりいそしんでいた。これは、ラジーナの結婚相手としてふさわしい相手として認められるためだ。


残念ながら※闘気術の適正はなかったため、毎日毎晩剣と魔道の練習ばかりしていた。

……そのせいで、妹であるミモレにはまったく構ってやれなかったことを今でも悔やんでたまらない。


(※この世界は乙女ゲームの世界である。そのためゲームバランスの関係上、主人公のオルティーナを除き、闘気術を使えるものは魔法が使えないし、逆も然りである)



「お兄様……今度私、個展を開きますの。良かったら見に来ていただいてもよろしいですか?」

「ああ、行けたらな」



思春期に差し掛かるころには、女性のエスコートの方法やダンスパーティをはじめとした社交場での礼法なども教わるようになり、多忙を極めていた。


聖ジャルダン国とラウルド共和国の関係も戦争中ではあるが、一時的な小康状態だった。だが、両国間が大規模な合戦を再度起こすのは時間の問題だとは国民の誰もが思っていた。


……ミモレが俺に対して強く言えなかったのはそんな状況でもあったのだろう。



「あら、ごきげんよう、エイドさん。あなたが私の婚約者ですね?」

「ええ。……よろしくお願いします、ラジーナ様」



それから数年後、俺はラジーナのもとに輿入れした。

第一印象から彼女は冷たい印象を受けており、俺のことを愛してなどいないのは明らかだった。


……だが、寧ろそれは俺にとっても同じことだった。

表面上は仲のいい夫婦を演じながら、向こうもこちらも敵国の内情を探るための工作を互いに取り合っていた。



「ねえ、今度一緒に遠乗りしませんこと? あなたと一度二人っきりでお話したいと思ってましたもの」

「え? ……いや、悪いけどその日はちょっと屋敷に人が来るからさ」



俺は彼女のことを頭から信用していなかった。

きっとラジーナは二人っきりになれば、俺のことを殺すか、何かしらの弱みを掴むか、いずれにせよ何かをしでかすに決まっている。


そう思ったこともあり、彼女のことも遠ざけていた。

……だが、それが却って彼女からの不信感を抱いてしまったことは言うまでもない。


俺のスパイ工作がバレる日は、あっというまに訪れた。

ちょうど、両国間の戦争が再び始まった時だ。……恐らく俺は泳がされていたのだろう。



「あなたが聖ラウルド国とつながっていたこと。この証拠は今、ここにありますわよ!」

「ぐ……」

「結婚相手としての立場を利用し、ラウルド共和国に外患をもたらした罪! これは到底許されるものではありません!」

「はい……覚悟しております……」

「ふうん……。覚悟? 言っときますけど、あなたの死でまかなえるようなものではないこと、分かっているのかしら? 私、逆らう人間には容赦しませんの。……面白いものを見せてやりますわね?」



……そういって、ラジーナは俺の故郷に暴徒を送り込み、そして……俺の故郷を火の海にした。


俺は無我夢中で故郷に戻り、そして妹を探した。


「お、お兄様……」

「ミモレ! ミモレ……」

「よかった……お兄様……死ぬ間際にもう一度出会えて……」



ミモレは炎に包まれる屋敷の中で、そういいながら俺の手を掴んだ。

身体には無数の傷跡がついており、そしておびただしい量の血が地面に流れている。

恐らくは※暴徒に襲われたのだろう。もう手の施しようがないのは明らかだった。


(※このゲームの対象年齢上、彼女は凌辱されていない。それが彼女にとって唯一の幸いだったのかもしれない……)



「お兄様……よかった……私のこと……やっと……見てくれて……」

「ミモレ! 兄ちゃんが……俺が悪かった……」

「そうだ……ご本、読んで? ……そこに……あるから……」



ショックで記憶が退行しているのか、あるいは最期に幼少期、国の行く末なども考えず、ただ物語の世界に生きていた頃の思い出に浸りたかったのか、そんなことは俺にはどうでもよかった。



