第28話 芋
どこの店も客が一人二人は居る中、人気のない店が目に留まる。
風を受けてはためくのぼりには「チリジン名産 トルネードポテト」と書かれていた。
と、繁盛している店の通りからやってきた俺と、その店の通りを羨ましそうに見つめる店員との目が合った。
その店員、帽子をかぶった男は、やる気がなくなったような間延びした声で俺に声をかけてくる。
「あー、お客さん。おひとつどうですか?」
「……名産なのか? さっき芋は飽きてるとか言われていたが」
「そ、そうなんですよー」
店員はため息を吐きながら、机に上半身を預けて気だるげに話す。
「ポテトはこの町の非常食なんです。ほら、竜巻が来た時にシェルターに隠れるじゃないですか。酷い時だと2,3日出られない時もあるので食べてるんですけど、みんな腹が減って仕方なくって感じで口にするんです。ぱさぱさしていて味も同じだし、竜巻という災害の嫌な記憶も相まって、ポテトは嫌われているといっても過言じゃないんですよ」
「じゃあ、芋以外を育てればいいじゃないか」
「竜巻が多発する地域ですよ? 育ててもすぐに吹っ飛んでいっちゃいますって。ポテトはこの町ができてから代々伝わる品種で、屋内で育てられるんですよ。はあ、せっかく育てても嫌な顔されながら食べられる僕の気持ちわかります?」
「お前が育てているのか」
「そうですよっ。なのに皆嫌々食べる。このポテトがなければ飢えて死んじゃうんですよ? もっと感謝をしてほしいんですよ。……と嘆いていても何にも変わらないので、トルネードポテトっていうのを作ってみたんですけどね。御覧の通り不評ですよ」
そういって商品棚からトルネードポテトなるものを取り出す。竜巻のように渦を巻いたポテトが串に刺さっている。
「竜巻の町にかけてトルネード。売れると思ったんですけどね。作り方は簡単なんですよ。串にポテトを刺して、その先っぽからナイフを入れて、くるくると回しながら下のほうに向かって切り込みを入れていくんです。それを油で揚げれば出来上がり。はぁぁ。売れると思ったんだけどなあ」
「食べるものがあるのに、それを飽きたからって嫌がるのは酷いな……」
前世で俺は食べるものもろくに無かったし、エルフの村では食料が尽きそうになって困っているというのに。まったく、贅沢な悩みだ。
「そう、酷いんですよ。僕が作ったものは煙たがられて、外の町や国の商品がもてはやされるのは、ポテトを作っている僕からしてみればもう見ていられないんですよっ」
「外の商品……そういえばさっき、芋以外は育てていないとか言っていたよな」
「ええ、ポテト以外は軟弱ですからね。屋内で育たないほど軟弱ですからねっ」
「じゃああの店に並んでいるのは、すべて輸入品か?」
「そうですよ。ほら、あの値段見てくださいよ。このポテトの何倍もするでしょう?」
通貨は分からないが、書いてある数字は……
「同じくらいだが?」
「……ああ、そうなんですよっ。少し前までは、高い外国の商品に頼っていたので並んでいる商品の値段も高くて、この店の通りもがらんとしていたんですよ。けど、この町の偉い人がエルフから安く仕入れられたとか言って、安価で卸していたんですよ。おかげで肉とか野菜とかの値段がおかしいほど下がって、けどポテトの値段は据え置きで、商売上がったりですよっ。もともと売れてなかったですけどねっ。もうっ」
店員は怒りのこもった声を上げながら、手に持ったトルネードポテトを振り回す。と、ずりずりとポテトが遠心力で串から外れていき――
「もうっ。もうっ。あっ、僕のポテトがっ」
すぽっと抜けたポテトが地面に落ちるぎりぎりで、俺はそれを掴んだ。
「おっと。おい、食べ物を粗末に扱うな。殺すぞ。……違った、殴るぞ」
思わず口をついて出た言葉を訂正しながらポテトを渡すが、店員は固まったままそれを受け取らない。
まあ、いきなり殺すと言われたら怒るよな。伝える言葉を選ぶというのは大変だと、コミュニケーションの難しさを実感していると――いきなり腕をぎゅっと握られた。
「ああ、ああっお客さん。あなたは最高ですっ」
