第19話 機械の体

 ラファエルから矯正の内容を聞き、俺とコロンは家を後にした。

 エルフの村が人間の被害に遭っているようで、エルフを救い、人間に二度と同じことをさせないようにすることが、今回の女神の依頼だという。

 早速エルフの村に行き、状況を把握するということになったのだが。

「まずは、コロンさんの食料をもらってこないとな」

「……ぁい……。あの、すみま……ん。わたしの……ため……に……」

「いや、かまわない。お腹がすくとやる気は出ないからな」

 そうして1分ほど歩くと突如。

「人間が何のようだっ! 失せろ! ここにはお前らにやるもんはねぇぞ!」

 釘を何本も打ちつけた、人の体より1回り2回りも大きい棍棒を易々と持ち上げ威嚇する人物が、目的の食糧がある倉庫の前に立っていた。

 その人物は頭に一本の角を生やしており、見上げるほど高い身長も相まって、小説で読んだオーガを連想させた。

 この人物も、人間に酷い目に遭ったのだろうか。

「すみません、2、3日分の食料を分けて欲しいんですけど」

「だから、お前らにやるもんはねぇぞ! 消えろ!」

「……コロンさんの分だけでいいので、お願いします」

 怯えた様子で服をギュッと掴むコロンを指しながら俺が言うが。

「……最後の警告だ。消えろ! じゃねぇと、どうなってもしらねぇぞ……!」

「お腹を空かせる苦しみ……わかりませんか? このままだと、コロンがお腹を空かせてしまいます。1日だ――」

「――死ね……!」

「アストマさん……っ」

 小さな呟きが聞こえたかと思うと、錆びた釘がひしめく棍棒が、視界を覆い尽くす。

 俺は反射的に頭を守ろうと片手を上げ――

 ガキンッ!

 鉄と鉄を激しく打ちつけたような音が響き、上からの押しつけられた重みで足が地面に食い込んだ。

「な……っ!」

 その重みが解かれ晴れた視界から、目を丸くしたオーガが声を上げていた。

 棍棒を受け止めた手を見てみると。

「うわ……グロいな……」

 手の甲が穴だらけでボロボロになっていた。その穴からは金属の光沢が覗き、その痛みも感じない体も相まって、改めて自身の体が機械でできているのだと実感させられる。

 自身の手をまじまじと見つめていると。

「何だ? 来ないのか? あぁ!?」

 先程よりも距離を取り、体を低くして棍棒を構えるオーガが、こちらを睨みつけていた。

「いえ……ただ俺は食料をもらいにきただけですから。このままだとコロンさんは飢えに苦しむかもしれません」

「ふざけるな! そんな嘘見え見えなんだよ!」

「嘘……?」

「ああ。そうやって同情を誘って奪っていきやがるんだ、人間って奴は……! クソッ! 俺はもう騙されない! 間違わないぞっ!」

「……」

 このオーガも人間に虐げられたのだろう。歯を食いしばり棍棒を握る手を強める様子から、後悔や怒りがうかがえた。

 と、棍棒を地面に突き立てて大きく息を吸い込んだかと思うと。

「敵襲! 敵襲――!」

「ちょっ……」

 その声に応じて集落に点在する家屋から、剣や槍、弓など武装した人影が姿を現した。

 身長が俺の腰ほどしかなかったり、ウサギらしき耳を生やしていたりと種族はバラバラだったが、連携は取れていたようですぐさま俺たちを取り囲む。

「……い……ゃ……」

 と、武具の擦れる音や足音に紛れ、微かな声が聞こえた。

 振り向くと、しゃがみ込み頭を守るようにして蹲るコロンの姿があった。

「……や……めて……く……だ……」

 それを見て、心にざわざわとしたものが蔓延る。

 それは、前世でも一度だけ感じた感覚。

 シロが、佐藤たちに殺されてしまった時と似た感情。

 …………


 ――どこまでやってしまってかまわない?

 感情に突き動かされるように、欲望が手を覗かせる。

 ――おそらくきっちりとした法もない。前世よりも遥かに自由な世界だ。

 そもそも俺らは何もしていない。

 はじめに手を出したのはあのオーガだ。

 コロンを守るように位置を変え、硬く拳を握る。

 ――ならば、悪いのはオーガであり、俺がいくらやっても何も問題はない。

 殺したところで、正当防衛だと言い張れば――

「アストマさん? 何をやっているのですかな?」

「っ……! ラファエルさん……」

 怪訝そうな顔をし槍を携えたラファエルが、家の扉を開けて出てきていた。


 

「改めて、うちのビリーさんが失礼しました。では、確かに食料3日分、お渡しいたしましたぞ」

 倉庫の中でパンやら干し肉やらを袋に詰めていたラファエルは、振り返ると頭を下げてそういった。

「いえ、あの人も思うところがあったのだと思いますし」

「そう言っていただけると助かります」

 倉庫を出ると、ビリーと呼ばれたオーガのような男が不満げにこちらを睨みつけていたが、ラファエルが小さく「これ」と嗜めると、渋々と言った感じでため息をつき視線を逸らした。

