第38話 日の光を
ざざっと町長を引きずりながら、階段へと歩いていく。
シェルターに先ほどまでの喧騒は無く、まるで誰もいないかのように音が聞こえてこない。
確かに地面に人間は山ほどいるというのに。
と、その無音の空間に、何かが転がるような音が聞こえた。
それは足元から聞こえてきて、やがてこつんと俺の足に当たった。
「芋?」
「ねえ、お客さん。……どうして、こんなことを、するんです、か?」
「お前は、確かトルネードポテトの店員か?」
「は、はい。そうです。端でポテトを……食べていて、気づいたら……皆倒れてて……僕も、体が……動かない」
店員は芋を握りしめ、どうにか動かせている首を俺の方へと向けた。
「お客さんは、どうして、こんなことを……?」
「お前も聞いただろう? 人間たちの言葉を。エルフさんが作ったものは汚くて食べられないと言っていた。エルフさんが必死に作ったものが奪われて、食べられるときでさえ侮辱される。こんな人間は、嗚呼、確かに矯正しなければいけないかもな」
「きょ、矯正……」
「……店員。お前はどうなんだ。やっぱり、エルフさんの作ったものは別か?」
もしかしたらと思って、俺は問いかけた。
それは嫌というほど裏切られたもの。
前世では、助けてくれるかもと手を伸ばした分だけ傷ついた。
絶望という闇から、期待という光に手を伸ばして。
指だけ伸ばせば指を、手首まで伸ばせば手首まで、肘や肩まで伸ばせばその分だけ、焼かれるような痛みに苦しんでいた。
けど、今の俺にはコロンがいる。
伸ばした手を引っ張ることはしなくとも、傍で代わりに痛みを背負おうとしてくれる。
甘えるわけじゃないけれど、傍にそんな存在が居るか否かで、期待というものもすることができる……のかもしれない。
「なあ、店員。お前は、どうなんだ?」
「ぼ、僕……は。植物を育てる……大変さは、わかります、から。いや、室内で虫を、気にせず育てられて、天候もあんまり、気にせずできる……僕が、大変さを語れないです、ね。あ、はは……。でも、もったい、ないことをしたなあ」
「もったいない?」
「山ほど残ったからって、ポテトだけ、食べるんじゃなくて。肉や、野菜を食べてれば、エルフの作った味も……知れた……のに」
「っ……」
「ねえ、お客さん。お金、払うから、エルフからレタスとか、買っても、いいです、か?」
「あ、ああ。エルフさんたちに聞いてみよう。そうだ、芋と交換、なんてのもいいんじゃないか?」
「ははっ……。面白いことを、言いますね。僕のポテトに、価値なんて、ない、のに」
どこか諦めたように笑みをこぼす店員。
店員は人間やエルフ関係なしに、ただ農業のことを思っているだけなのだ。
「店員。こんな目にあわせてしまって悪かった。今、外に出してやるから」
俺は店員を背負い、町長を引きずりながら階段を上っていった。
「お、おかえりなさい、です……。っ、その人、誰、ですか? やっ、嫌っ……です……っ」
出迎えてくれたコロンは、店員と町長の姿を見るや否や馬車の陰に隠れる。
そして覗き込むようにこちらを見ていた。
「大丈夫だ。毒で今は動かない」
町長は縛るからいいとして、店員はどう説明するか。
店員を縛るのも悪いし。
とりあえず宿屋辺りに置いておこうか。
コロンに近づかないように言えば大丈夫だろう。
「ほ、ほんと、ですか?」
「ああ、本当だ。とりあえず、この人間たちを……あそこの宿に置いておくから、少し待っていていくれ。それとも、一緒についてくるか?」
コロンはシェルターの扉と俺が背負っている人間を見比べて。
「つ、ついていきます……」
町長の手足を縛り床に転がしておき、店員をベッドの上に寝かせて、俺たちは宿を出た。
そして無人の町を歩いていく。風が通り過ぎる音と、俺とコロンの足音だけが、レンガの町に響いていた。
「あ、あの、アストマさん」
「どうした?」
「え、えと、その。クローバーさんは?」
「ああ。ちょうどこれから行こうと思っていたところだ」
チリジンの町で人質に取られている、サクの娘クローバーを救出するというのも、この町に来た理由の一つだ。
「この町の住人を動けなくさせてからにしようと思ってな。場所はもう調べてある。こっちだ」
しばらく歩いてやってきたのは、町のはずれ。
