1-2 国民が「いい子・いい人」ばかりの国は不気味

「はい、ありがとうございました」

「いつも悪いな、未夏さん。あんたの薬は効き目がいいから助かるよ」

「そういってくれたら何よりです」



そういいながら、未夏はニコニコと客である男性に薬が入った包み紙を渡した。

一応先日の一件で「オルティーナお抱えの薬師」という名目は得たが、戦時以外は特に招聘されることはないため、未夏は街の薬屋で働いている。



このゲームで幸いだったことは「イベント用の薬系アイテム」が充実していたことである。



(人殺しのための薬を作るなんてまっぴらだったから、本当にラッキーだったわね……)



アイテムクラフトがあるゲームに転移しても、大抵のゲームは「HP回復」「MP回復」「毒やまひの回復」「毒薬」など、戦いに関する薬しか調合できないはずだ。


だが、このゲームでは「病気」「腹痛」などの頼まれごとに対するイベントアイテムも充実していたため、未夏はそれらに対する薬も調合することが出来ている。



「いやあ、助かるよ。未夏がやってきてから、お客さんたちの体調が目に見えて良くなっているからさ」

「あれ、店長? おかえりなさい。調達は上手くいきました?」

「ああ、勿論だ」



客と入れ替わる形で、何らかのアイテムを調達していたのであろう店主が戻ってきた。


未夏は原作知識がある分薬師としての技量自体は高いが、経営のことなどはさっぱりわからない。


加えて残念なことに「魔法」や「闘気術」といったこの世界のテクノロジーを扱う能力は、転移者は習得できないことも、すぐに未夏は気が付いた。そのうえ未夏は運動音痴で、あまり身体能力も高くない。


そんな彼女には、アイテムを調合するための道具を調達するスキルはない。

そのこともあり、今はこの街にある小さな薬屋で店主の世話になりながら住み込みで働いている。



店主はボロボロの風体をしており、アイテムの調達には相当な骨が折れたことが見て取れた。



「ところで、俺がいない間、困ったことはなかったか?」

「ええ。特になにもありませんでしたよ?」

「そうか、悪いな、1週間も店番させて」

「いいんですよ! 店長にはお世話になってますし!」

「そっか……。悪いけど、俺は少し寝させてもらうな。……オルティーナ様の遣いが来たら、そいつを渡してくれ」



店主はそういうと、相当疲れているのか、大きなあくびをしながら2階に上っていった。



(本当にみんな、オルティーナのことだけ考えてるんだな……)



ちなみに彼は独身の中年男性であり、寝るときには隣の部屋で寝ている。

普通の女子高生であれば、そんな場所で住み込みの生活をしようなど思わないだろう。

……だが、未夏は『店主が自分に危害を加えない』と確信していた。



未夏がカウンターでぼーっとしていると、一人の貧しそうな少年がやってきた。



「こんにちは、未夏さん」

「ああ、こんにちは、今日もお母さんのお薬を貰いに来たの?」

「うん!」



この国の治安は異常なほど良い。

殺人や性犯罪は勿論だが、スリやかっぱらいといった犯罪も起きていなかった。


それどころか『いたずらこぞう』という存在すら見かけることはない。

少年たちは公共の場で走り回ることなどなく、従順に社会のルールを守ることが出来る。

少女たちは誰の陰口をいうこともなく、仲間外れを絶対に作らない。


彼らが口にするのは決まって、



「オルティーナ様を苦しめたのは、僕・私が悪い子だったから」



という内容だ。

当然それは大人も変わらない。だからこそ、未夏は住み込みで働くことを決められたのだが。


この少年もまた、寧ろ年齢に不釣り合いなほど爽やかな笑顔でにかっと笑って尋ねる。



「ありがとう、未夏さん! あ、そうだ! 野菜と香辛料も買っていい? カレーを作りたいんだ!」



この店は薬屋だが、ゲームの都合上野菜も販売している。少年は脇に積んであったジャガイモとトマト、そしてたっぷりの胡椒(このゲームの世界は時代考証が適当である)を手に取って、それも購入した。



