第23話 襲撃者によって

 何もかもが順調。仲間の一部には獣とやり合うよりも容易い、などと言っていた者もいた。

 その言葉は間違ってはいないのであろう。獣に比べて人は脆い。

 しかし、人は人の武器――高度な知性があるのだ。

 何もかもが順調だと思われていた戦闘は、相手の一手で急変する。

「きゃ……っ」

 その小さな悲鳴をきっかけに、戦場の時間が止まったかのようにぴたりと、全ての人物の動きが止まった。

「動くなよ? 少しでも動いたらこの女を殺すぜ」

「くそっ。卑怯だぞ……」

「卑怯? ならば、飛び道具を使ってくるお前らも卑怯だという事だ。いや、武器を使うことすら卑怯」

「なんだよそれ。なら、剣を持っているお前も卑怯だってことになるだろ」

「卑怯なんて、受け取った人、状況次第で変わる。ならば、卑怯だと糾弾することが間違っているのではないか?」

「訳の分からないことばかり言ってないで、その子を放せっ!」

「俺は交渉しに来たんだ。最初から言っているが、長と話をさせてくれれば問題ない。この騒ぎだ。長も出てきているだろう? 村民の危機に逃げ出せるわけないよな」

 この村全体に聞こえるように大声を上げる侵入者。

 と、サクの側にいた村民が小さく声を出す。

「サクは行く必要ないからな? 出ていったら相手の思うつぼだ」

「そうよ。サクは王子様みたいに守られていればいいの。私たちが何とかしてみせるから」

「う、うん。そうだね……戦闘はわからないし……」

 そう呟きながら、サクは地面を見つめる。

 怖いからと、血を見るのが嫌だからと、ここまで逃げてきた。その結果がこれだ。

 その代わりに財政面で努力してきたが、そんなものでは直接命を守れない。

 結局、命を守るのは力なのだ。

 と、耳に誰かの声が聞こえてくる。「卑怯だ……」と。

 それ自体は何度も聞いてきた言葉だった。

 しかしその言葉を聞いて、ポケットにしまっていたある物を思い出す。

 ――卑怯か。確かに、これは卑怯かもしれない。

 サクはそれを握りしめると、バッと顔を上げ駆け出す。

「さ、サクっ!? ちょっと、あなたが行っても……っ」

 引き留める声を無視し、陣を敷いていたエルフたちの間を通り抜けて、最前線へと姿を現す。

 エルフたちが何かを叫んでいるが、サク自身の鼓動が速まって聞こえない。

 サクの正面には、サクの伸長をゆうに超える大剣を携え、サクがすっぽりと入ってしまいそうな盾を腰の後ろに携えた人間の姿があった。

「お前がこの村の長か?」

「……うん、そうだよ。その子を離してあげてくれないかな? 怯えている」

「来たら離すなんて約束などしていないが……まあ、お前の勇気に免じて放してやるさ」

 放り投げるように手を放すと、女のエルフは地面にゴロゴロと投げ出される。

 膝を擦りむきじんわりと血が滲み、艶やかな髪や服に土埃がついてしまったエルフに、サクはぐっと歯噛みをして。

「……っ。それで、話って何かな?」

「うちの町ではちょっと食料が不足していてな。しかし、この村も見るかぎり規模も小さそうだし……そうだな、全ての食糧を出せよ。それに加えて、定期的に食糧をうちの町に提供してもらうぜ」

「……見返りは?」

「はぁ? こっちは食料さえ提供してくれれば生かしてやるって言ってんだ。はっきり言ってお前らエルフの存在は邪魔なんだよ。消されないだけありがたいと思いな」

「理解できないね」

「お前らだって、家に虫が巣くったら駆除するだろう? そんなものだよ」

「少なくとも僕たちは、虫が家に住んでいても駆除はしないね。立派な家族さ」

「……なるほど。やはり、お前らとは分かり合えないみたいだな。こっちはお前らも駆除して、食糧だけもらうってでもいいんだぜ?」

 その言葉に、サクは頭を働かせる。

 ――見た感じ、この襲撃者は近くの町のチリジンから来たのだろう。

 チリジンの町は、人口も武装もこの村を大きく上回っている。否定すればこの村は蹂躙されて、跡形も無くなってしまうだろう。

 だが、肯定すればどうなる?

