1-3 クラスでちやほやされるのは、若者の永遠の憧れ

聖女オルティーナと辺境伯の息子ウノーが留学してから、数カ月が経過した。


「竜族ビクトリアの死と停戦条約、か……」



この世界では、魔法という概念があることもあり、個人間の能力差が大きい。

そのこともあり、一人の武将の死によって戦況が大きく変化する。


あれだけ戦況が悪化していた状況だったにも関わらず、ラウルド共和国はビクトリアの死によって急に戦争に及び腰になり、停戦条約を結ぶことに成功したのだ。

……もっとも、あれだけイカレた兵士たちの行動を見れば当然でもあるのだろうが。



停戦が結ばれたこともあり、未夏の国でも王族や貴族など特権階級以外の人たちであっても、海外への渡航が許可されるようになった。



「とはいえ、まさか私もお呼ばれするなんてなあ……」



未夏は馬車に揺られながらそんな風に思って窓を眺めていた。

彼女はこのゲームをやりつくしていたこともあり、本編で出てくるすべての薬を作ることが出来る。


そんな彼女の評判を聞きつけた隣国……勿論、聖女オルティーナが留学した先と同じだが……に呼ばれることとなった。


無論彼女は、生徒としてではなく客員講師としてだが。

薬屋の店主からも『前世ではオルティーナ様は学園で孤立しがちだったから、助けてやってほしい』と言われたため、未夏はその呼びかけに応じることにした。



……まあ、未夏は生徒を受け持つわけではないので出来ることは限られているが。



「行く先の国は……確か『ナーリ共和国』か……まさか、この国が登場するなんてね」


この「ナーリ共和国」とは、はるか昔にこの国を統一した為政者の名前から取られた国であり、ゲーム本編中では名前しか登場しない国だ。



(原作知識が少しは役に立つといいんだけどな……)


転生者達の働きもあり、この世界の歴史はすでに本編とかなり乖離している。

だが特定のイベントについては似たような条件が重なると、場所や時系列が多少ずれていても発生することは分かっていた。



例えばビクトリアを倒した後に、聖女オルティーナがフォスター将軍に抱き着くシーン。

あれは本当は『ビクトリアを仲間にしたルート』でのみ見ることが出来るイベントだった。



(原作で似たような場面……確か魔法学校ね……のイベントは確か……)


そう彼女は思いながら、『魔法学校』のイベントを思い出すと、ある重大な事実に気が付く。



(そうだ……あの場面では、確か択一イベントがある! ……あそこで、ウノー様とテルソス様のどちらかの死亡ルートが決まるのよね……」)



ちなみに、未夏の持つ乙女ゲームは鬱ゲーよりであり『全員生存エンド』は存在しない。

たとえグッドエンドだとしても、誰かは必ず命を落とす物語になっている。


……だが、未夏は原作知識を持っており『こうすれば良かったIFルート』の同人誌も山ほど読み込んできている。

また、本作の国民たちはみな『転生者』なので、同じ轍は踏まないはずだ。



(けど……今は転生者がたくさんいるし、私には原作知識がある……! 絶対に、みんな死なせたりしない……!)


未夏はそう胸に手を当てて、心に誓った。




「ここが、ナーリ共和国の学校か……」



未夏はそう思いながら学内をゆっくりと歩いていた。

すでに学長への挨拶は済ませている。


学長の話によると「講義は来週から始めるので、良かったら今日は学内を見学してほしい」と言われている。


無論これは、単なる親切心だけではなく、自国の学力水準の高さを誇示するという目的もあるのだろう。


そう思いながらも未夏は学内を散策した。



(ふうん……。魔法のレベルはまあまあね……)


見たところ、魔法も学問も、平均的なレベルはゲーム本編で聖女オルティーナたちが通っていた学校よりは一回りレベルが高い。


恐らくこの大陸では随一の水準だろう。

……あくまでも、ゲーム本編のレベルなら、だが。



(けど、まさか私の国では『その辺の村のおっさん』ですら、このレベルは軽くこなせるってこと、彼らは知らないわよね……)



そう、転生者ばかりである未夏の国では、この程度のレベルはとっくの昔に卒業している。

その様子を見て、どうやら『転生者』は未夏の国の国民だけだと分かった。



(そういえば私も、元々はラウルド共和国に転移したんだっけ……)


冷静に考えれば自身も『転移後にバッドエンドを迎えて人生2週目』であってもおかしくない。にもかかわらず『自身に前世の記憶がない』ということも、この仮説を裏付けることになった。



(ん? ……騒がしいわね……)


そんな風に思いながら学校を見ていると、どうやら近くの剣技の練習場から騒がしい声が聞こえてきた。


それを見て、未夏は練習場に向かった。



(あれは……オルティーナ?)


