1-10 択一イベントでの「第三の選択肢」は誰もが夢想する
「お疲れ様、未夏さん!」
それから半月が経過し、最後の講義は終了した。
幸いなことに講義に関してはラジーナの助けもあって無事成功した。
そのお祝いということもあり、未夏はウノーから食事に誘ってもらっていた。
「どうだった、このレストランは?」
「ええ、美味しかったわ。合鴨肉の燻製もおいしかったけど、一番良かったのはオードブルに出た、鮭のカルパッチョね」
「だよな! 後、サラダにかかってたフレンチドレッシングも良かったよな!」
カルパッチョの由来は人名だったはずだ。
もひとつおまけに魚を用いたカルパッチョは本来日本発祥のはずであり、中世ファンタジーの世界観には、まるで似つかわしくない。
まして『フレンチ』ドレッシングが出るのは、猶更変だ。
……だが、これらはすべてゲーム本編にも出ていた。恐らく本作のシナリオライターは開き直っていたのだろうと、もうそのあたりのことは未夏は気にしないことにした。
「それにしても、こんな高いお店でご馳走になって良かったの?」
「え? だって未夏さんには本当に色々世話になったし、それにうちの連中もお祝いしたいってうるさかったくらいだったからさ。な!」
そういって彼は、同行していた二人の使用人に声をかけると、彼女たちも笑って答える。
「ええ、私どもも未夏様にはお世話になっておりましたから」
「ええ。風邪を引いたときに、あの咳止めはとても役に立ちましたので。先に帰ってしまわれるのが惜しいくらいです……」
彼らもまた未夏が滞在している間、あるものは風邪に、あるものは腹痛に見舞われることによって、未夏に薬を処方してもらうことがあった。
そんな彼らもまた、未夏には感謝の言葉を述べていた。
「私は来週にここを発つけど……ウノー様も気を付けてね」
「ああ。……バッチリ経験をものにしてみせるよ。未夏さんにも、成長した姿を見せてやりたいからさ!」
そうウノーが笑った。
その笑顔は未夏にとっても、まぶしく見えるように感じた。
……だが同時に、彼の顔が赤くなっていないことに未夏は気づく。
(……ウノー様は私のこと、尊敬してくれてるみたいだけど……。異性として私のことを好きなわけじゃないのよね……)
そもそも、もし彼が本気で自身に異性としての好意を持っていたら、きっと使用人を誘わず二人っきりで食事をしようと思っていただろう。
そのことに多少不満のような気持ちを抱きながらも、帰り道を歩いていた。
……そして、暗い裏通りについたとき、事件は起きた。
「……あんた、未夏っていうんだろ?」
突然怪しい覆面をした数名の男女が現れた。
「誰なの!?」
「……さあね……」
みな、手にナイフやハンマーのようなものを持って、ニヤニヤ笑っている。
……明らかにお友達になれなそうなタイプだと思った未夏は、来た道を引き返そうとする。
だが。
「に、逃げないと……」
「はい、残念! 悪いけど、こっちも行き止まりだ」
そちらからも数人の男女が現れ、未夏たちの逃げ場を塞ぐ。
使用人たちも彼らの様子に警戒し、未夏とウノーを守るように前後に立った。
「実はさ。ラジーナ様があんたの身柄を欲しがってるんだよな。……だから、俺たちについてきてくれねえか?」
「もし、嫌だと言ったら……ちょっと痛い目に遭ってもらうよ?」
そういうと、リーダー格の女はナイフを見せてニヤニヤと笑みを浮かべてきた。
(……変ね……)
だが、あまりにあっさりと雇い主の名前を口にする彼らの様子を見て未夏はおかしいと思った。
こんな手荒な方法で身柄を拘束しようというのだ。しかもこちらは複数。
誰か一人でも取り逃した場合、ラジーナは悪人として裁かれることは自明だ。
もし自分が同じことをするなら。身柄の確保に成功するまでは絶対に雇い主の名を口にしたりはしない。
(……つまり、あいつらの雇い主はラジーナじゃない……恐らく、罪をラジーナになすりつけようとしている、と考えるべきね)
そう冷静に考えると同時に、未夏はにやりと笑った。
「悪いけど、あんたたちのいうことはきけないわ」
「へえ? ……たった3人で何ができるってんだい? こっちは10人もいるんだよ?」
「しかもウノー。あんた、めちゃくちゃ弱いんだってな? 護衛もたった二人なんて、不用心すぎるんじゃないか?」
そう男が剣を肩に乗せて笑う。
確かに、ウノーが弱いのは事実だ。この半月でレベルも少しずつ伸びてはいるが、まだ彼の実力は、『ようやくゲーム開始時の初期レベルに並んだ』程度のものでしかない。
(けど……あんたらは、返り討ちよ……地獄の苦しみを味わうといいわよ!)
