1-9 「美化された戦争」しか知らない聖女

それから2カ月が経過した。

未夏は、その日の講義は午後からということもあり、午前中のうちにウノーの住む別宅に来ていた。



「はあ! 二連切り!」

「お上手です、ウノー様! ついに身に着けましたね!」



そこではウノーが朝から使用人……恐らく護衛も兼ねているのだろう……と剣の練習を行っていた。



(あれは二連切り……確か本編では、ウノー様は最初から覚えていた技よね……)



そう思いながら見ていると、ウノーがこちらに挨拶をしてきた。


「おはよう、未夏さん!」

「ええ。今日も朝から練習してるのね?」

「ああ! 最近剣の調子が良くてさ! ……見てくれよ、これ!」


そういうと、ウノーは使用人に対して先ほどの『二連切り』を披露した。

ちなみに使用人の持っている装備は相当レベルが高くないと扱えないものだ。恐らく彼らもまた転生者として、前世以上に努力を重ねていたことが伺える。



「どうだ、昨日やっとできるようになったんだよ!」

「ええ。ルノー様の才能の芽生えを感じて、本当に……私も嬉しく思います……」



そう使用人は涙ぐむようにつぶやいた。その様子を見るに、相当長い間彼に剣技を教えていたことが伺えた。

そして、ウノーは少し自嘲するようにつぶやく。



「まあさ、この程度の剣技なんて誰でも出来るから、威張れることじゃないよな。……けどさ、ずっと出来なかった剣技習得が初めてできたこと、未夏さんには伝えたいと思ったんだ」

「うん。……ウノー様、本当に頑張っていたんだね」



確かに『連続切り』はウノーの初期技であり、聖女オルティーナも簡単に会得できる技である。


……だが、周囲は前世以上に実力を付けている中、自分だけは一向に強くなれない。そんな中でひたむきに鍛錬を続けていたことを思い、未夏は胸が少し熱くなる思いを感じた。


そして改めて、自身が『経験の代行証』を壊した選択が正しかったことを思い、笑みを浮かべる。



「きっと、ウノー様の才能が芽生え始めた証拠よ。……きっとあなたは、これからもっと強くなれるわ?」

「そうかな? ……へへ、そうしたらオルティーナと……それと未夏さんを守れる立場になれるかな……」

「フフフ、楽しみにしているわね」



相変わらず彼は『誰かを守る』という言葉を好んで使いたがるが、正直未夏はそのことにあまり関心は無く、ウノーの努力が報われることを嬉しく思っていた。


そして未夏は薬を差し出す。

だが、先月の一件から、処方する薬の量は少しずつ減っていっていた。



「はい、ウノー様。……お薬、前より減っているけど平気?」

「ああ! ……こないださ、未夏さんに話聞いてもらえただろ? ……それでさ、少し気持ちが楽になったんだよ。……変かもしれないけどさ、劣等感を持つ自分や、薬に頼らないといけない自分が『いてもいい』って想えてさ」


「ええ。あなたは今のままでも素敵だと思ってるわ? だからさ、無理して強くなろうと……誰かを守らないと、って気負わなくていいわよ? けど、あなたが強くなりたいなら私は応援するから」


その発言に、未夏はにっこりと笑ってうなづく。

また、彼の努力が報われて自信を付けていけば、この薬の量も減っていくだろうとも思った。


「へへ、ありがとうな、未夏さん」


そういうと、隣にいた使用人もフフフ、と笑みを浮かべる。


「ええ、未夏様。あなたのおかげでウノー様も以前より屋敷では明るくなりましてね。未夏様の話ばかりしているんですよね。まるで尊敬する親友のように思っているのでしょうね」

「へえ、ウノー様が?」

「お、おい! そのことは話すなっていっただろ!」



そういいながら、三人は笑いあった。






そしてその日の午後。


「これで、本日の講義を終了します。ご清聴ありがとうございました」


そういうと周囲は拍手に包まれた。

講義が終了した後、壇上から降りた未夏は、本編で『悪役令嬢』と称されたラジーナに声をかける。



「ラジーナ様。本日もフォローいただきありがとうございました」

「お安い御用ですわ。あんな馬鹿どもにあなたの講義の時間を減らされるのはもったいないですから」


そう言いながらラジーナは笑う。


「それにしても……重症による意識不明者への応急処置を一瞬で行える、その『復活の光』は……すごい発明ですわね?」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ。これがあれば……野戦病院で気付けを行う人員を治療に回せますもの」


