1-11 誰かを守ることに自分の存在価値を求めないで
「大丈夫、ウノー様?」
「ああ。……みんな数カ月もすれば完治するってさ」
その翌日、未夏はウノーと使用人のお見舞いに来ていた。
手土産に持って行ったのは果物。……入院客に果物を持っていく文化は日本意外ではさほどメジャーではない文化だが、この乙女ゲームの世界でもなぜか常識として行われる。
……それだけ『好きな人に、自分のために果物を切ってもらう』ことに憧れを持つ日本人が多いのだろう。
未夏はリンゴを剝きながら安堵したように答える。
「それなら安心したわ。……はい、ウノー様」
「ああ、ありがとう」
「それと……あの時は本当にありがとう、ウノー様。……借りはいつか絶対返すわね?」
「何言ってんだよ。俺が『自分のしたいこと』についてきてくれただろ、未夏さんは? それだけで、借りは帳消しだって」
ウノーはそう笑うのを見て、未夏っも自身の抱えていた罪悪感がふっと消える気がした。
彼は、自分がいつまでも罪悪感を抱えているのを好むような人じゃない。ましてや、その埋め合わせをしてもらうような真似はしないだろう。
「そうなのね……。けど、そんなに治るまで時間がかかるなんて、せっかく留学したのにもったいないわね?」
「ああ、その件か……」
そういうと、ウノーは少しバツの悪そうな顔をした。
「どうしたの? ……まさか……」
「ああ。昨日退学処分……っていうのかな? になったから、ケガが治ったら帰国することになったんだ」
「うそ……どうして?」
未夏は驚いたような表情で尋ねる。
すると二人の使用人は絶縁状と書かれた手紙を見せた。
「昨日、ウノー様のご両親から手紙が届いたのです。『暴力事件を起こし、しかも敗北するようなものは、私の息子としては認められない。家督は弟に継がせるので、お前は絶縁させてもらう』と」
「え……うそでしょ?」
だが、嘘ではないとばかりに使用人は首を振る。
「なぜ、先日の一件が学校に伝わっていたのか……そして、なぜウノー様が『負けたこと』になっていたのかは不明ですが……この話が旦那様に伝わったのです」
「なので私たちはもう、ウノー様の使用人ではありません……責任問題で当然クビになりました」
「そんな……!」
それを聴いた未夏は、思わず絶縁状をひったくって立ち上がる。
「許せない! ウノー様は負けたわけじゃないし、そもそも暴力だってふるってない! それなのに一方的に絶縁するなんてあんまりよ!」
「お、おい、どこ行くつもりだ!?」
「決まってるでしょ? ウノー様の両親のところよ! 絶対にあなたの絶縁を取りやめにさせるから!」
「よせ! これでいいんだ! ……いて!」
「ウノー様!?」
ウノーはとっさに折れたほうの腕で未夏の服の裾を掴んでしまった。
それによって苦痛に彼の顔がゆがむ。
「なんでよ? ウノー様は悔しくないの?」
「そんなことはどうでもいい! それより、絶縁の話は俺から頼んだんだよ!」
「ど、どうして?」
「……たとえ相手が自分自身だとしても、暴力をふるった俺が許せなかったからな……」
そうウノーはいうが、手は右耳のイヤリングに付けていない。
……つまり、これは嘘だということだ。
(そう、か……)
そう考えて、未夏は彼の本心が分かった。
暴力というのは、どんな形にせよ相手からの報復を産む。
今回暴力をふるったのは相手に対してではないが、それでもチンピラどもからすれば『あいつのせいで依頼は失敗した』と、勝手な逆恨みをする可能性もある。
そこで、あえて相手よりも大きな罰を受けることによって、加害者側から恨みを買うリスクを軽減する……つまり、未夏を庇うためだったということだと。
……そしてもう一つの理由は『優秀な義弟』のためだろう。
自身がこの『暴力事件を起こした』という名目があれば、自身より優秀な弟に家督を譲り、この国を盛り立てることが出来る。