「今日の晩御飯、坊やが作るの?」

「うん。パパが薬代を稼ぐために鉱山で遅くまで働いているからさ。僕がご飯作らないと!」

「へえ……偉いのね。」

「偉くはないよ。……僕、前世ではわがまま言って父さんと母さんを困らせたから……きっと、オルティーナ様が前世で死んだのも、僕が悪い子だったからだと思うんだ……」



そう少年はぽつりとつぶやく。


(やっぱり、不自然よね……家事を自発的にやる上、文句ひとつ言わない従順な子ばかりの国って……)



そう未夏は想いながらも少年を見送った。




それから1時間ほど待っていると、今度は別の青年が現れた。



「悪いな、また来たぜ?」

「あれ、ウノー様!」



彼は4英傑の一人(つまり攻略対象)である、辺境伯の息子ウノーだ。

本編でのヒロイン『聖女オルティーナ』とは幼馴染で、物語序盤では物理攻撃力の低いオルティーナをサポートする、頼りがいのあるアタッカーだ。



ゲーム本編では、彼との好感度を挙げておかないと疎遠になり、そして突然死亡の通知が来てバッドエンドルートに突入するという、なかなかプレイヤー泣かせのキャラだったのを思い出し、未夏はすこし苦笑した。


彼は周囲の薬にぶつからないように気を配りながら、薬を物色する。



「いつもの鎮静剤はっと……」

(やっぱり、ウノー様もかっこいいわよね……)



彼は表面上は明るいが、本音を人前で隠しているだけで、本質はかなり繊細なキャラなのは未夏はよく覚えている。


彼は本命の推しではなかったが、勿論嫌いなわけではない。少なくとも秀麗な彼を見ることは目の保養にもなる。


そんな彼が、最近は自身の店の常連となっていることに彼女は嬉しく思うと同時に少し心配な表情も見せた。



「はい、これだけ売ってくれるか?」

「え? ……うん……」


貰うのはいつものように、大量の鎮静剤だった。



(なんでって聞くのは……ご法度なのよね……)



薬師が客に対して薬の購入意図を尋ねるのは、この世界では最大のタブーだ。

それに、本編をやりこんだ未夏には、そもそも彼の親しみやすい言動が演技であることは知っている。


そんな彼に意図を聞いても、きっとはぐらかされるのがオチだ。

だが、この薬を『だれ』が飲むのかくらいは聞いてもいいと思い、尋ねた。


「ウノー様……。その薬、自分で飲むつもりなの?」

「え? そりゃそうだよ」



ちなみに、未夏とウノーとは身分がだいぶ離れているが、ため口でいいと本人からは許可を貰っている。



「けど、それはそんなに飲むと身体に悪いわよ?」

「別にいいよ。俺は、後数年生きれればいいから」

「数年?」

「そ。そうすりゃ、俺の役目は終わりだからな。オルティーナに前世でやっちまった罪も返せるからな」

「……罪って、それも前世のこと?」



そう未夏が尋ねると、少し彼は目を伏せて右手を耳に着けているイヤリングに触れる。



(あ、本音を話すつもりなんだ……)