「ビリーさんの攻撃を耐えたとなれば、半端な兵士では相手にならないでしょう。さすがはコロンさんですね。その損傷した部分も、その程度でしたらすぐに直せるでしょう」

「コロンさん? 何か関係があるんですか?」

「まだ言っていなかったのですか、コロンさん」

「……」

 遠慮がちにこくんと頷くコロンを見て。

「まさか、この体はコロンさんが作ってくれたのか?」

「……っ……っ……」

 恥ずかしいのか、先ほどよりも小刻みに首を縦に振るコロン。

「彼女はドワーフの元で何年か学んだようで、ドワーフ顔負けの鍛治技術をお持ちです」

「そう……だったのか……」

 この体は……コロンが……

 と、ラファエルは「改めて」と喉を鳴らし。

「すみませんが、エルフの村を救ってください。お願いする立場で申し訳ないですが、一刻も早く、苦しみから解き放っていただきたい」

「……ええ、もちろんです」

 ラファエルは、「では」と一言告げると元いた家へと戻っていった。

 と、不意に裾をくいくいと引っ張られる。

「ん? どうした? コロンさん」

「……えと……あの……。守って……くれて……ありがと……ございます……」

「守る?」

「……囲まれた……と……きに……です」

 思わず、コロンの顔をまじまじと見る。

 確かに守ろうとしたが、それと同時にあのオーガ、ビリーを殺そうとしたことまでもバレてしまったのではないかという恐れが、俺の頭を駆け巡った。ならば、人間に虐げられたという意味で同胞の、仲間を殺そうとした俺を恐れているか、疑念やそれに近い何かを感じているのではないか。

 が、安心したようなコロンの顔を見て、その考えは消え失せた。

「いや、俺の方こそありがたい。この体を作ってくれたんだろう?」

「……えと……はい」

「俺はな、なんというか……痛いのが嫌なんだ」

 痛みは親に、クラスメイトに虐待されていた時にずっと感じていた、前世を圧倒的に占めていた感覚。

 それが無くなって、長年縛り付けられていた鎖から解き放たれたような気持ちになった。

 それをもたらしてくれたのは、コロンなのだ。

「だから、コロンさん。本当にありがとう」

 俺はコロンに向き直り、頭を下げた。

「……っ。い、いえ……そんな……です」

 頭を下げていたため姿は見えなかったけど、コロンの影がわたわたと動き、顔を隠すように俯いていた。



 移動手段には馬車を使うとのことで、俺たちが使用する馬車に辿り着くと。

「……なんだ? これ……」

 馬車はドーム型の天蓋がついていて、雨風をある程度防いでくれそうな様相。

 そしてその中に、人が一人入れそうな大きさの卵形の物体があり、馬車のほとんどを占めていた。

 と、不意に思い出す。

 これは、俺がこの世界で目覚めた部屋にあったものだ。

「どうして……これがこんなところに?」

 思わず呟くと、コロンが馬車に歩みを進めながら。

「……えと……アストマ……さんの、です」

 慣れないのか恥ずかしいのか、俺の名前を呼ぶときに少し俯いた。

「俺の?」

「はい。……あの、……アストマさんの体は、魔力で……動いているんです。それを……充填するための……装置……です」

 充電器みたいなものか。……いや、それより。

「魔力とはなんだ?」

「……? えと……魔力は……魔力……ですよ?」

「……」

 まあ、前世でファンタジー小説を読んでいたこともあるし、概要はなんとなくわかる。

 そもそも前世でだって、使用していた電気が何かなんて考えたこともなかったからな。

「……魔力切れを起こすと……動けなくなります。……ですから、人が寝る時と同じ感じで……1日6時間くらい……ここに入ってください」

「なるほど……わかった。あ、手伝うぞ」

 コロンが俺が入っていた物体、カプセルを馬車に固定しようとしていたため声をかけた。

「ありがとうございます……。あ、あの、アストマさんは……馬車、操縦できますか?」

「あー。悪いが無理だ。馬にも乗ったことはない。だから、申し訳ないが馬車の操縦を頼めるか?」

「あ……はい。大丈夫ですよ」

「申し訳ないな……」

「い……いえ……私には……これくらいしか……できない……です……」

「いや、全くそんなことはないぞ」

 呟くコロンの肩に手を置いて。

「この体を作ってくれたのはコロンさんだろう? さっきも言ったが、痛みを感じないこの体はとても生きやすい」

「でも……味も感じないです……」

 コロンは食料が入った袋を見つめて呟くが。

「ふん。そんなものは不要だ」

「え?」

「味をするものなど食べた記憶はほとんどない。むしろ、不味いものを食わされたこともあったくらいだ」

「……っ。そうなん……ですか……。あの……ごめん……なさい……変なこと、聞いて……」

「……いや、構わない」

 本当は前世を思い出して、少し胸の奥がチリチリと焼けたような感覚を覚えていた。

 だが。

「こんな風に話すのも新鮮だ。……なんだ、人間と話すのも、まあまあなもんだな」

 もっとも、コロンとだからであって、前世の人間と話すのはまっぴらごめんだが。

 そう付け加えたのだが、コロンはまだ自身の発言に俯いてしまっていた。

「……」

「あー。コロンさん?」

「……はい……。ごめんなさい……」

「えーっとだな。俺は馬車の操縦が出来ないから、改めてお願いしていいか? この世界に来たばっかりで、頼めるのはコロンさんしかいないからな」

 言うと、コロンは俯いていた顔を僅かに上げて、潤んだ瞳でこちらを見上げると、安心したように微笑んだ。

「……はい、頑張ります」

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