第30話 与えられても結局
道の先には、こちらに向かって駆けてくる兵士が何人か。俺はそれらに剣を向ける。剣を握った手は、剣先は、震えることなく真っすぐ兵士を指す。
「己のことしか考えない人間が。他者から奪い取ることでしか生きられない人間がっ。痛みを知れっ!」
俺は迫りくる兵士たちに向かって駆け出すと、両手で剣を持って上段に構える。そして走った勢いのまま、機械の体の重ささえ利用して、兵士の剣ごと潰すように叩きつけた。
剣を弾かれて地べたにあお向けに倒れた兵士の顔を、俺は踏みつける。が、それだけでは動きは止まらず、兵士の体に地面に縫い付けるように剣を突き刺した。
ビクンと大きく体が跳ね、それきり動かなくなったのを尻目に、突き刺した剣はそのままにして今の兵士が手放した剣を拾う。
「なぜ殺した? 俺らはお前という塔の侵入者の動きを止めるのが目的だ。つまり殺すつもりなどなかったんだぜ。それなのにお前は殺した。卑怯だな」
「卑怯? どの口がいうか。大した理由もなしに、ただ芋に飽きて外国の商品が高いからって理由だけで村を襲撃した、お前らの方が卑怯だろう」
「……おまえ、あの場にいたのか?」
「いや、あの場にいたエルフさんから話を聞いた。村を襲った巨大な剣と盾を携えた人間がいるってな」
詳細は詳しく聞いてないから分からなかったが、口ぶりから察するにこいつがエルフの村を襲った張本人だろう。しかも、この顔は先ほどもらったパンフレットに載っていた顔と一緒だ。
こいつがこの町の隊長であり、鐘の塔の管理者、ケットなのか。
「お前らは下がっていろ。あいつみたいに犬死したくなかったらな。こいつは俺が相手をする」
兵士たちを後ろにやると、真っ黒な刀身に血のような赤黒い紋様が浮かぶ大剣を片手で構え、鉄の塊と思えるような武骨で分厚い盾で体の大半を覆う隊長ケット。
俺は鞄に入っている、サクからもらった特製の毒の小瓶に軽く触れるが、すぐに離した。今のケットに毒を投げつけても、盾に阻まれて無意味に消費することになる。
俺は、ケットが持つ剣と比べると棒切れのように細い剣を両手で握りしめると、砦のように聳え立つケットに向かって駆け出す。
生身の人間だった時、俺はこれほどまでに自由に走れていただろうか。
関節に粘っこいものが張り付いているのではないかというくらいに動きが鈍かった生身の体。それが、つかえがとれたかのように不自由なく動く。
このまま速度を上げ、俺は力いっぱいに剣を振り下ろした。
剣と剣がぶつかり合い、眼前で火花が咲く。
と、大剣を握るケットの手の筋肉に筋が入ったかと思うと、俺の剣がだんだんと押し戻されていく。
俺の腕が曲がり力が分散させられた瞬間に、剣を持つ手が真上へ持ち上げられる。
不意に壁のような盾が迫り来て――
「くっ……」
腕を上げられたままの無防備な体に盾が叩きつけられて、俺の体は後方へと吹っ飛ぶ。
背中に衝撃を感じて、頭にはレンガの欠片がぼろぼろと降り注いだ。
俺は地面に落ちた拳サイズのレンガの破片を掴むと、こちらに迫りくるケットに投げつける。
それを大剣で叩き切ろうと振りかぶ――ろうとする直前に手を引っ込めて、代わりに盾を構えた。
こつんという軽い音に、ケットは拍子抜けしたように肩をすくめ。
「どうもエルフの村以来、剣で防ぐのが不安になるぜ」
「エルフの村、か。やはりお前がエルフさんの村を襲い、食料を奪っていった人間か?」
俺は剣を構えながら問うと、ケットは後ろで控えている兵士をちらりと見ながら。
「知らないな。俺はそんな卑怯なことはしないぜ。人違いだろ」
「なるほど、お前の独断か? それとももっと偉い人から指示された……とかか?」
「さあ、少なくとも俺は関与していないから、分からねえな」
「ふん。だったらお前を倒して、指を切り落としながら聞いていくしかないな……っ!」
俺はもう一度レンガの破片を投げつける。