 食料は全て奪われ村人は飢えていく一方で、結局は滅亡だ。

 ならば、村総出で逃げるしかない。

 旅に出ている妻、ミツに告げずに村を変えるのは心苦しいけれど、滅亡するよりはマシだ。

 とりあえずはこの襲撃者を退けて、チリジンの町からの援軍が来る前までに逃げよう。

 そう決断をすると、サクは何の前触れもなく駆け出す。

 ポケットに手を突っ込みガラスの手触りの小瓶を一つ取り出すと、驚いた顔をした襲撃者に向かって投げつけた。

 相手は咄嗟に剣を構えると、その瓶に狙いをつける。

 その構えをみて、サクは心の中で小さくガッツポーズをとった。

 このまま剣で小瓶を砕けば、中身に入っている毒が――

「む……?」

 小さく訝しげな声が聞こえたかと思うと、剣を持つ手とは反対の手を背に持っていき盾を取り出し。

 その盾に防がれた小瓶は、ガラスが砕ける音と共に液体を周囲に撒き散らし、地面の草をシュワシュワと溶かしていく。

「なんだ……? この毒は」

 サクが取り出した毒は、エルフの村の村長の家にしか伝えられない秘伝の薬。

 その材料である花はそれだけでも十分猛毒で、村の民なら全員知っているほどである。

 が、その抽出や調合方法は知られていない。

 その毒が入っている小瓶があと3つほど入っていることを、サクは手触りで確認する。

 しかし盾を出されてしまった以上、投擲の技術もないサクにはなす術が――

「戦場では、考える時間など与えられんぞ」

「……っ!」

 目では姿をとらえていたはずなのに、どうするかに気を取られて認識が遅れた。

 サクはただ振り下ろされる剣を見ていることしかできず――

「お父さんっ!」

 ガキンっ! と金属同士が叩き合い、サクの眼前で火花が咲き乱れる。

 弾かれた剣はサクの髪を掠め地面へと突き刺さり、剣の軌道を変えた物――矢は明後日の方向へと飛んでいった。

 しかしまだ油断はできない。サクの右手側に突き刺さっていた剣が、剣先をこちらに向けてきたのである。

 サクは咄嗟に毒が入ったポケットとは反対側の方へと手を突っ込むと、小瓶を投げつけた。

「至近距離で投げるとは誤ったな……!」

 襲撃者は口角を上げて目を見開くと、盾でそれをサクの方へと押し付けるようにして弾く。

 薄い氷の膜が割れるような脆い音が聞こえると、その破片とともに中の液体がサクへと降りかかる。

「っ……」

 破片のいくつかが体に刺さり顔をしかめながらも、サクは後退した。

「ちっ……毒じゃないのか……」

「うん。ただの香水さ」

 サクは1瓶丸ごとかかってしまった香水の香りに鼻を鳴らしながら、背後へと目をやる。

 そこには、目の色を変えて息を荒くしたサクの娘、クローバーの姿があった。

「お父さんっ。大丈夫?」

「うん。かすり傷だからね。それよりもクローバー。この襲撃者を倒してこの村を捨てるよ」

「……分かったよ。色々と言いたいけどさ、まずは倒さないとね」

「うん。この戦場の指揮を頼んでもいいかな? 今度は――殺しても構わない」

 本当は、こんなことを娘に言いたくなかった。だから、己の手で殺そうとした。たとえどんなに怖くても、娘に殺せなどと頼めるはずがない。

 だけど、そんな悠長なことを言える場合ではなかった。

「……分かったよ。ごめんね、そんな命令をさせちゃって……」

 クローバーは目をふせると小さく息をついて。

「みんな! ちょっとだけ力を貸して! どんな手段でも構わない! この村を守りきるよっ!」

「応! クローバーちゃんの頼みなら断れないぜ!」