これは彼が本音で語る時の癖だということは、ゲームの設定で明らかになっている。

こういうキャラクターの癖を理解しているからこそ、未夏はウノーとも割と早く打ち解けることが出来たのだが、それは言わないようにしている。



「ああ。剣も魔法も天才だったオルティーナに嫉妬して……そして俺は勝手にあいつを遠ざけて、傷ついて、バカな戦争で死んじまったからな」

「え、天才? オルティーナが?」

「ああ、オルティーナは本当にすごい奴だからな。剣も魔法も、俺は全然勝てなくて……」

「ちょっと待って! その記憶、おかしいんじゃ……!」



だが、そう言おうとしたところでまた、薬屋のドアが開いた。

聖女オルティーナだ。専属のコックと思しき使用人が未夏に対してお辞儀をしてきた。



「オルティーナ!」

「あれ、ウノー? こんなところで会うなんて奇遇ね?」



すると彼はパッと右手をイヤリングから離して爽やかな笑みを浮かべる。

……つまり、彼は嘘をついていることになる。だが、


「ああ、弟の体調が悪いからさ、ちょっと鎮静剤を貰いにな」

「弟? 確かウノー様って弟はいない設定じゃ……」



不思議そうに尋ねる未夏に対して、ウノーは怪訝な表情を向ける。



「設定? というか、俺が一人っ子だったこと、話したっけ?」

「え!? あ、いや、その……噂で聞いただけよ!」



思わずゲーム設定を口にしたことをはぐらかした未夏だが、彼女に対してコックが耳打ちしてくれた。



(弟とは、ご両親が養子にした子です。『前世では、ウノー様以外に跡継ぎがいないせいでオルティーナ様に迷惑をかけた』と感じた、ご両親が引き取ったんですよ)

(……そうなのね……)

(格別優秀な子でしてね。『今度の世界ではオルティーナ様を守るために、ウノー様の身代わりになる! と言っていましたよ)



この国の住民は、未夏と聖女オルティーナ以外の全員が『人生2週目』だ。

だが、そのことは聖女オルティーナには絶対に伝えてはならないということは、暗黙のルールになっているようだ。


幸いその話は聞かれなかったようで、オルティーナは未夏に尋ねる。



「未夏も元気? この間の戦争の時以来だよね?」

「ええ。オルティーナ様は最近はいかがでしょう?」

「フフフ……実は私、今度留学することになったんだ! ビクトリアが倒れたおかげで、ラウルド共和国もおとなしくなったからね!」

「留学? ……あ、そうか……」



確かゲーム本編でも、聖女オルティーナは留学をしたがっていた。

だが、ストーリーの展開上(本当はゲームの開発期間の関係上)留学の話は流れてしまっていた。


だが、現在はストーリー展開が変わったことで、その留学の話が出るようになったのだろう。


「それで、今は旅支度のためにここに来たってわけなんだ」

「へえ……コックさんも同伴で行かれるのですか?」

「ええ。……現地で慣れない食べ物を口にされては危険ですからね。……ところで、注文した品は、ございますか?」

「え? ……はい、ちょっと待っててください」


そういうと、未夏は店主から受け取っていた大きな箱を手渡す。



「はい、重いから気を付けてくださいね」

「ええ……おっと!」


だが、コックは態勢を崩してしまい、その箱を倒してしまった。



バラバラと音がするとともに、そこからは大量の野菜が出てきた。

……だが、それらを見て未夏は驚愕の表情を浮かべた。


(うそ……これ……全部オルティーナに食べさせるの?)



その野菜たちはすべて、ゲーム内では個数限定の『ステータスアップ』のアイテムだからだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「ええ……すみませんね……」



未夏はコックとともにばらばらに散らばったアイテムをかき集めて、箱に入れ直した。

そしてあらかた野菜を片づけた後、オルティーナに尋ねた。


「オルティーナ様は、幼少期からずっと、彼に料理を作ってもらってるの?」

「勿論! うちのコックの料理は美味しいからね! よかったら今度食べに来てよ!」

「ええ。……さすがに『まったく同じもの』はお出しできませんが……しっかりと美味しいものを作らせていただきますよ」



その含みのあるコックの発言を聞いて、なるほどと未夏は思った。

彼女は幼少期から『ステータスアップ』のアイテムを食事の中に混ぜてもらっているのだ。


(あれだけのドーピングアイテムを全部独り占めするなんて、ずるいな……この間戦争で死んだ兵士さんたちが、あれを食べていたなら……いや、もう遅いわね……)



未夏はそう思い、少しあきれたような表情を見せた。

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