そこで、なぜか学内に広まった『暴力事件をウノーは起こし、なおかつ敗北し入院した』という不名誉な噂を利用することにしたのだと。
(私が親なら絶対に認めないけど……。ウノー様の両親も転生者だものね……)
そう思い、未夏は思わず押し黙る。
それを見たウノーは申し訳なさそうに答える。
「だから、ごめんな未夏さん。家督も失った俺はもう……未夏さんやオルティーナを守れないみたいだからさ……」
その言葉を聴いて、未夏は怒りの感情のままに胸倉を掴みあげる。
「前から気になっていたんだけどさ……その『守る』ことにこだわるのやめてよ!」
「え?」
「あなたがどんな過去を生きてきたかは、私はあなた以上に知ってる。……けど、あなたのその『守る』っていうのって、自分の価値を誰かに認めてもらいたいってだけでしょ?」
「…………」
何も言わずに、彼は右耳のイヤリングに触れる。
つまり肯定ということだろう。
「あなたのその『守る』って、利己的な自己満足よ? 自尊心の源泉を他人に求めないで?」
「み、未夏様……なんてことを……」
それをいうと二人の使用人が、こちらに非難の目を向けてきた。
だが、未夏はそこまで言った後に、ウノーをそっと抱きしめた。
「……誰かを守ろうとしなくても……。そんなことしなくても、私はあなたが傍にいると嬉しいし、あなたと会えたことは私にとって幸せだったもの」
「……え?」
誰かにこうやって抱きしめられた経験は今までなかったのだろう。
ウノーは困惑とともに恥ずかしそうにした。
「もう誰かを守ることで自分の価値を確かめようとしなくていいから。……あなたは、今のあなたのままで私は好きだから……」
未夏は、ゲーム本編における彼の前世を思い出していた。
彼は両親に期待こそかけられていたが、褒められるのは剣や魔法でいい成績を残した時だけだった。
つまり基本的に孤独だったことが、常に人に本心を見せない性格になっていたことを知っている。そのため、未夏は彼に会ったらそう言いたいとと思っていた。
「未夏さん……ありがとうな……」
そういいながら、ウノーは未夏のことを抱き返す。
今世では非力な彼らしく、あまり痛みは感じることはなかった。
そんなウノーに、未夏は提案する。
「ねえ、ウノー様? 絶縁されたんならさ、私のお店で働かない? 店長にも口を聴いてあげるから……」
「え、いいのか?」
「勿論よ。ウノー様は交渉が上手いから、来てくれたら、お店も繁盛しそうだし! ……それに、言ったでしょ? 私はあなたと一緒にいたいって!」
そういわれると、ウノーは少し意外そうな表情を見せた。
「……交渉が上手い、か。……戦うことばかり考えてたから、そんなこと考えたことも無かったよ……」
そうしばらく抱き合っていると、急にドアがバタン、と開いた。
「あれ、未夏ちゃんじゃない! ……何やってるの?」
「え? あ、これは、その……」
「へ~……もしかして二人って付き合ってんの?」
その表情はどこか品定めをするような目つきだった。
だが、未夏は首を振る。
「いえ。……ウノー様に先日助けていただいたお礼を言っていただけで……」
「先日って、例の暴力事件? そういえば未夏ちゃんも一緒にいたって言ってたよね? ふ~ん……ウノー、あんたデートでもしてたの?」
「そ、そういうわけじゃねえよ! ただ……未夏さんの講義が終わったお祝いをしただけだって……」
「そうですよ。我々使用人たちも世話になったので! だから別に深い意味はありません!」
そう隣にいた使用人も講義したが、オルティーナはあまり納得していない様子だった。
「ま、いいわ。ところでさ、ウノー。あんた実家から絶縁されたんだってね? いつかはされると思ってたけど、かわいそうにね」
「あはは……オルティーナに同情してもらえるなんてうれしいけどな」
