1-4 「素人質問」は恐怖の言葉

そして数日後、未夏の講義は始まった。



(ん、思っていた反応と違うわね……)


講義の場には勿論中高年のいかにも「博士」といったたたずまいのものもいるが、若い人も多く、中には年齢1桁レベルの子どももいる。……見ただけで知性の高そうな外見をしている彼らは、いわゆるゲームの世界によくいる『天才少年少女』だろう。



(みんな、私のことをバカにするような素振りはなし、じろじろ顔を見てくるエロ親父もいないのね……)



また、10代でしかも女である自身が壇上に立つことに対して、怪訝な顔をするような連中や、自身に色目を使ってくるようなものも多いのではと未夏は危惧していた。


だが、そのような目はまったくこちらに向けられてこない。

また、講義を受ける人たちの人種や年齢層も不自然なほど均等にばらけているのも印象的だ。



(まあ、本作はコンプラに厳しい時代に作られたから、当然かもね……)



……だが、だからといって講義自体がやりやすいかというと、まるで別問題だということを未夏はすぐに思い知る。



「……ということで、私の説明は以上になります」


今回未夏が講義したのは、『希望の霧』という回復アイテムのレシピについてだ。


このアイテムは名前から察することの出来るように『全体回復』ができるものだ。本作は最高難易度にすると魔法での回復が追いつかないので、非常に重宝したのを未夏は覚えている。



そしてあらかた作り方についての説明を終え、質疑応答の時間に入ると、研究者なら誰もが恐れる一言が、一番前にいる少年の口から行われた。




「すみません、素人質問で恐縮なのですが……」




「え? あ、はい」


女子高生である未夏は『素人質問』と聞いて一瞬安堵した。

彼が少年だということ、そして自身に講義発表の経験がないことで、この質問の重みを舐めていたのである。


少年は意地悪く口を開く。



「その希望の霧についてですが、論理的な根拠が正直わかりません」

「え?」

「なんで『リトル・サラマンダーの尾』と『氷属性の草木いずれか1種』を組み合わせると、薬効が生まれるのですか?」

「う……」


当然だが、未夏が知っているのは『このアイテムとこのアイテムを組み合わせると、どんなものになるか』だけであり、その背景にある根拠などは考えたことはない。


その質問に、未夏は一瞬フリーズした。

さらに別の中年女性も質問をしてきた。


「すみません、聞き逃したようで申し訳ありませんが、私も聞きたいことがありますのかもしれませんが……」

「あ、はい」


その言葉を一種の助け船のようなものだと思ったのだろう。


その質問を聞いて、一瞬未夏は安堵したような表情を見せる。

……だが、この『聞き逃したかもしれない』の枕詞で始まる言葉の本当の意味は『あなたが触れていない、大事な問題について聞かせてほしい』である。



「未夏先生のお話の中では臨床試験の記録が残されておりませんが、その結果から『希望の霧』の回復量が担保できた根拠についてご提示いただけますか?」

「根拠……ですか?」



当たり前だが、薬学の世界は『薬効の証明』をしなければならない。

十分な証明がなされていない『薬のようなもの』を販売する詐欺など古今東西行われているためだ。



「過去にその薬品を使用することで、明確に傷の治療が行われたこと、そしてそれ以上に『副作用が起きないこと』を示す根拠を示していただけないと危険ではないでしょうか?」

「えっと、その……」



ゲームシステムの問題で回復量は分かっているが、副作用など知る由もない。その質問にも未夏は答えられない。



「最低でも二重盲検法で行われ、相関係数が一定以上の論文を教えていただけますか?  無論査読が十分に行われたことが証明できる学会の発表したもので。……ああ、もしかしたら私が聞き逃していただけかもしれませんが……」

「に、にじゅ……?」



そこまで言われて未夏はしどろもどろになった。

今まで論文のようなものを書いたことのない未夏には、そもそも臨床試験に対する知識などない。


ましてや、この世界における論文など読んだこともなく「二重盲検法」なんて言葉を生まれて初めて知った未夏にとって、この質問はキラーパスであった。



(ゲームの世界では、『これとこれを組み合わせればいい』だけ知っていたから、なぜそうなるのか、リスクがあるかなんて考えなくて済んだものね……)


だが、そんな風に考えていると、隣で手を挙げる者がいた。



「ちょっと未夏さん。その質問、私が受け継いでもよろしくって?」

「え?」


そこには黒いゴスロリ風ドレスに身を包んだ一人の目つきの悪い少女だった。


(あの子……まさか、ラジーナ?)


その姿には、未夏も見覚えがあった。

彼女の名前は「ラジーナ」。ラウルド共和国側の人間であり、ゲーム中ではいわゆる「悪役令嬢」としてこちらに対して戦争を吹っ掛けてくる存在だ。


彼女も先の停戦条約によって、このような学会に顔を出せるような状態になったのだろう。


作中では、彼女の率いる軍を撃破して戦場でとどめを刺すことがグッドエンドの最低条件だったことはよく覚えている。


彼女はステータスも高く、かなりの強敵だった。



……だが、現段階では頼れる相手もいない。未夏は彼女を指名した。



「まず、一つ目の質問ですが……。まずサラマンダーの尾には一般的に傷を癒す作用である『オニキス・グルー』が含まれておりますの。それはいわゆる『サードニクス・グルー』との重合反応を起こすことはご存じですか?」


そう彼女が尋ねると、最初の質問をした少年は神妙な顔をしてうなづいた。


「ええ。確か10年前にその反応は得られていましたね。ただ、実際に『サードニクス・グルー』の結晶化が出来ずに机上の空論となったはずですが」

「いえ、去年ですがその問題は明らかになっていますわ。ですが一定の条件でのみ結晶化を待たずに重合が行える方法があることはご存じでしょう?」

「ええ、確かその条件は……ご存じでしたか……」

「勿論です。一定時間低温下に触媒が晒されることですわ。これは2年前にあなたが出した論文ではありませんでしたか?」

「……はい、その通りです」



そうにやりと笑って少年は座った。



「さて、次の質問ですが……」


次の質問をした中年女性に対しても、同じような形でラジーナは回答をする。

彼女の回答内容は正直なところ未夏には意味が理解できなかった。


だが、淡々と事実を伝えながら自身の作った薬品『希望の霧』の根拠について解説してくれる彼女は非常に頼もしく思えるほどだった。


しばらくして鐘がなり、講義の時間は終了した。



「こ、これで講義は終了いたします」


そう未夏がいうと、一同は納得したような表情で拍手が会場内に響いた。

幸いなことに、第一回の講義はラジーナのおかげで成功に終わったようだ。


だが、講義が終わるなりラジーナは未夏の方に歩み寄ってきた。



「ねえ、未夏さん? 本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました」

「え? あ、はい」


彼女がこうやって頭を下げてくるとは思わなかった。

だが、その反応を見て未夏も思わず挨拶を返す。


「この後お時間ありますかしら? あるなら、お昼でもご一緒しません?」


正直、作中でラジーナは戦争をはじめとした、様々な非道な行為をしてきたキャラだ。

加えて、恐らくだが彼女は転生者ではない。そのことから原作と性格は変わらないはずだ。


だが、今回の講義で借りを作ったこともあり、無下に断るのも悪いだろう。

そう考えた未夏は、その申し出に了承した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る