未夏が練習場に駆けつけると、そこでは聖女オルティーナが屈強な男兵士と戦っていた。

その男兵士の動きはよく鍛錬されたものであり、動きに無駄がない。恐らくは生徒ではなく講師なのだろう。


だが、その兵士の剣を聖女オルティーナは軽々といなす。

そして、


「はあ! 轟炎弾!」

「うわ! ……参った……」



どごおん……とすさまじい音がして、屈強な男が倒れる。

その様子を見て、聖女オルティーナに対して賞賛の声をあげる。



「す、すごい……オルティーナ様、さすがです!」

「いやあ、こんなの大したことないよ!」

「そんな、謙遜されないでくださいよ! どうやってその闘気術を身に着けたんですか?」

「えへへ……気が付いたら、急に出来るようになったんだよ……って、あれ、未夏ちゃん? どうしてここに?」


そんな様子を見ていたら、オルティーナが未夏に声をかけてきた。

そこで未夏は、ここに来た経緯を軽く説明した。……無論、オルティーナを気にかけてくれと店主に言われたことは伏せたが。



「……ってわけで私は来週から講義するわ。良かったら来てね?」

「へえ。そうだよね! 未夏ちゃんの薬って、すごい効くもんね! 講師になるのも納得だなあ……」



正直、学内ではけじめを付けて「先生」と呼んで欲しいと思ったが、そこまで求めても仕方がないだろうと思い、未夏は何も言わないことにした。

そんな未夏は、周囲がオルティーナのことを羨望のまなざしで見ているのに気が付いた。


……彼らは「人生1週目」のはずなので、前世の記憶があってそうしているわけではないのは明白だ。


「それにしても、すごい人気ね、オルティーナは?」

「そうかな……。ま、まあ別に私は何もしていないんだけどね……」



その様子を見て、未夏2つの違和感を感じた。


1つは、今の剣技だ。

そもそもこのゲームは、パーティを組んで戦うものである。そのため一人で何でもできる器用万能な『天才キャラ』は、ゲームバランスの都合上存在しない。


実際彼女も本来は物理攻撃力は低く魔力が高めというステータスだったはずだ。


にもかかわらず、この能力はおかしい。幼少期からずっとドーピングアイテムを食べてきたというのもあるだろうが、腕力だけでなく、その技量……即ちレベル自体が原作時点のものとは比べ物にならない。


……加えて、本来彼女は魔法よりに育つため、闘気術の「轟炎弾」を習得しなかったはずだ。



もう1つは、周囲の反応だ。



そもそも聖女オルティーナは本編でも、割と周囲の嫉妬を良く買っていた。


そのため本編では、学校でも浮いた存在として認識されており、そんな中でも彼女を『おもしれー女』として喜んでくれたフォスター将軍や、テルソス達「4英傑」がよりどころとなっていたという物語だった。



(ゲームをやっていた時は『聖女だから嫉妬されていた』だと思っていたけど……画面外の彼女を見ていると、それだけが原因じゃないみたいね……)



未夏自身もそう思うほど、彼女の性格はお世辞にも「友達になりたい」とは思えないようにも感じていた。



それにも関わらず、彼女はこの学校内では「学内1の人気者」となっている。その原因は分からない。



だが、現時点ではそれ以上のことは分からないため話題を変えることにした。



「そういえば、ウノー様はどこ?」

「え、あいつ? あいつだったら……ほら、あそこ」

「え? ……うそ……」



隣の訓練場ではウノーが一生懸命剣をふるっていた。



「ほら、どうした、ウノー? 遅いぜ?」

「うわ!」

「ハハハ、お前本当に剣技はダメなんだな。……大丈夫か?」

「あ、ああ……悪いな」



あまり屈強とは言えないクラスメイト一方的に叩きのめされているウノー。

幸いなのは、その生徒たちはウノーを友人としては慕っているのか、舐めた態度を取るような真似はしていないことだろうが。



「ウノーって、あんなに弱かったの?」

「そう。あいつ、昔っから努力は人一倍するんだけどさ。ぜんっぜん剣の実力は伸びないんだよね。魔法も学問も、可愛そうなくらい。闘気術も使えないのよね」

「剣技が? 闘気術が?」

「そ。だからあたしがいっつも稽古つけてやったり、励ましてやったりしてたのよ。……まあ、幼馴染のよしみってやつね」



それもおかしい、と未夏は思った。

ウノーは確かに魔法は苦手だったが、本来物理攻撃力のステータスと素早さが高水準にあるキャラだったし、闘気術は一番の使い手だった。


にもかかわらず、彼があのレベルの生徒たちに負けることはおかしい。



また、ゲーム本編では逆に『ウノーが、練習嫌いなオルティーナに稽古を付ける』イベントが存在していたことを未夏はよく覚えている。



(あのミニゲームは……泣かされたものなあ……)



作中でプレイヤーはオルティーナとなってウノーから逃げるのだが、どこに逃げても必ず見つけて、異常な速さで迫ってくるウノーに悩まされたのを思い出し、未夏は苦笑した。



……それほどの能力を持つウノーがあんなに弱いわけがない。

そもそも、彼の今の膂力はゲーム中での「初期ステータス」すら下回っていると感じるほどだった。



(やっぱり……この世界、少し変ね……。単にヒロインと4英傑の役割が入れ替わっている? いや、そんなんじゃなさそうね……)



そう思いながらも、未夏はその場を後にした。

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