「後でハンドクリーム作ってくれるなら、もっと頑張っちゃうわよ!」

「あ、あたしも欲しい!」

「うおおおおおっ! あのクローバーちゃんからの命令だ! ミスれねぇぞぉっ!」

 先ほどとは比べ物にならないほどの迫力に、サクは思わずクローバーを見やる。

「あはは……。嬉しいんだけど、ちょっと勢いすごすぎかな……」

「クローバー……こんなに慕われてたんだ。僕もちょっと驚いた。でも、これなら――」

 期待に瞳を輝かせながらサクは襲撃者に視線をやる。

 ――じーっとサクの隣。クローバーの方を見ていた。

 サクは、体の芯が震えるような寒さを、なぜだか感じた。

 と、不意に剣を下手に構え、土を抉るように持ち上げる。土埃が舞い襲撃者の姿が隠れ消えた。

 が、森が近い場所の土のため水分を多分に含み、すぐに視界は晴れる。そんな目くらまし程度、そう思ったのだが。

「えっ……」

 すぐ横から聞こえたクローバーの呟きは、襲撃者の姿が見えなくなったからか。

 否。

「お前がこの村の要か?」

「……っ」

 クローバーの喉元に剣を沿えられていたからである。

 両腕を掴んで背後に周り、勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべていた。

「クローバー!」

「武器を捨てて後退しろ」

 サクはクローバーに手を伸ばそうとしたが、襲撃者から背筋が凍るほどの声をかけられて動きを止める。

 サクの唯一の武器はポケットの毒だが、クローバーにかかってしまう可能性があるため使えない。

 どうクローバーを救おうかと考えているのは他のみんなも同じらしく、襲撃者の油断があればすぐに飛び掛かろうと、弓を放とうと睨んでいた。が。

「何をしている?」

「んっ……!」

 襲撃者は軽く剣を引いた。それだけでクローバーの首元に閉じられた瞼のように傷がつき、涙のように血が流れ落ちる。

「いたっ……く……ないっ! みんな! 私のことはどうでもいいから! 私ごとこの人をっ!」

「クローバーっ! 何を!?」

「……っ。早くっ」

 声を上げるごとに喉が動き、その度に当てられた刃が傷を抉っていく。

 痛みからか、額からは汗が流れ落ち呼吸も荒れていっていた。

 サクは拳を地面に叩きつけたい衝動に駆られる。

 クローバーを救う手段もない。傷つくのをただ見ていることしかできない。

 ――いや、一つ手段がある。襲撃者も言っていた。

「村長!?」

「クローバーちゃんを見捨てるってのか!?」

 ポケットの小瓶を全て掻き出し捨てる。割れて中身が足に飛び散り、チリチリと焼ける痛みを感じながら、サクは後退する。

「ほら、他のやつも武器を捨てろ。大事なクローバーとやらが傷つくぜ」

「くそっ……! なんなんだよ! 急に現れて村を襲って!」

 村の誰かが弓を地面に叩きつけながら叫ぶ。

 それに倣い、他の者も次々と地面に武器を捨てていく。

 その音を聞きながらサクは、本当にこれで良かったのかと、間違っているのではないか、取り返しのつかないことをしでかしたのではないかという焦燥感に襲われていた。

「さっきのエルフは駄目だったが、このクローバーは人質として優秀だな」

 ――止めて。これ以上クローバーの名を呼ばないで。

 襲撃者は剣を納めると、空いた手でクローバーの髪をサラサラと撫でつけながら。

「さて、交渉だ――」

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