彼女の『かわいそうに』は同情ではなくどこか嘲笑のような意味合いがこめられていることを未夏は感じ取った。
それは周囲の使用人たちも同様のようだった。……なぜかウノーはそれに気づいていないようだったが。
そしてオルティーナはポン、とウノーの手に触れて尋ねる。
「それでさ……もしよかったら、あたしの屋敷でこれから働かない? 勿論、そこの使用人たちも一緒に雇ったげる!」
「え?」
「やっぱさ。あんたも大事な幼馴染だから。特別に執事待遇で優遇したげるからさ?」
そうニコニコと笑うオルティーナ。
一見すると幼馴染に助け船を出しているような提案だが、どうも未夏は気に入らずにこう答える。
「ちょっと待ってください、オルティーナ様。実は彼には、私のいる薬屋で働くと話をしていたのですが……」
「ふ~ん。けど、給料だってあたしのほうがたくさん出してあげるよ? ね、二人もそのほうがいいよね? 二人も説得してよ!」
まずは外堀から埋めたほうがいいと思ったのだろう、そう二人の使用人に尋ねた。
……だが。
「オルティーナ様。私たちはもうウノー様の使用人ではありません。今は失業者です」
「でしょでしょ? だからさ、これからは……」
「ですが、ウノー様は、今でも我々にとって大切な方です。……なので、我々のほうからウノー様の選択肢を狭めることはいたしません」
「……え?」
その眼はまっすぐと、迷いのない光がともっている。
……転生者特有の、覚悟を決めた目だ。
「ウノー様。……先ほどの未夏様のいったことを思い出してください。私たちを『守るため』にオルティーナ様とご一緒する必要はありません」
「どうか、ウノー様のなさりたいようになさってください。我々はそれに従う……いえ、親友のウノー様とともに歩みます」
「お前たち……」
すでに使用人ではないため、『ともに歩む』という言い回しをしたのだろう。
そういわれたウノーは少し悩んだ後、
「ごめん、オルティーナ。……やっぱり、俺は未夏さんと薬屋で働くよ」
そう答えた。
この返答は意外だったのだろう、オルティーナは驚いたようにウノーに尋ねる。
「ど、どうしてよ?」
「俺はさ。……未夏さんのこと、尊敬してんだ。……だから俺は、未夏さんからいろんなことを教わりたい。それに……」
「それに?」
「薬屋で新しいことを学ぶってのも面白そうだろ? ここで色々勉強したらさ、オルティーナの力にもなれるだろうしさ!」
「む……けど、薬屋の仕事はあちこち行くでしょ? 危険じゃないの? 私のお屋敷に居たら、ずっと安全でいられるよ?」
「その時は『俺の番』が来たってだけだろ? それに最近は少しずつ剣の腕も身についてきたからさ、だからやってみたいんだよ」
そうはっきりというウノーの目は、先ほどの使用人と同じだ。
そして『覚悟ガンギマリの転生者』を説得することは絶対に不可能なことは、オルティーナも理解はしているのだろう。
「ふ、ふん! いっとくけど、後悔しても遅いからね! また悪い女にボコボコにされても知らないから! じゃあね!」
そういうと、乱暴にドアを閉めてオルティーナは去っていった。
「クソが……」
そう心の中で未夏は柄にもない強い口調でつぶやいた。
少なくとも構内で広まっていた噂では『喧嘩した相手のリーダーは女だった』なんてことは誰も口にしていなかった。
そのことを知っているということは、つまりオルティーナが下手人ということになる。
だが、今この場で彼女の罪をあげつらっても仕方がない。
「オルティーナには悪いことしたな……。けど、これからよろしくな、未夏さん!」
「ええ」
そう思った未夏は、屈託ない笑顔で手を伸ばすウノーの手を握り返した。
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