「ああ。……そこ? そこって……どこだ?」

「いつも……私が読んで、しまっていたところ……」

「どこなんだよ! そこは……」



俺は家にいる機会がなかったせいで、妹が言う『いつもの本棚』の場所が分からなかった。

俺は自分の体が焼けただれるのも気にせず、狂ったように本棚を探し回った。

だが……。



「見つけたぞ、ミモレ! 兄ちゃんがしっかり読んでやるから……な……?」


俺が戻ってきたときには、すでにミモレは息絶えていた。

その開かれた瞳孔は、まだ俺のことをじっと見つめているようにも感じられた。


「ハハ、眠そうだな。けど、ちゃんと寝付くまでしっかり読んでやるからな、ミモレ? 昔々、とても仲のいい兄と妹が住んでいました。そして……』」



そして俺はその死を受け入れることが出来ず、妹の亡骸の前で、自らも炎に包まれて死ぬまで本を読み続けていた。


……だが、あの選択は俺にとって最悪の『逃げ』だった。

もしもあそこで歯を食いしばって生き抜いていたら、妹のみならず祖国を失うことも……聖女オルティーナ様を追い詰めることもなかったはずだ。



(そうだ……俺が全部悪いんだ……俺のせいだったんだ……)


前世で俺が妹を死なせたのは、俺がラジーナに取り入ることが出来なかったからだ。

そして妹を前世で愛せなかった分、今度こそ妹のことを愛してやりたい。




そのためなら、どんなこともする。




そんな思いで俺は今世では、前世以上に剣と魔法の鍛錬を行い、そして妹を誰よりも大切にしていた。


……前世であれだけのことをした俺が、そうやって妹と幸せな時間を過ごすことに強い罪悪感を覚えながらも、俺はその、つかの間の時間が何よりも大切に思えた。


剣や魔法も、勿論女性のエスコート方法も礼法もすべてにおいて、前世よりも高い水準で行うことが出来た、そう思う。



……だが、前世でやっていなかった訓練がただ一つあった。




そして、時間は現在に至る。



「お兄様? どうされました?」


ミモレはベッドから身体を起こすと、俺の顔を心配そうに覗き込んだ。


「あ、ミモレ……ごめんな、前世のことを思い出して、ちょっとな……」

「ええ。お兄様は……前世では、私に構う暇もありませんでしたからね……」



そういうと、妹はからかうようにクスクスと笑った。

……いや、からかっているのでなく、俺が抱いた罪悪感を少しでも解消するためだったのだろう。


「ごめんな、本当に……」

「フフフ。もう『いつもの本棚』の場所は間違えませんよね?」

「ああ。……どこに何の本があるかまでも覚えているよ」

「お兄様、本当に今世では優しくしてくださったものね。……それじゃ、お兄様。続きをしましょ?」



そういうと妹は羽織っていたタオルケットを取り、俺の前に……その、よく手入れされた肌を……即ち、一糸まとわぬ裸体を見せてきた。



「先ほど教えた通りに、私の背中に指を這わせてくださいね?」

「ああ……」



……そう、前世で俺が行っていなかった訓練とは『夜伽』だ。


俺は前世では、鍛錬に忙しかったこともあり、異性経験が一度もなかった。


正直なところ、ラジーナとぎくしゃくしていたのも「愛し方」の自信が無かったため恥をかくのを嫌ったこと、そして万一失敗してラジーナを傷つけ逆鱗に触れることを恐れたこともある。