だが、おつきの護衛たちが訓練中に見せた技を未夏は覚えている。
恐らくこの2人の力量は、ラウルド共和国の近衛兵にも匹敵する。……恐らく、ここの二人と戦ったら勝負にもならないだろう。
そのため、未夏は心のどこかで安堵していた。
「さあ、どうすんだ? 素直に一緒に来るか、それとも俺たちに殴られてから来るか? 好きなほうを選びな!」
「え!?」
だが、その男の発言で、未夏は自身の見通しが甘いことに気が付いた。
(待って……確かこの展開……択一イベントじゃない!)
彼とまったく同じことを言って、選択を迫られるイベントは本編にも存在する。
イベント本編では、テルソスとウノーが二人でレストランから帰るときに発生するものだった。
だが問題なのは、このイベントが発生したが最後『どちらか一人が必ず命を落とす』という理不尽な展開ということだ。
(本編での選択肢と結果は確か……)
未夏もこのイベントの理不尽さはよく覚えている。
ここで出来る選択肢は、この場で逃げ出すか、彼らを倒して撃退するかだ。
だが、もし逃げ出した場合、逃げた先で事故に遭い、テルソスが命を落とす。
もしも戦って撃退した場合、のちに逆上した相手の恨みを買い、ウノーが命を落とす。
「くそ……俺が、未夏さんを守らないと……」
ウノーは彼らを見て、腰の剣を抜こうとした。
それを見て使用人たちもこくりとうなづく。
だが、彼の手は震えており、本意ではないことは明らかだった。
(……ウノー様は、戦うのが怖いんじゃない……暴力で我を通すことで、自分の信念を貫けないのが辛いのね……)
もしもここで戦ったら、ウノーはのちに命を落とすが、未夏の命は助かる。
そして彼が自身を連れて逃げた場合……未夏は命を落とすことになるのだろう。
だからこのままウノーに戦ってもらうほうが、未夏にとってはメリットは大きい。
……だが、未夏は覚悟を決めた。
「いいよ、ウノー様。私のこと、守らなくて」
「え?」
「……ウノー様がしたいこと、あるんでしょ? 私はあなたが選ぶ道にとことん付き合う。……私がどうなっても、ウノー様を恨まない。……現実世界の人間を舐めないで?」
最後の「現実世界」という言葉は理解していなかったようだがウノーはその言葉を聞いて、大きくうなづいた。
「ありがとう……。未夏さん……あんた、本当に最高だよ」
そういうと、ウノーは一歩前に出る。
「なあ、あんたたち」
そしてよく通る声で、そう一堂に対して叫ぶ。
「なあに、命乞い?」
「違う。……あんたらさ。俺のことを好きなようにして構わないからさ。……ここは見逃してくれないか?」
「はあ? そんなわけには……」
「分かった。俺たちが抵抗するのが怖いんだろ? ……なら、こうしてやるからよ!」
そういうと、思いっきり彼は自身の腕を壁にある金属の柵にたたきつける。
ガアアアアアン! と凄まじい音が周囲に響いた。
「うわあ!」
「ひ、何やってんの、こいつ!」
その音が響いた後、ウノーの腕はありえない方向に曲がっていた。
さらにその腕からは本来見えてはいけないもの……即ち彼の手の骨が覗いていた。
「どうだ、これで抵抗できないぜ?」
「や、やばいよ、こいつ……」
その常軌を逸した行動に、チンピラたちはひるむ。
「ああ、俺だけじゃ心配なんだな? みんなも頼む」
「はい」
そういうと、男の使用人……彼は、ウノーの剣の指導者でもある……は、手を前に出して、自らの指先をつまみ、
「私も抵抗しません」
そう言うとともに、関節と逆方向に曲げた。
ボキリ、とあまりに嫌な音が響き、指の骨が折れた。
男は悲鳴一つ上げず、ゆっくりと、ボキリ、ボキリと指の骨を折っていく。
「勿論私も同様です」
今度は女の使用人は魔力をため、自らに対して炎魔法を打ち込む。
ごおおおおお……という音とともに全身が包まれ、彼女の身体が焼けるにおいがする。
「これで私も無抵抗だとわかったでしょう」
