第20話 鍛冶と大食い

 俺は馬車に揺られながら、カプセルに身を預ける。

 御者台に乗ったコロンは、初めは肩がガチガチで操縦していたが、しばらく経つと何度かあくびをするほどに慣れた様子になっていた。

 俺はそれを見ながら、先ほどの行動を思い出す。

 集落で俺とコロンが囲まれた時。

 前世のこと、食事のことを聞かれた時。

 コロンがまるで小動物――シロのように見えた。

 頭を抱えて蹲った時、落ち込んで俯いた時、どうしてか焦燥感を覚え、その要因を取り払いたいと思っている自分がいる。

 もちろんコロンは俺の体を造ってくれたという、感謝してもしきれない思いがある。

 だが、俺たちが集落で囲まれ護ろうとした時はまだそれを知らず、前世の人間とは少し違うくらいにしか思っていなかったはずだ。

「これは……そうだな……」

 強いて言えば、シロを護りたいと思った感覚と同じ気がする。

 コロンが震えている姿が、シロと被るのだ。

 ふと、コロンがシロの生まれ変わりかもしれないと言う考えが頭をよぎった。が、どう考えてもコロンが今生まれたばかりの人間には見えない。時系列的に考えればおかしい。

 まあ、異世界に飛んでいる時点で時系列が当てはまるかは疑問だが。

「人と関わると、いろいろなことを考えなければならないな……」



 炎がゆらゆら天へと手を伸ばし、夜の影を落とした周囲の木々や葉を明滅させる。

 小枝がパチパチと音を立てる中、俺とコロンは焚き火を挟んで座り込んでいた。

 その炎に照らされたコロンは干し肉とパンを手にし、動きを止めている。

「……うぅ……しょ……っぱい……硬い……です……」

「肉とパンを一緒に煮ればいいんじゃないか? ……いや、鍋がないか……」

「……! そうします」

 なるほど、とばかりに目を開いて立ち上がるコロン。

 光源がすぐそばにあるせいだろうか。明るく照らし出されたコロンの顔に、マイナスな感情を除いて、初めて大きな感情の動きを見た気がした。

 俺は少し頬が緩むのを感じながら、馬車へと小走りで向かっていったコロンに声をかける。

「コロンさん? 鍋を持ってきていたのか?」

「いえ……あの。作ります」

「作る? ここでか?」

 コロンは俺の体を造れるほどの鍛治スキルの持ち主だが、こんなところで出来るものなのだろうか。

 そう考えていると、コロンが鞄を抱えながら馬車から出てくる。

 その鞄を開き、顔を突っ込んでしまうのではないかという勢いで覗き込むと。

「……ありました」

 掌に収まるか収まらないか程度の金属らしき塊と、鎚のような鍛治道具を取り出した。

 そして金属らしき塊を焚き火に放り込むと、そばにしゃがみ込みじーっと眺める。

「コロンさん、俺も何か手伝おうか?」

「……じゃあ……あ、いえ……大丈夫です……」

「……ほら、この手も直してもらっただろう? そのお礼のようなものだ。気にするな」

 そう言いながら、オーガのビリーにボロボロにされた手を見せてみる。釘の棍棒で開いてしまった穴は完全に塞がっていて、元の手と遜色ない程になっていた。

「えと……では……あの、お願いします……」

 遠慮がちに、呟くような声で俺にそう頭を下げると。

「ん?」

 おずおずと、しかしがっちりと俺の手を取った。



 カーン、カーンと、金属を叩く音が森に溶けていく。

 焚き火で熱された銅は夕日のような色になり、塊だった銅がだんだんと鍋の形を呈していく。

 俺は、コロンが金槌を打ち付ける度に生じる衝撃を受け止めていた。

「しかし……俺の体ってこんな感じになってたんだな……」

 そう呟きながら、自身の手を見る。

 その手は、およそ人の手とは呼べそうにない程になっていた。

 鈍色に光沢し、また焚き火を反射し赤に染まるその手。

 つまり、金属である。

 手の形を模した金属。それが、俺の手だ。

 コロンは銅の鍋を作る際に、金床が必要だと言った。だが金床や、鍛治に耐えられそうな金床の代わりになるものは、野宿している場所には無い。

 そこでコロンは、俺の手を金床がわりに使用したのだ。

 普段、俺の手は人と同じく人工的な皮膚があり、見た目でも触っても人のそれと大差はない。