通常、こんなことは誰にも話せないような問題だ。

だが俺たち『転生者』は暗黙の了解として、前世の失敗は絶対に身内に隠してはならないというものがある。




そして、この話は使用人からすぐにミモレに伝わり……ミモレはこう宣言したのだ。



「だったら私が、お兄様に夜伽のやり方、異性の抱き方を教えてあげますわ!」



……と。

彼女のその眼、そしてその提案をしたときに周囲に並んでいた使用人たちの眼は、覚悟の決めた『転生者の眼』だった。


無論、そんなことをするならば、と自殺も考えた。

だが、彼らの目は、こうも言っているように感じた。



「死に逃げは今世でこそ、許さない」

「前世の過ちを償うため、何でもすると誓っただろう?」



と。

自分が傷つく覚悟はとうにできていたが、大事な存在を傷つける覚悟はしていなかった。

……だが、俺はその提案を了承した。



「あ……いいですよ、お兄様……そこ、とても気持ちいいです。次はこちらを……」

「ああ……」



この夜伽は三日三晩に渡って行われ、俺とミモレはその間部屋から一歩も出ずにミモレの『指導』をひたすら受け続けていた。


そして今日は最終日の夜で、正直俺も体力はもう限界をとうに超えている。

だが、この時間は無駄にしては行けない。俺は後ろから、ミモレの太ももに指を這わせながら、そっと二の腕に口づけする。



「あ……ん……」


妹のそんな喘ぎ声が甘く響く。


「ミモレ……痛くないか……?」

「全然……とても、気持ちいいですから……ん……そ、その調子で、続けてください……」



そうミモレは喘ぎながらつぶやく。

……その様子を見ながら、俺はいつの間にか泣いていた。



「……どうされたのです、お兄様……?」


はあ、はあと息を弾ませながら妹は尋ねる。

その吐息が俺にあたり、その肌のぬくもりが伝わってくる。


そうしていると、前世で命を落とした大切な妹が、今ここで生きていることを実感出来る。

それが、皮肉なほど嬉しい。



「……俺は今……お前を傷つけているだろ? それなのに、身体が……お前のことを求めて……」

「フフフ。何言っておりますの? お兄様は私を傷つけてなんかいませんわ? とても優しく扱ってくださってるじゃないですか?」



俺が言いたいのはそういう意味ではないことは、当然ミモレも分かっているのだろう。

だが、そのことを口にするわけもない。



「俺は……こんな禁忌を犯してるのに……なんでもっと、お前を抱いていたいって思うんだよ……!」

「それは……私も同じですわ?」



そういうと妹も顔を赤らめ、その美しい黒髪を振りながらこたえる。



「お兄様とは兄妹なのに……。これはただの『指導』なのに……。もっとお兄様に愛してもらいたい、夜が明けないで欲しいって……思ってますもの……」

「ミモレ……」



だが、ミモレは俺の唇にキスをした後、答える。



「けど、勘違いなさらないで? 今、お兄様と……それと今私がお兄様に抱いている感情は、先ほど飲んだ媚薬の効果ですから」

「ああ……」



当然だが、俺はミモレを『妹として』愛していた。

欲情などするわけもない。きっとミモレもそうだったに違いない。


だからミモレは、俺のために最近自国に来たという天才薬師『未夏』から強力な媚薬を貰っていた。


それを俺は勿論……ミモレも飲んでいる。



「夜が明けたら……。私とお兄様はまた兄妹に戻りましょう? ……それで……私の教えた通りに、ラジーナ様を愛してあげてください。今世でこそ……聖ラウルド共和国を……オルティーナ様を守るために」

「絶対に約束する。……ミモレ……けど、その前に一つだけ言わせてくれ……」



俺は前世では一度も言わなかった言葉。……そして今世では何度口にしたかか分からない一言を口にする。



「愛している、ミモレ」

「お兄様……。私も愛していますわ?」



そういって一瞬だけ『兄妹として』抱き合った後、夜伽を再開した。



……妹と関係を持つことは禁忌だ。

それなのに、俺はこの時間をあまりに幸せに感じてしまっていた。


その罪は重い。もう俺は幸せになる資格はないだろう。



……ミモレの覚悟に答えるため、今度の世界では、両国間の戦争は二度と起こさせない。


そのためなら、俺はいつ死んでもいい。



「今度はお兄様が、私に『恋人にするキス』をしてください。……やり方は……覚えていますね?」

「ああ……」


そう思いながら、俺はミモレのぬくもりを感じながらミモレの唇に行い、舌を絡め合った。

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