草木が無造作に育っていて、石畳で出来た道を隠してしまっていた。
そこにぽつんとレンガ造りの小さな小屋が建っていて、壁にまで蔦が侵食していた。
俺は扉にまでかかっていた蔦をナイフで切ると、扉に手をかける。
扉は女性の悲鳴のような音を立てて開く。
さびていて引っかかりながらもどうにか人が通れそうな所まで開けた。
「っ……。こ、怖いです」
「ああ、そうだな。少し不気味だ」
小屋の窓まで蔦で覆われているせいで、部屋の中まで光が届いていない。
俺は鞄から蝋燭を取り出し、明かりをつけた。
弱々しく明滅した光が部屋を照らす。
中に入っただけでほこりが舞い、蝋燭の光できらきらと照らされていた。
部屋の中は椅子と机、そして地下へと降りる階段がある。
そこを蝋燭で照らしてみてみるが、奥まで光が届かず真っ暗闇。
時折その階段の先から、水が滴り落ちる音が聞こえてくる。
俺はこの先に進む前にと、とりあえず小屋の扉を閉めようとドアノブを握り。
「!? し、閉めない、で、ください……。怖い、です」
「あ、ああ。わかった。というか、怖いなら外で待っててもいいんだぞ?」
「怖いです、けど、1人の方が、その、もっと怖い……ので」
コロンは右手をぎゅっと握ったかと思うと、そろりそろりといった感じで俺の方へと手を伸ばしてくる。
そしてちまっと指先で俺の服の裾を掴んできた。
「あの、これ、で、安心……です」
「……そうか」
俺はすぐにでも離れてしまいそうな指に掴まれながら、指を離さないようにゆっくりと階段を下りていく。
こつーん、こつーんと、階段を下りる足音が地下に響く。
一寸先ほどしか照らさない蝋燭は、少しの風が吹いただけでも消えてしまいそうで、その明かりを頼りに進んでいくのには不安だった。
「あ、アストマさん。ここも、シェルターなんですか?」
「ああ、シェルター設計図にはそう書いてあるな。シェルターと地下牢兼用、ということだろう」
「ここは、塞いでない、です」
「そうだな。住民や兵士たちが利用しているスペースに直接つながっているわけではない。ここにいる人たちはそもそも牢屋に閉じ込められているから逃げ出す心配もない。それに、塞いだらクローバーさんを救出出来なくなるだろう?」
「はい」
話していると、コロンは暗闇に慣れてきたのか階段を下るスピードが少し早くなる。
俺もそれに合わせるように階段を下っていく。
何段下りたか、ようやく地下に到達すると、正面に真っすぐ続く道が。
その両端には鉄格子が並んでいる。
時折天井から水が滴り落ちてきて、見上げると無数の鍾乳石が天井から地面に向かって伸びていた。
掘った地下を特に整備もせずにそのまま利用しているのか、石の壁はでこぼことしている。
濡れた壁はぬめっとしていて蝋燭の光を反射している。
鉄格子の中には様々な人が居た。暗くて人間か否かの判別はつきにくい。
天井からロープが吊るされていて、そこに手を縛られた人。
手足の自由はあるものの、壁にもたれて虚空をじっと見つめ続けている人。
うつ伏せに倒れ鉄格子の外に手だけを出したまま動かない人。
と、いつの間にか俺の裾からコロンの手が離れていることに気づく。
振り向くと、コロンは両手で口と鼻を覆っていた。
「どうした?」
「えと、少しにおいが……」
鼻声で返すコロンに、俺は首を傾げ。
「ん? 何も感じないが――ああ、そうか、機械の体だからか。すまない、気づかなかった。急いでクローバーさんを探そう」
こくこくと頷くコロン。その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。
地下で空気が淀みやすいのに加え、天井から水が滴り落ちてくるほど湿っている。
人の排泄物や体の臭いが充満しているのかもしれない。
俺は蝋燭を四方八方に向けて、クローバーの姿を探す。
「へ、兵士、さん? いるの?」
と、道の奥の方から今にも消えてしまいそうな弱々しい声が聞こえてきた。
「ちょ、っと、お腹が、すいたからさ。食べ物、もらえない、かなあ……」
その声は吐息交じりの苦しそうな声。肺や喉の奥から無理やり絞り出しているようだった。
「クローバーさん?」
「え? うん、……そうだけ、ど。急に……どうしたのさ、さん付けなんて」
