第25話 暗闇に差したもの
「……どういうこと?」
「サクさんが秘伝の毒の情報を明かしてくれたから言いますけど、実は俺、人間じゃなくて機械なんです」
「……機械? どういうこ――まさか……?」
「ええ、俺は毒では死なない。サクさんの代わりに俺が毒を撒けば、サクさんよりも確実に相手を殺すことができる。そして、エルフ側に死者は出させません。……誓うものはないですが、誓います」
俺がサクの目を見ながら言うと、段々と精気が戻ってきたかのように眼光が宿り。
「……あぁ……あぁ……! 僕はもう一度、クローバーと会うことができるんだね?」
「はい。俺も話を聞いていて、お二人を会わせたいと思いました。心の底から娘を思っている親に、そんな結末はあんまりです」
適当に生んで、愛もなにもないあんな親がのうのうと生きているのが許されて、サクが死ななければいけないなんて間違っている。
「本当にありがとう。君たちが来てくれなかったら……もう二度と会えな……かった……」
サクはそこで言葉を止めると、鼻をすすって目を拭い。
「いや、泣くのは……まだ早い。それはクローバーと会った時に取っておこう。……そうだ、ラファエルさんはいつ来るのかな? 君たちを遣わしてくれたお礼を言いたいんだけど。それに、クローバーを探すのを手伝ってくれるんだよね?」
「いえ、ラファエルさんは来ませんよ」
「え……?」
「ラファエルさんは救った人たちを守るために残っています。代わりに俺たちが来たんですよ」
「……そっか。こう言うのもなんだけど、来てくれたのが君たちでよかったよ。きっとラファエルさんじゃ毒には耐えられなかっただろうから。おっと、これはラファエルさんには言わないでね」
冗談めかして言う様子からは、先ほどまでの絶望は見えない。
絶望に浸るのは楽で、抜けだしたくなくなるものでもあるが、やはり絶望なんてしない方がいい。
「わかりました。あ、それと、使う毒はキロネックスではないのにしてください」
「……殺さないという事なのかい?」
「はい。そしてできれば、すぐに体の自由を奪えるようなものがいいです」
「それだったら、狩りに使用している麻痺毒がいいかな。猪を一瞬で痺れさせるものがあるんだ。クローバーの自信作なんだよ。倉庫にしまってあるからさ、後で取ってくる」
「お願いします」
どこか誇らしげなサクの表情に、俺は少し頬が緩むのを感じていた。
その後も、クローバーの救出の方法と、人間たちをシェルターに封じ込める方法をサクと話し合った。
話し終えた後には日がだいぶ傾いていたため、この村で1日泊まることになった。
「部屋はアストマさんとコロンさんで分けたほうがいいかな?」
そう問われ俺はコロンを見る。
この村にお邪魔している身としては、なるべく迷惑をかけないように1部屋の方がいいのだろう。
だが、コロンは恐らく人間に酷い目に遭わされて心を閉ざしている。
そんな中で、元人間の俺と共に寝泊まりをするのは嫌だろう。
それに、大体こういうのは男女で部屋を分けるものだ。前世で読んだ小説に書いてあった。
「すみませんが、2部屋用意してもらってもいいですか?」
「もちろん構わないよ。それと、夕食はいつ頃にする?」
「そこまでしてもらうのは悪いです。食料がないんですよね? こっちには食料がありますから、お気遣いなく」
「本当に申し訳ないね」
「いえ。あ、そうだ。鍋を火にかけられるところを借りてもいいですか? コロンさんが料理をするのに」
「うん。それくらいでいいなら全然使ってもらって良いよ。本当に何にもないけど、自分の村だと思ってゆっくりしていって」
終始申し訳なさそうに頭を下げるサクに泊まる場所を教えてもらうと、俺たちは早速その部屋へと入っていった。
部屋の鍵を開け扉を開けると、真っ暗な空間が広がっていた。もう片方の手に持っていた蝋燭を部屋の中に入れると、ぼんやりとその部屋の形が浮かんでくる。
家の中で蠟燭を持つというのは不思議な気分だ。前世では明かりは電気だったから、室内で火というのに抵抗がある。うっかり落としてしまって火事、なんてならないように気を付けないといけない。
俺は部屋を少し進んだ先の、備え付けの蝋燭に火を灯していく。すると、パァッと部屋全体が明るく照らし出される。
わずかな風で蝋燭の火がゆらめき、火に灯さた部屋がゆらゆらと揺れたようになる。目がチカチカするが、それもまた風情というものだろうか。
肩にかけていた荷物を下ろし、傍のソファに腰掛ける。
窓の外は、蝋燭に照らされた木が紅葉のようにライトアップされ、窓が額縁のようになっていた。そこから蝋燭を持って行き来するエルフの姿が見える。
旅行で宿に泊まるのはこのような感覚なのだろうか。
深く腰掛けながらほっと息を吐き、しかしゆっくりしている場合ではないと思い出して立ち上がる。
これから、クローバーが捉えられている町、チリジンで使用する薬を受け取りに行かなければいけないのだ。
