第37話 地下の監獄

 シェルターの扉を開けると、中からがやがやとした声が聞こえてくる。

 俺はその声に、前世の教室と同じような気持ち悪さを覚えながら扉を閉めた。

 そして、地下へと続く階段を下っていく。

 毒を撒く必要のあるスペースは大きく分けて2つ。

 主に住民が使用しているスペースと、兵士や役人が使用しているスペース。

 2つは扉を隔ててつながっていて、このまま降りるとたどり着くのは住民スペース。

 と、段々と人間の姿が見えてくる。

 地べたに胡坐をかいて、退屈そうに他者と話をしていた。

 階段から降りてくる俺の姿を認めると、怪訝そうにこちらを見てくる。まるで、学校を遅刻して教室に入った時のような居心地の悪さを感じた。

「ここは俺たちの場所だからな? 座りたいなら他をあたりな」

「……そうか」

 手でしっしっと追い払う人間から離れる。

 辺りを見回してみると、床一面に人間がびっしりと座っていて、定員はすでに超えているような状況だった。

 座る気はないが、これでは座ることもままならないな。

 と、いきなり人間の一人が立ち上がった。

「ちょ、返しなさいよ。その肉はあたしのだよっ」

「はあー? そこに捨てられてたから、もったいないと思ってもらったのよ?」

「捨てたんじゃないよ、置いておいたんだよ。そもそも、あんた芋持っているじゃないか。それで十分でしょう?」

「こんな芋なんてもう飽き飽きよ。とにかく、この肉は私のものなの。はぐはぐ……」

「あーっ!? 食べた!? ちょっ、吐き出しなさいよ! あたしの大切な肉っ!」

「ちょっ、髪を引っ張らないでっ!」

 人間同士の髪の引っ張り合いや取っ組み合いが始まり、野次馬たちがそれに群がる。

 俺はそれを尻目に、野次馬たちが群がったことで空いたスペースを進んでいく。

 そして兵士や役人がいるスペースへと続く扉の前へとたどり着いた。

 俺は改めてマヒ毒の入った小瓶を握りしめると、その扉を開ける。

 一歩踏み入れると、扉の傍に待機していた兵士が俺の前に立ちふさがった。

「一般人は立ち入り禁止だ。さっさと回れ右して帰りな若造」

「……」

 右から抜けようとすると右に、左に抜けようとすると左に立ちふさがる。

 兵士は面倒くさそうに長いため息を吐くと、俺の胸に指先をとんとんと当てながら。

「聞こえなかったか? 一般人は、大人しく、帰りな」

「触るな」

 俺はその指先を掴むと、関節の曲がる方向とは関係なしに折り曲げた。

「痛っぁっ! この若造!」

 なおも歯向かってくる兵士の腹を蹴り飛ばし地面に転がすと、マヒ毒の入った小瓶を顔に向かって投げつけた。

「若造……小僧が……」

 立ち上がろうと頭を起こしたが、毒にやられたのか起こした頭を地面に落として、そのまま気を失ったのか動かなくなった。

 と、この騒動に兵士たちが次々と俺に向かって走ってくる。

 俺はそれを牽制するように小瓶を投げつけた。

 対応できずにもろに毒を浴びてしまう者、横に飛んで身をかわした者、剣や盾で弾いた者。

 それぞれだったが、どれも皆しばらくすると気化したマヒ毒にやられて地面に崩れ落ちた。

 ケットはいくらか耐えていたが、流石は隊長といったところか。

 並みの兵士では耐えられない。

 それに、室内で毒が逃げにくいというのもある。

 そろそろ毒が充満してきたのか、後ろに控えていた兵士たちも足元がおぼつかない様子でふらふらとしていた。

 部屋の隅に逃げていたきっちりとしたスーツを着た役人らしき人間は、おぼろげな瞳を虚空に漂わせ今にも地面に頭を付けそうな様子をしている。

 俺はその様子を眺めながら部屋の奥に歩みを進めた。

「人間は脆いな。剣で切り裂くだけで、ナイフで目を突き刺すだけで、毒を撒くだけで、簡単に動かなくなる」

 俺は進路にいた、毒に抗う兵士を蹴飛ばし。

「そんな脆い存在だからこそ、人間は他者から物を奪って、抵抗できないように人質を取る……。自身は弱くないと証明するかのように、他の弱いものを虐げる……」

 進路と視界を遮っていた兵士のうちの一人が地面に伏し視界が晴れたことで、部屋の一番奥に座っていた男の姿が見えた。

 この部屋で一番座り心地のよさそうなふわふわとした椅子に腰かけ、眼光鋭くこちらを睨みつける、6,70代くらいの白髪が混じった男。

 が、その鋭い眼光も時折こちらに向けられるだけで、毒にやられて四方八方に向けられていた。

「お前が町長か?」

「そう……だ……」

「エルフさんの村を襲えと命令したのは、お前だな?」

「え、エルフ……。どう、だったか。この毒を、解いてくれれば、思い出す、かもしれない……」

 俺は町長の座る椅子を傾けて地面に落とした。

 地面に体を強打し、うめき声を上げる町長。

「あ、うううぅ……。あ、ああ。確かに、指示、した」

「そうか」

 俺は毒の入った小瓶ごと口に入れると、顎と頭を掴み無理やり噛ませた。

 口の中で小瓶が割れ、口の端から血が流れ落ち、町長はがくっと頭を落とした。