それをしっかりと盾で防ごうとしているのを確認すると、盾を構えている側から攻めようと駆け出した。姿勢を低くして、盾で死角になる位置を保つ。
ケットが俺の姿を探そうと盾をどかした瞬間――
「はぁぁっ!」
振り下ろした剣は、どかした盾をすり抜けて体へと――
ガキンと硬質な音が眼前で響いた。見ると俺の剣とケットの大剣が交錯していた。
だが、無理やり防ごうとして態勢は悪いはず。俺はそのまま体全体で押すように剣に力をこめる。
しかし押し込もうとしたのだが、大剣の重さにびくともしない。
「軽い剣だな。こんなのにあいつは殺されちまったのか?」
それどころか、だんだんと持ち上げられていく。
空いた脇にすっと風が吹き込んだかと思うと――ケットはもう片方の手に携えていた盾をかちあげるように振りかぶった。
腹に衝撃を感じて、だんだんと地面が遠ざかっていくのが見える。
ちらりと、建物の2階か3階かの窓が目に入った。
俺は剣を離さないようにしっかり握りながら、地面を見据える。
手足で空をもがいて、どうにか空中で態勢を立て直すと、着地をしようと両足を――
着地地点に、いつの間に移動したのか大剣を構えるケットの姿があった。
「っ……」
俺はとっさに剣を逆手に持ち帰ると、自分の身を守るように体の前に持っていく。
「がははっ! その薄い剣ごと叩ききってやるわっ!」
ぶんと、風を切る音が聞こえた。
持っていた剣が弾き飛ばされ、頬を掠めた。
腕が持っていかれるような衝撃に、受け身も取れず地面に転がった。
眼前には、大剣を肩に担ぎ俺を見下ろすケットの姿が。
早く立ち上がらなければと、俺は右手を地面について。
「あ、あれ?」
しかし手は地面を捉えず、バランスを崩してしまう。
どうしたのかと右手を見てみると。
「え……」
皮一枚で繋がった腕が、ぷらぷらと振り子のように揺れていた。その視線の先には、真っ二つに折れた剣が転がっている。
と、ざざっという足音とともに、影が俺の視界を薄暗く染めた。
「大口をたたいた割には、あっという間だったな。もっと抵抗するもんだと思ってたぜ」
にやにやと笑いながら大剣を上段に持ち上げていく。逆光を浴びたケットの姿はよく見えなくて。
俺はとっさに右手を振るようにケットに向けた。
かろうじて繋がっていた皮がぶちっと切れて、手がケットのほうへと飛んでいく。
それを大剣ではなく盾で防ぐのを確認すると、俺は鞄から無造作に一つ小瓶を取り出した。
取り出した毒の入った小瓶は、痺れさせるものか、容易に殺せるものか。どちらかは分からない。確認している暇もない。
それをケットに向かって真っすぐではなく、盾を飛び越えるように放り投げる。
弧を描くように盾の裏へと飛んで行き、パリンとガラスが割れる音が聞こえた。
「うおっ……また毒かよっ……」
上段に構えた大剣を降ろし後ずさるケット。
俺は盾に弾かれ地面に転がった右腕を掴むと鞄に押し込みながら、ケットとは反対方向に逃げていく。
「くそっ……おい、待てっ!」
俺は罵声を背中に浴びながら、町に入ってきた時とは反対方向の出口へと走る。
「え……なんでだ……俺が、負け……た?」
コロンからもらった機械の体。エルフたちからもらったマヒ毒と致死毒。こんなに与えられたのに。
このまま逃げても何も変わらない。いつかは捕まって、人間に虐げられて、人間の言いなりになって。
最終的には何もかもが嫌になって、無心で従うのか?
気づくと耐えられないから痛みに気づかないふりをして、厳しい世界を直視しないように俯いて視界を閉ざす……またあの生活に逆戻りするのか……?
自分の感情を消して、濁流に呑まれる木片のように流されるままに生きるのか?
「なんだよ……結局、変わらないじゃないか……っ」
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