第43話 タキヒコ達、教会と敵対する①
「見回りの途中で魔物の気配を感じて駆けつけたのだが……おお、何ということか! この店では魔物を使役しているというのだな!」
牧師のような恰好をした男はそう口にすると、懐からロザリオのようなものを取り出し、ワシらに向けて振りかざす。
ワシはあっけにとられながらそれを眺めておったのじゃが、服の裾を引っ張られる感覚にふと我に返る。
引っ張られた方へ振り向くと、レイチェルがこっそりとワシに耳打ちしてきた。
「あの方、教会の司祭様です。魔物というのも、たぶんお母さんのことを言っているのかと……」
「なんじゃと! ヒサコさんのことを魔物呼ばわりするとは……許せんぞ……!」
「今は抑えて下さい、お父さん。街中で教会の人たちと争ったとなれば、大変なことになってしまいます」
怒鳴り返そうとしたワシじゃが、レイチェルの言葉に何とか踏みとどまる。
その間も男は喧しく喚きたてており、店の周囲に人だかりができつつある。
「ええい、女神アルテルミナ様の加護の下、この邪教徒らに裁きを下したまえ!」
男はロザリオのようなものを振り回しつつ、ワシらを順に指さしていく。
それだけで何も起きることはないが、さすがに気分の良いものではない。
「すまんが、何か勘違いをしておらんかのう? ワシらはそのアルテルミナ様を害すようなことはしておらんし、魔物を使役しておるというのもそちらの――」
「邪教徒ごときが女神様の名を口にするな! 魔物がいるということ自体が穢れを呼び込むのだ!」
「じゃから、それは誤解であって、それを今から――」
「黙れ黙れ! 邪教徒であるお前たちの言葉に耳を貸すとでも思っているのか! これより神罰を代行する、覚悟せよ!」
駄目じゃ、まるで話にならん。
こちらの話を聞こうともせんし、言っておることも自分たちが正義であり、それがすべてであると妄信しておるような内容じゃ。
こういった輩に何を言ったところで焼け石に水じゃし、かといって手を出せば問題になる。
はてさて、どう穏便に片付けたものかとワシが思い悩んでおったところで、男の前に小さな影が躍り出た。
「おかーさんのこと、魔物なんて言わないで!」
「怖い魔物なんかじゃないもん! ちゃんとよく見て!」
いつの間にか、アイリとカイリがヒサコさんを連れて男の傍に近づいておった。
二人は両手でヒサコさんを掲げ、男に対して訴えかけるが……。
「なんと嘆かわしい、魔物に魅入られているのか! ええい、近くに寄るな!」
「「痛い――っ!」」
男は大きく腕を振り回し、アイリとカイリを振り払う。
その衝撃で二人は腕に抱いたヒサコさん諸共、机に向けて倒れこむ。
幸い、ヒサコさんがとっさに二人を庇ったようで怪我はしておらんようじゃが……そうか、お前たちはそういうことをする連中なのか。
怒りで目の前が真っ赤に染まるような感覚の中、ワシが【空間収納】から金属バットを取り出そうとしたその時――。
「さっきから黙って聞いておれば……お前、あたしを貶すだけならまだしも、娘たちに手を上げたな……? それで司祭じゃと? 冗談も大概にせんかい」
聞こえてきたのはヒサコさんの声じゃ。
あまりに静かな声が、まるで辺り一帯が凍り付いたのかと錯覚してしまうほどの寒気を感じさせる。
男も何か異様な雰囲気を感じ取ったのか、視線をヒサコさんから離そうとしない。
「お前さん、あたしの家族を『邪教徒』呼ばわりしたのう。まずは、その訳を聞かせてもらおうか?」
「う、うるさい! いくら人語を話そうと、スライムがこの場にいること自体が罪なのだ! 魔物は所詮魔物、それ自体が穢れなのだ!」
「ほう。それで、スライムが店に居ついているから、店の者は皆『邪教徒』だと。そう言いたいんじゃな?」
「はは、何だ分かっているじゃないか! そうだ、魔物を擁する者、魔物を崇拝する者、それらを庇う者もまた邪教徒である!」
「おやまあ。その理屈で行くと、この街の者は大半がお前さんの言う『邪教徒』とやらになってしまうのう」
「何だと? どういうことだ!」
「あたしたちはこれまでに何度か炊き出しも行っていての? 大したものではないが、皆感謝してくれておったよ。お前さんの理屈で行くと、魔物に感謝する物は『邪教徒』ということじゃからのう」
ヒサコさんの言葉に、男は顔を真っ赤にしてまくしたてる。
「屁理屈を! 第一、私は炊き出しの許可など出した覚えはない! 食事を餌に街の者たちを懐柔しようなど、不届きな魔物め!」
「おや、おかしいのう? 冒険者ギルドのマスターさんが言うには、『用意が出来るなら炊き出しは自由にしていい』とは教会の者が語ったことだそうじゃよ?」
「それはあくまで人間に対しての言葉だ! 魔物の用意する食事など、想像するだけで怖気が走るわ!」
「では、街の者はどれだけ飢えていようと、あたしたちの作った食事を食べてはいけないということか。アルテルミナ様も随分と酷なことを仰るものじゃのう」
「魔物風情が女神の名を口にするな! もはや問答は無用、成敗してくれる!」
とうとうしびれを切らしたのか、男はヒサコさんを指さしてロザリオのようなものを掲げた。
そこに集まった光はヒサコさんに向かって放たれ、その身を貫いたのじゃが……。
「この光がどうかしたんかい? あたしは痛くも痒くもないんじゃが?」
「そ、そんな……神の御威光が効かないなんて……!」
「女神様はあたしを傷つけるつもりはないそうじゃよ。それが聞こえんとは、お前さんの信仰もいい加減なもんじゃな」
「魔物が一体何を……!」
「黙らっしゃい! 女神様の威光を傘に好き勝手振舞う悪党が! お前に司祭の資格はない!」
ヒサコさんが叫ぶと同時、ロザリオのようなものが赤熱し、男は悲鳴を上げて尻もちをつく。
その前に歩み出たヒサコさんは男を睨みつけ、ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「良いか? あたしのことを魔物と言って忌み嫌うのは好きにせい。じゃがな、娘たちや街の者まで巻き込もうとするのは止めんしゃい? お前さん、じきに神罰が下るぞ?」
言い終わると同時にロザリオのようなものは砕け散り、男は泡を食ったようにして逃げていった。
ヒサコさんはそれを見て一言、ぽつりとつぶやいたのじゃ。
「この程度で済ますと思うなよ……? あたしの目の前で娘たちに手を上げたんじゃからな? ただでは済まさんぞ……!」
怒りに燃えるヒサコさんは、もう誰にも止められんじゃろう。
ワシも止めるつもりは毛頭ないし、教会の連中には少々痛い目を見てもらうとしようかのう――。
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