全身にやけどが残る肉体、そしてその上半身は服が燃えて胸がはだけていた。
その姿を見て、男がごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
この使用人はモブキャラではあるが、彼女もまた秀麗な容姿をしていることは地味に有名であった。
そんな彼女が無表情で、そのあらわになった大きな胸を隠そうともせずに答える。
「私を犯す? ご自由に」
それに呼応するように、ウノーと男の使用人も無表情で答える。
「俺を殴る? 好きなだけ」
「私を殺す? 望むなら」
そういって淡々と歩み寄ってくる3人を見て、
「く……こいつら……狂ってやがる!」
「お、おい……お前、あの女襲えよ?」
「はあ? バカ言うなよ! あんなの相手にしたら後でどうなるか……!」
「くそ……どうせ報酬も安いんだ! 逃げるよ!」
そうリーダーの女が叫ぶと、その彼らは脱兎のように去っていった。
「はあ……行ってくれたか……」
そういうと、ウノーは放心したようにへたり込んだ。
「ウノー様……それにみなさんも!? 大丈夫!?」
未夏はそう叫ぶと、大けがをしているウノーたちに近づいた。
……酷い骨折とやけどだが、恐らくは命に別状はなさそうだった。
「どうして、こんな無茶をするのよ!」
「……俺は……殴られる痛みは知ってる……あれは……絶対に……恨みを買うからな……」
興奮状態から覚めて、凄まじい痛みが彼を襲っているのだろう。
そんな風に呻くようにつぶやいていた。
「だから、あの場であいつらをぶちのめしても……きっと復讐される……かといって逃げても……連中を調子づかせるだけだ。……だから、これしか選択肢はなかったんだ……」
その彼の発言に、二人の使用人も苦悶の表情をしながらもうなづいた。
(信じられない……こんな選択肢、ゲームにはなかったもの……!)
ゲーム本編では、当然だがこんなイカレた選択肢など存在するはずもなかった。
それゆえに『逃げるのに失敗して片方が死ぬか、恨みを買ってもう片方が死ぬか』の選択肢しかなかったのだ。
……だが、この第三の選択肢を選択した彼らに対して、畏怖の思いすら抱いていた。
「と、とにかく……病院に行かなきゃ!」
そういうと未夏は大急ぎで病院に走っていった。
一方、ウノーたちを襲おうとした者たちは、路地裏で雇い主と思しき相手に頭を下げていた。
「す、すみません……失敗しました!」
「へえ。……じゃあ、どうして失敗したか理由を教えて?」
「は、はい……」
その雇い主と思しき声は覆面で隠してはいるが……オルティーナのものだ。
「実はあのウノーとかいうやつ……実力を隠していたんです! 学校内で見せていた姿は演技だったんですよ!」
「そうそう! だから、私たちもあっさり気絶させられて……! 気づいたら誰もいなかったんですよ!」
「なんですって!?」
彼らは、そうやって嘘をついた。
まさか『常軌を逸した行動をする彼らに、気圧されて逃げてしまった』なんて言えるはずもなかったためだ。
それを聞いて、その覆面の女はつぶやく。
「失敗したならもういい。今日のことは一切忘れること。いい?」
「あ、は、はい!」
そしてそのチンピラたちはまたしても脱兎のように逃げていった。
彼らの姿が見えなくなった後、覆面を取る。
……オルティーナは、その整った顔をゆがませながらつぶやく。
「どうして……ウノーは嘘をついて、私を騙していたの……? きっと……私のことを笑っていたのよね!」
彼女の中で、ウノーは『自分よりも下の人間』だと信じて疑わなかった。
彼らの話を鵜呑みにした彼女は裏切られたような気持ちになったのだろう。歯ぎしりをするようにしながら、壁に握りこぶしをたたきつけた。
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