俺はその声を頼りに、鉄格子の並ぶ道を進んでいく。
そして、見つけた。
牢屋の隅で膝を抱えて座り込んでいる少女。その少女が、力なくこちらを向いていた。
足には、牢屋に落ちた陰よりも暗い鉄球が括り付けられていて、少女の動きを封じている。
「あ、れ……。いつもの兵士さん、じゃ、ない?」
「はい、俺たちは兵士ではありません。クローバーさんを助けに来たんですよ」
「…………え? た、助け、てくれる?」
「はい、今開けますから。コロンさん、鉄格子壊せるか?」
コロンは鉄格子の中のクローバーをこっそりと覗いていたが、俺の言葉にこくんと頷くと鞄から鍛冶道具を取り出す。
「少し、待っていて、ください」
取り出したのは、のこぎり。
それを鉄格子にあてがうと、左右に動かして切り進めていく。
歯が引っかかりながらも、鉄の粉を落としながら歯がどんどんと中に入ってくる。
「はあ……はあ……」
閉じられていたコロンの口が小さく開かれ呼吸が荒くなるのを見て。
「コロンさん。代わるぞ」
「で、です、けど、わるいです」
「この体は疲れないから大丈夫だ。それに、こんなじめじめしていて臭い環境じゃ呼吸するのも嫌だろう?」
「そ、そうですね。では、お願いします……。あの、意外とのこぎりは折れやすいので、気を付けてください」
「分かった」
俺は鉄の硬さに歯が引っかかる抵抗感を何度も感じながら切り進めていく。
そして鉄格子一本を切り終え、人ひとりが通過できそうなスペースが出来たのを確認すると、俺は牢屋の中に入った。
その様子をじっと見ていたクローバーは、俺が牢屋の中に足を踏み入れると、ほんの少しだが後ずさる。
「大丈夫です。俺たちはクローバーさんに危害は加えません」
「ほんと?」
ひっこめた手は傷だらけで、その傷に土やら小石やらが混じっていた。
「はい」
俺は頷きながら手に持っていたのこぎりをコロンに返す。
そして何も持っていないことを示すために両手をあげて手のひらを見せた。
「そっか。うん。疑って、ごめんね? ちょっとわたし、いろいろ……あってさ」
申し訳なさそうに俯くクローバー。
俺は怖がらせないようにとゆっくり近づき、その足についていた鉄球を取り除こうとするが。
「……っ。クローバーさん。足、大丈夫……じゃ、ないですよね」
「え? あ、ああ、これ。うん、ちょっと、痛いかな……」
鉄球が括り付けられた足首。
食い込むほど強く締め付けられた足首は青白いを通り越して紫色に変色している。
拘束具がこすれたのかところどころに出来た傷が悪化して真っ赤に腫れあがっていた。
「歩くのは難しいですか?」
「うん。いたくて、さ」
「分かりました。では、おぶっていきますよ」
「そ、そうしてくれると、うれしい、かな」
俺が背を向けてしゃがみ込むと、クローバーは首に手をまわして己の体を預けてくる。
俺は足につながっていた鉄球を拾い上げると、引っ張って足に痛い思いをさせないように気を付けながらクローバーを背負って立ち上がる。
「あ、あの、さ。重いかもしれないけど、鉄球だからね?」
「いえ、まったく重くないですよ」
「あはは……ありがと」
俺は人ひとり分しかない鉄格子の隙間を、クローバーを背負ったままどうにか通り抜ける。
と、蝋燭で顔を隠しながら俺たちを窺うコロンと目が合った。
「大丈夫だ。クローバーさんはコロンさんに危害を加えたりしないから」
「うん。コロンさん、って、言うのかな? こんな格好でごめんね。はじめまして、わたしはクローバー。……大丈夫、わたしはコロンさんと……このお兄さんに、助けてもらったんだよ。だから、襲ったりしない、よ。……ね?」
コロンはこくんと頷くと、顔を隠していた蝋燭を降ろし、出口を先導するように歩いていく。
「は、早く、ここからでま、しょう」
「ああ、そうだな。ずっとここにいるのはなんとなく息が詰まる」
俺はコロンが照らしてくれている足元を頼りに階段を上っていく。
と、俺の肩にとんともたれかかってくる感覚を覚える。
見ると、クローバーが頭を乗せていた。
耳元にくーくーという寝息が聞こえて、俺はなるべく振動を与えないようにと慎重に階段を上った。
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