俺は部屋を出ると目的の場所へと向かった。
「アストマさん?」
「はい。あー。クロウさん?」
このクロウというエルフからチリジンで使用する麻痺毒を貰い、その使い方を説明してもらう。ということをサクと約束していた。
しかし、クロウ自身は毒の調合を行うのではなく、弓の扱いに長けているという。
なぜそんな彼女から毒の説明を受けるのか。それは彼女がクローバーと――
「ありがとうございます!」
急に彼女が頭をバッと90度下げる。それに伴って背中ほどの長さのストレートヘアが宙を遊んだ。
「クローバーを助けてくれると伺いました。クローバーは私の村一番の親友なんです。彼女は違うというかもしれませんけど、それでも大切な親友なんです。どうか、クローバーを救ってください!」
クローバーが連れ去られてからの思いが籠ったように、痛いほど苦しく、悲しみの滲んだ言葉が滝のように流れた。
「……もちろんです。そのためにも、あなたの持っている毒の協力が必要なんですが……」
「あ、そうですよね。すみません……」
慌てたように懐から小瓶をいくつか出すが、そのせいで手元が狂い。
「あっ」
「っ……!」
俺は瓶が地面に落ちる寸前で手を伸ばし、キャッチ――はできずに弾いてしまったものの、落下の衝撃は殺せたようで地面に落ちても割れることはなかった。
「す……すみません……」
「いえ。こんな状況で落ち着くのは難しいですよね。すぐそこに食事処を見つけたので、そこで話しませんか? 座って温かいお茶でも飲めば少しは落ち着くかと思います」
「はい……」
ずずず……と紅茶を啜り、クロウはほっと息をついた。
「この紅茶、村長が作ったんですよ。都会から茶葉の知識を仕入れて、この森で採れる葉で」
「あのサクさんがですか」
「クローバーに村長から詳しく聞かされたって、愚痴ついでに教えてもらったんですけど。なにやらこの森に含まれたたっぷりの水分を吸って出来たため、深いコクが出るらしいです」
「そうなんですか。……落ち着いたみたいでよかったです」
カタンとカップを置くと、懐から小瓶を取り出し。
「アストマさん。先ほどは小瓶を拾ってくれてありがとうございました。ですが、今後あのような危ないことはなさらないでください。割れなかったから良かったものの、中身が飛び散っていたら毒に触れていましたよ」
「いや……まあ、割れなかったから大丈夫ですよ」
「それに、さりげなく私と小瓶の間に入って庇ってくれましたよね?」
「……いえ、たまたまですよ」
「そんな謙遜なさらずに……。私がドジなせいで……本当にすみません」
このままだとまた先ほどのように頭を下げてしまいそうだったため、俺は本題へと話を持っていく。
「いえ。それよりもクローバーさんを救うための話をしましょう。えっと、毒を頂けるとのことでしたが」
問うと、クロウは側にあった小瓶を指先で撫でるように触れ。
「……この毒は撒くと空気中に溶けていきます。そしてその毒を吸ってしまった者は、肺から血液を通って全身に回り、倒れてしまいます。気絶してしまうのではなく、体全体が痺れたように動かなくなるそうです。かろうじて手や口は動かせるそうですが、完全に相手を無力化することができる、とクローバーは言っていました」
液体の毒では一人一人に飲ませる必要があるため、空気に溶けていく毒は使いやすい。それがシェルターという室内であれば尚更だ。
であれば、やはりシェルター内の換気をどうにかして使えないようにしなければならない。
「危険ですから、本当は村の人以外には教えないでとクローバーから言われていたのですけど、特別です」
「はい、俺もなるべくこの毒のことを漏らさないようにします」
クロウから小瓶をいくつか受け取り、俺は懐へとしまう。
「……ぁ」
その間に、話す前の息遣いのようなものが聞こえて顔を上げるが、ぱっと口を閉じてしまう。
俺が懐へしまったことに不満でもあったのかと思った。しかしクロウは自身の手をじっと見ていて、俺が閉まったことなど気にしていないような様子だった。
口を開いては閉じて、はぁと息をつく。それを何度か繰り返して、ようやく意を決したかのように大きく息を吸った。
「あの、今は村のみんなが覇気を無くしてしまって、話を聞いてくれる雰囲気では無くなってしまって……。少しだけでいいので私の話……聞いてもらえますか?」
「はい、もちろん良いですよ」
クローバーが居なくなって心が落ち着かないクロウも、話して気を紛れさせたいのだろう。
悩みを話し気が紛れるのは少しだけで、根本的解決にはならない。だが、明日に行動を起こす。その間だけの苦しみを紛らわせるというのは意味のあることだ。
「私……クロウとクローバーって名前が似ていますよね。それで仲良く――」
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