 俺はその首根っこを掴みながら、引きずるようにして来た道を引き返していく。

 辺りを見渡すと立っている人間はおらず、誰も彼もが地面に伏してうめき声をあげていた。

 俺はそれを尻目に、部屋を後にする。

 そして住民スペースへと足を踏み入れると、傍にいた住民らしき人物がこちらを見て目を見開いていた。

 正確には、俺が掴んでいる町長を見て。

「ちょ、町長?」

 その動揺はだんだんと波紋のように広がっていく。

 奥の方で喧嘩していた人間2人も手を止めてこちらを見ていた。

 俺は部屋の端まで届くように声を発する。

「最近この町に安価で出回っている肉や野菜。その出所を知っているか?」

「兵士さん、兵士さんは何をしているんですか!?」

「町長、町長! 起きてください!」

「え? なにこれ、何が起きてるの?」

「いや、知らん。催し物じゃね?」

 問うが、町長の様子からただ事ではないと感じわめくか、隣同士でがやがやと話すかで、答えてくれる人間はいなかった。

 俺は住民たちが逃げないように、出口へと続く階段辺りに毒の入った小瓶を投げつけた。

 遠くで小気味いいガラスの弾ける音が聞こえ、続いてばたばたと人間が倒れていく音が聞こえる。

「きゃあああぁぁっ!」

「毒かっ? 皆逃げろっ!」

「なに……これ。力が入らない……」

 その場に蹲って悲鳴を上げる女性。

 それを無理矢理起こして避難させようとする男性。

 毒を吸い込んだ女性は、逃げようとしていたが足をもつれさせて床に伏した。

 毒から逃れようと階段とは反対の方向――俺の方へとやってくる。

 その者たちも俺が町長の首根っこを掴んでいるのを見たのか、足を止めて目を見開いていた。

「再び問う。安価で出回っている肉や野菜の出所を知っているか?」

「……え? そんなの知らないって。私はただ買っているだけだし」

「お、俺は知っているぞ。あ、あれだ。近くのエルフから安く買い取れたって役人が言っていた。エルフの肉とか野菜だろ」

 答えれば解放してくれるとでも思っているのか、手を上げて笑みを浮かべた男が言う。

「そうだな。半分は正解だ。エルフさんが採ったものだ。だが、買い取ったというのは違うな。この町は、エルフさんたちから食料を奪い取った。一銭も払わずに、力ずくで奪い取った。それは知っていたか?」

「う、奪い取った? 買い取ったんじゃなくてか?」

「ああ。だから返してほしい。ここには店の店主なんかもいるだろう? どうだ、返してくれないか。あれはエルフさんたちのものなんだ」

「返す……ねえ。だが俺は、というか俺らが仕入れた時は、一応役人に金払ってんだ。ただって訳には……な?」

 そういうと、金額を提示してきた。

 通貨は分からないが、にやにやと笑う姿から仕入れた時以上の値段を要求しているだろうことは見て取れた。

 と、奥の方から嫌悪感をむき出しにしたような声が聞こえてくる。

「え、今まで俺、エルフとかいう動物の血肉で汚れた手で作られたサラダを食べてたってことか? おいお前、どうしてそんな汚い奴らが採った野菜買ったんだ?」

「や、安かったからよ。それに、いつも買っている野菜よりも念入りに洗ったから大丈夫。洗剤までつけたんだからね?」

「うわ、お前、サラダってことは生で食べたってことか?」

「そうだぞ。こいつが何も言わずに昨日の夕食に出したんだ。……そういえば、俺昨日の夜から腹の調子が悪いんだよな。ひょっとして……」

「虫入ってたんじゃね? てか虫食べたとか引くわー」

「ちょ、まだ決まったわけじゃねえって。決まったわけじゃねえけど、なんか急に吐きそうなんだが……」

 冗談めかして言っているのか、それとも本気で言っているのか、わからない。

 だがどちらにしろ、その言葉がエルフを侮辱しているということはよくわかった。

 嗚呼。それはもう、よくわかった。

 もうこれ以上、言葉はいらない。

 ぴき……と、小瓶を握る力が無意識に入りすぎてしまったのか、小瓶が割れて中身が地面に零れ落ちる。

 見ると、ガラスの破片が鋭利な刃物のように尖り、そこから滴り落ちる毒がきらりと光っていた。

「さっき言ったやつは、毒の苦しみだけで終わらせない」

 俺は心に燃える衝動に任せて地面を蹴ると、近くで醜く嗤っていた男の首元をガラスで切り裂いた。

「痛えぇっ! て、なんだこれ……動かねえ……」

「きゃっ、きゃあぁあっ!」

「ちょ、早くどいてよっ! 逃げられないじゃない!」

 もうエルフを言葉で汚させないように、黙らせないと。

 俺は逃げ惑う人間に小瓶を投げつける。

 人間たちは面白いようにばたばたと倒れていく。

 重なっていたり、うつ伏せになっていたりして誰が誰だか見分けがつきにくくなったが。

「誰が言ったかは、覚えている」

 俺は人工の皮膚に食い込むほどガラスを握りしめながら、倒れ伏す人間の元へと歩みを進めた。

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