 だがその人工的に出来た皮膚を剥ぐと、金属の手が姿を見せるのだ。

 その金属の手の上で、コロンは鍛治を始めていた。

「あの……動かない……で……ください……」

「あ、ああ、すまないな」

 コロンは鍛治を何年もやっていたという。そのいつものことをやっているためか、少しだけ己を出せているような感じがした。

 鍛治で下を向いているため目元が髪で隠れている。その隙間から覗く眼はいつもよりも大きく開かれ、活力が満ちているようだった。

 今まで――と言えるほど共に過ごした時間は少ないが――は怯えた姿など、どこか脆さを感じることが多かった。

 しかし、金槌を振るわれる度に滴る汗がコロンを少し健康的に見せている。

 銅の塊を打ち付けること数十分。

 打ち付ける間隔と強さがだんだんと小刻みになっていき、やがて――

「ふう……終わりました」

 額の汗を拭い、満足げに少し胸を張るコロン。

 俺の手には、店で売っている鍋と遜色ない程の、美しい曲線を描いた鍋が乗っていた。

「凄いな……。少しずつ鍋の形になっていくのが面白かったし、コロンさんの腕前も見られてよかった」

「……っ。い……いえ……。あの、手を貸してもらって……ありがとう……ございます……」

 俺が声をかけると、鍛治が終わったからかいつものように戻り、俯いてそそくさと鍛治道具を片付けてしまった。

「じゃあこの鍋、水で洗ってくる。まだ熱いだろうからな」

「あっ……でも、悪いです……」

「いや、構わない。目の前で鍛治という面白いものも見られたしな」

「……えと……じゃあ、お願い……します……」

「ああ」

 ぺこりと頭を下げるコロンを尻目に、俺は近くの水場へと歩いて行った。



 カプセルから出ると、森の隙間から朝焼けの朱が射していた。

 自身の魔力充電のためにカプセルに入ったのだが、コロンの言ったとおり寝るのと同じ感覚だった。

 カプセルに入るとしばらくして意識がぷつりと消え、目が覚めると今になっていたのだ。

 何をするでもなく、俺はぼーっと外の景色を眺める。

 ――目覚めての全身の軋むような痛み。これから始まる一日という真っ暗な地獄。

 それが、この世界では存在しない。

 木々は風に優しく揺れ、少し青々とした雰囲気が漂っている。

 おそらく、少し肌寒いような澄んだ空気なのだろう。

 と、窓の外を蝶のような生き物が飛んでいき、俺はそれを追いかけるように立ち上がる。

 が、馬車を出るとその蝶を見失ってしまった。

 その代わりに見張りをしていた、手を口にあてて欠伸を隠す仕草をするコロンと目が合う。

「あ……おはよう……ございます」

「あ……おはようございます」

 不意の言葉に、心臓がギュッとなった感覚を覚え、反射的に頭を下げる。

 そんな反応をした俺の言葉に、コロンは首を傾げた。

「? どうしたん……ですか?」

「……ああ、いや。目覚めてすぐだから少し混乱していたのかもしれない」

 そうだ。ここは前世とは違う。過度に怯える必要はない。

 それに、俺には心臓などない。今ギュッと感じたものは錯覚だ。

「すまないな。改めて、おはよう」

「い、いえ……大丈夫です……」

 そう言いながら、昨日の夜に作った鍋をかき回すコロン。

 銅の鍋の中には干し肉と山菜の入ったスープが、ふつふつと沸騰していた。

 それを火からおろして地面に置き、懐からパンを取り出し浸して食べ始めた。

 それにしてもよく食べるな……

 昨日鍋を食べていた時も思っていたが、コロンは鍛治で体力仕事をしているからだろうか。

 パン2つに肉と山菜のスープをパクパクと消費していく様は見ていて楽しい。

 この小さな体のどこに入っているのだろうか。体の大きさ的には前世の俺と変わらないほどだと思うのだが。

「そんなに食べて大丈夫か? 動けなくならないか?」

「え……。普通だと、思います、けど……」

「む。普段からそんなにたくさん食べているのか……」

「たくさん……でしょうか」

 コロンが首を傾げながら最後のパンを口に放り込み、あっという間にコロンの食事は終了した。

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