因みに、この日の講義内容は『復活の光』という戦闘不能から回復するアイテムについての講義だ。


このゲームは戦闘不能から回復する術が中盤まで手に入らない。そのため、このアイテムが合成可能になってから一気に攻略が楽になったのを未夏は思い出した。


「ええ、そういってくださればなによりです」

「ところで、契約では次の講義が最後になるのですよね?」

「え? あ、はい」


未夏が行う講義は10回の契約であった。そのため、次の講義が最後になり、帰国する予定となっている。

そのことを思いながら未夏はうなづくと、ラジーナは未夏に尋ねる。


「未夏の講義は素晴らしいものでしたわ。……そこで未夏様が良ければ……今度ラウルド共和国でも講義していただけますか?」

「ラウルド共和国で、ですか……」

「ええ。勿論報酬の方もたっぷりと保証させていただきますわよ?」


そう言いながらラジーナは未夏の手をぎゅっと掴んだ。

彼女は講義の時にも人一倍の熱意を持って受講していた。加えて、この手を掴む強さからも、なにか異様なほどに強い怒りを感じた。


それに疑問を持ち、未夏は尋ねる。


「ラジーナ様は……なんでそんなに一生懸命なのですか?」

「え?」

「正直、ラジーナ様が自ら薬学の講義を受けに来る必要はないはずです。……そうまでして、知識や技術を貪欲に取り込もうとする理由は何でしょう?」


そういうと、ラジーナはぽつりとつぶやく。





「……復讐するため、ですわ……」





「復讐?」

「ええ。……お父様とお母さまを奪ったものに……復讐を成し遂げるために何でもすると、誓ったのですから……そのためなら、どんな悪役令嬢にでも何でもなりますわ?」



それを聞いて未夏は違和感を覚えた。

ゲーム本編でも今世の記録でも、ラジーナの両親は未夏の住む『聖ジャルダン国』との戦争の中で命を落としている。


だが、ラジーナの両親も戦場では名をはせた程の実力者だった上、その近衛兵たちもまた転生者に負けないほどの実力者であり、ゲーム本編では本当に手を焼いた。


……さしもの転生者であっても、あの近衛兵を前に一方的に勝利することは出来なかったのだろう。今世で彼女の両親を殺した将軍は、その戦場で死んだと資料に書かれている。




(だから、ラジーナ様のいう『復讐』は……。『聖ジャルダン国全体』に対象を広げているってこと? ううん、もしそうならこの話を私には打ち明けるわけないわね……)



そんな風に疑問に感じていると、突然横から声が聞こえてきた。



「ラウルド共和国に行くのはダメ!」

「お、オルティーナ様!」


聖女オルティーナだ。

彼女は講義にはたまにしか来ないし、来ても居眠りしてばかりだったのを未夏はよく覚えている。



「あのさ、未夏ちゃん? 分かってると思うけどね、ラウルド共和国と私たちの国は敵同士なの! 敵に有利になることはしちゃダメでしょ?」

「あら、今は停戦中じゃない」

「だからなに? どうせまた、私の国に攻め込むつもりなの、見え見えなの!」



オルティーナは聖ジャルダン国のことを『私の国』と表現することがある。

その言い方にはあまり未夏はいい印象を持っていなかった。

オルティーナに対して未夏は落ち着いた口調で反論する。



「ですが、オルティーナ様。……敵国の敵兵士といえども命は同じです。そこに序列を付けるべきではないと思います」

「はあ? そんな甘いこと言って、自国の大切な人が殺されたらどうするの?」



なるほど、確かに正論だとも未夏は思った。


だが、そもそも未夏はこの世界の出身ではないので自国への帰属意識が低い。そのこともあり、未夏のように『自国の兵士の命>敵国の兵士の命』という考えはあまり納得できなかった。


その発言を聞いて、落ち着いた口調でラジーナは答える。


「では、こうしましょう。……未夏が教えてくれた医療技術は……あなたの国の捕虜に対しても適用しますわ?」

「ホリョ? それって……なに?」


その言葉を聞いて、未夏は一瞬呆れるような気持ちになったが、すぐに思い直した。


このゲームの本編では戦争の『闇の部分』は徹底的に排除されていた。

たとえば捕虜の交換や物資の現地調達……即ち略奪行為などについては、本編中では一言も触れられていなかった。


これは攻略対象である4英傑へのヘイトを溜めないためでもあったのだろう。


実際未夏自身も、この世界に転移するまではこのゲームでの戦争を『華やかな4英傑たちが活躍する、熱くてかっこいい物語』と思っていた。



(きっとこの子は……戦場で起きる破傷風や水不足による渇きの苦しみ……殺された側の苦しみどころか『殺した側』が抱える精神疾患の辛さも知らないのよね……まあ、転生者に囲まれてたら無理ないけど……)


まして、この世界での味方兵はみな転生者で『覚悟ガンギマリ』の狂人ばかりだ。そのため、戦争における負の部分は現実世界以上にオルティーナには伝わっていないことは容易に伝わった。


「オルティーナ様、捕虜というのは簡単に言えば戦場で捕まった兵士のことで……」


そう思った未夏は、戦争における捕虜の処遇や境遇について簡単に説明した。

だがオルティーナは納得しないように答える。


「そ、そうだったの……けど、それなら捕虜を私の国に返せばいいじゃない!」

「あら、大事な『交渉の手駒』を手放すわけがあるわけないでしょ? そんなことも分からないのかしら?」

「む……。と、とにかく! 大事な私の国の技術を渡すわけにはいかないから! 捕まったのは、弱い兵士たちの自己責任でしょ?」

「……弱い? ……自己責任? ……それが聖女のいうこと!?」


その発言に、一瞬凄まじい怒りをラジーナが持つのを感じた未夏は、二人の間に入って取りなすような口調で答えた。



「あの……私がラウルド共和国に行くかは、一度テルソス様に相談する必要があるので……。その話はいずれ追ってさせていただきますね……」



因みに攻略対象でもある4英傑のテルソスはこの国の外交官も務めている。

さすがに停戦中とはいえ、敵国に行くのは彼の許可が必要だ。



「そうだね……。けど、未夏ちゃん。あんたは薬屋でコツコツ働いているほうがいいと思う。こういう学会に出るのは似合わないから」



ああ、これが本音かと思い、改めて未夏はオルティーナに失望した。

要するにオルティーナは、彼女よりも自分のことがちやほやされるのが許せないのだろう。


だからこそ、彼女自身が持たない原作知識を披露して周りに賞賛されるのが気に入らず、こうやって理由を付けて自国にしばりつけようとしているのだ。


「ええ。……それでは、いい返事を期待しておりますわね」


どうやらラジーナも同じことを思ったのだろう。

オルティーナの方には目をくれずに、彼女は未夏にだけ挨拶をして去っていった。

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