「……なにがだ? というか手を離せ」
「皆がポテトを虐げる中、あなただけはポテトをちゃんと食べ物として大切に扱ってくれる」
「当然だろ、この芋だけで2,3日は耐えしのげる」
「おお、2,3日食べ続けても飽きないと!」
空腹の意味で言ったのだが。……まあ、食べ続けても飽きないな。
「まあいい。そんなことよりも、このポテト。折角キャッチしたが素手で触ってしまったな。これじゃ売れないだろう。悪いがお前食べてくれ」
「いえいえ、これは差し上げます。ポテトを愛する方へのプレゼントです。それと、落としそうになったものでは申し訳ないですから、さっきできたばかりのトルネードポテトも差し上げます」
片手にはキャッチしたポテト、もう片方の手には串のポテト。
――折角もらったのだが、機械の俺は食べられない。俺は両手のポテトを返そうと店員に差し出して。
「あー。悪いんだが」
「え、もらってくれないんですか? こんなに美味しいのに? 工夫に工夫を重ねて作ったのに?」
顔を近づけながら目に圧を込める店員。
「あ、いや、そうだな。……そうだ、コロンさんにあげるか。やはりありがたくもらおう。悪いが包装紙か何かをもらえるか?」
「ありがとうございますっ。僕はいつもここで店を開いているんで、暇なときは寄ってください。サービスしますから」
俺は包装紙を受け取ると、「ありがとうございますっ」という声を背中に受けながらその店を後にした。
トルネードポテトの店を離れると、辺りは町に入った時のような、蝶が羽ばたいていそうな穏やかな雰囲気を取り戻す。
と、不意にきらりと眩しい光が目に飛び込んでくる。その光を手で遮りながらそちらを見てみると。
稲穂のように黄金色に光る鐘が、陽の光を反射していた。
長年使われていたであろうことが、くすんだ鐘の色からうかがえる。鐘を携えているレンガ造りの塔には、その淡い色のレンガに絡みつくように蔦が伸びていた。
これを鳴らせば、町の住人全員がシェルターに逃げていくのだろうか。
そう思って近づこうとすると、塔の扉の前に立つ、革の鎧を着こんだ兵士らしき人物が掌をこちらに向けて道をふさいできた。
「ちょっと、あんた観光客か? ここは立ち入り禁止だ」
「そうなのか。ちょっと気になったんだが。この鐘の塔には入れないのか?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だからな。まあ、入ろうと思っても入れないがな。隊長が警備を厳重にしたんだ。ともかく、観光客は大人しくこれでも読んでな」
そういって、兵士は鞄から一冊の本、といっても5,6ページほどしかないパンフレットのようなものを手渡してきた。
受け取ると、兵士は扉の前に再び陣取る。この兵士から鍵を奪えば、この塔に入れるのだろうか。
そう思いつつも、まずはもらった塔のパンフレットに目を落とす。
最初のページには。
この町が出来た経緯はご存じだろうか。竜巻が多発するこの地域に、中継地点として一つのレンガの家が出来たことが――
関係ないなと俺は次のページをめくる。
四六時中兵士が町の周りを警戒しています。竜巻を確認したらすぐに鐘を鳴らし、この町自慢の頑丈なシェルターに避難する――
やはり鐘を鳴らせば人間たちはシェルターに逃げ込むのか。
と、塔の絵の隣に、似顔絵が掲載されている。
チリジン町隊長 兼 鐘塔管理者 ケット
この人物の一言コメントも載っていた。
「この度の塔の鍵盗難事件で、皆様を不安に思わせてしまったかもしれません。ですが、ご安心ください。警備を厳重にし、二度とこのようなことが起きないように努めて参ります」
俺はパンフレットから顔を上げて、塔の前に立つ兵士を見る。
人員を配置したところで、その人員が眠そうにぼーっと立っているのでは警備を厳重にした意味はないな。
「……」
俺は、ぼーっと塔の前で立っている兵士の隙を伺いながら、鞄の中の小瓶に触れた。
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