第21話 エルフの村訪問
馬車に揺られること数日、ようやく1つの村が見えてきた。
生い茂った森と一体化した村は、深呼吸をすれば気持ちの良さそうな空気の美しさを感じさせた。
しかしその村の入り口に立つ門番は、先ほどの感覚を一変させるような覇気のない顔。
そしてその人物は、顔の左右にピンと伸びた長い耳をしていて、エルフであるということが伺える。
動きたくもないような様子だったが、それでも己の仕事を全うすべくか、村に入ろうとした俺たちの前に立ち塞がった。
「一昨日来ただろ……もうしばらく待ってくれ……。こっちはまだ狩りを始めたばかりで、蓄えはおろか俺たちの食べ物すらないんだぞ……」
が、頭の中で考えていた反応と違い、俺とコロンは顔を見合わせて首を傾げた。
――まあ、コロンはその後にバッと顔を俯かせてしまったが。
そんなコロンに代わり、俺は馬車から降りた。
葉が地面いっぱいに広がっていて、それが土に還っているせいか地面がふわふわとしている。
それに足を取られながらも俺は声をかけた。
「何を言っているんですか? 俺はただ……えっと、現状把握? に来ただけですけど」
「現状把握? 訳分かんないが、旅人か? なんでもいいから、帰ってくれ……。うちにはもてなせるようなものは持ち合わせていない」
「いえ……少し話を聞かせてくれればいいんですよ。このエルフの村が、人間の町に襲われていると聞きまして」
そう言うと、門番は訝しげに俺たちを見る。まるで、こちらを見定めているような感じで、俺の足元から頭までを矯めつ眇めつ眺めた。
「……はぁ。あのな……気持ちは嬉しいが、変な真似をするなよ? たった2人で、あからさまに戦闘慣れしていない雰囲気。ヒョロっとした体だし、武器らしいものも携帯していないじゃないか。そんな奴らに手出しされると、逆に迷惑なんだよ」
「……あー、一応半端な兵士には負けない、なんて言われたんですが……」
「あのな……その程度でたった2人だけ。すぐに殺されるだけだ。それに、あの町に俺たちエルフが反抗したと捉えられたらダメなんだ。うちらの誰かが殺される……っ。悪いがもう帰ってくれ。旅の補給なら近くに人間の町がある。そこにでも行ってくれ。人間なら入れるだろう」
「……そこは、この村を襲った奴らなんじゃないですか? そんなところに泊まるわけがない」
人間が蠢く場所で寝泊まりするなど、考えただけでも身体中を虫が這い回るような感じがする。
それに、人間に虐げられたコロンにもハードルが高いだろう。
と、門番が初めて僅かに口角を上げた。
「お前……ヒョロいが良いやつだな……」
「ヒョロい言わないでください」
「はは……。だがな、こんな良いやつを巻き込むわけにもいかない。もう、俺たちの村には関わるな」
「ですが……」
「いや、人間にもお前みたいなやつがいるって知れたことを、そして今出会えたことを、人生最期の幸運としよう」
そうして、どこかを見つめながら諦めたように乾いた笑い声を漏らす。
と、村の中から1人のエルフがこちらへ向かってくるのが見えた。
そちらに視線をやると、門番も釣られたようにそちらへと振り返り。
「そ、村長……」
「どうした? なにか、あったのかい?」
「いや、旅の者が来てな。どうやら、俺らが人間たちに襲撃を受けたことを聞いて助けに来てくれたって言うんだが」
「そうなんだ」
村長と呼ばれたエルフはその言葉とは裏腹に、人間でいうと10代半ばだろうかという、男か女か分からない中性的な容貌をしていた。エルフは長寿だというから実際の年齢は違うだろうが。
その村長は報告を聞いても、何一つ顔色を変えずにいた。
初めから、ずっと目に力がこもっていない。
「気持ちは嬉しいんだけど、ただの人間には敵わないと思うよ」
そう言いながら、やはり乾いた笑い声を上げる村長。
――ラファエルから説明を受けた際、エルフの村は俺たち人間を拒絶する可能性があると言われた。
そして、そんな時にはこうしろとも言われたのだ。
「ラファエルさんからの指示で来たんですけど」
「っ! ラファエルさんの?」
その人物名を聞いた途端に、まるで息を吹き返したかのように、瞼が大きく開かれた。
「村長? どうしたんだ?」
その様子に門番は訝しげにしていたが、それを無視して村長は言葉を続ける。
「ラファエルさんって、あの、翼をもった光翼族かい?」
「光翼族? コロンさん、ラファエルってそういう種族なのか?」
馬車の御者台に座っていたコロンに問うと、こくんと頷く。
「あの……挨拶の時にも……言って……ました……」
「ふむ……全く覚えていないが……」
まあいい。目を見開いてじっと言葉を待つ村長へと返す。
「えっと、そうみたいです」
「おお! まさかこの村に来てくれるとは思わなかったよ」
「そんなに有名なんですか?」
「そうだよ。彼は人間に虐げられた人々を救うために飛び回っているんだ。その話は聞いたことはないのかい?」
「えっと、本人からは……」
「そうかい。まあ、とにかく中に入って入って」
背後に回られ背中を押されながら、俺たちは村へと入っていった。
「大した、というか、何ももてなしができなくてすまないね」
客室のような場所に通され、俺とコロンの向かいに座る村長が、何も乗っていないテーブルを見て言う。
「いえ、人間から食料を奪われていて、この村の住民は食べるのがやっと、と聞いていますので。むしろ、今何か食べ物を出されていたらあなたを疑いますよ」
この部屋は質素で殺風景に見えるが、どうも初めからそうだったというわけではなさそうだった。
壁には元々、絵か何かが飾られていたのだろう。壁はくすんで茶色くなっている中、規則正しく四角い白が残っていて、かつて額縁があったであろうことが伺えた。
棚の上はただ埃がかぶっているだけだったが、恐らくは小物か何かがおいてあったのだろう。
しかし、1つだけ残っている物があった。それは、調度品とはとても呼べそうにないラクガキのような人物絵だった。
それが、壁に針で止められていたのだ。
「ああ、あれかい? 元々は1番豪華な額縁に飾られていたんだけど、奪われてしまって。幸い絵だけは残っていたから、この殺風景な部屋に飾ろうと思ってさ。どう? うちの娘の作品だよ」
「じゃあ、これはあなたですか?」
「うん、僕のだよ。この、前髪で目が隠れそうなところとかさ、似てるでしょ?」
「ええ……まあ、そうですね」
確かによく見ると、彼の特徴は押さえて描いているように見える。
額や眉が全く見えないくらい長く、目の少し上でまっすぐ切りそろえられている前髪。
肩にはつかない程度に全体がカットされていて、髪色は夜空に荘厳と輝く月のような白銀。それらが彼をさらに若く見せていた。
「自己紹介がまだだったね。初めまして、僕はこの村の村長をしている、サク。よろしくね」
「俺はアストマ、こっちはコロンです。よろしくお願いします」
言うと、隣に座ったコロンはぺこりと頭を下げる。
「早速だけど、この村の現状を話してもいいかな? 頼りきりになるのは申し訳ないけれど、望みの網は君らしかいないんだよ」
「ええ、よろしくお願いします」
「この村は――」
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