第42話 タキヒコ達、ガジュからダンジョン講座を受ける

 ――スギが家族の一員となって3日が過ぎた。

 初日こそ遠慮がちだったスギも、この家の暮らしに少しずつ慣れてきたらしく、積極的にワシらの手伝いを申し出てくれるようになった。

 特に料理関係への興味が強かったらしく、せっかくならうどん屋で厨房の手伝いをしてみないかと誘ってみたところ、嬉しそうに頷いたのじゃった。

 それならばと、ワシは調理場に立つために必要な知識を伝え、制服を用意してやる。

 揃いの衣装に袖を通したスギは、少し気恥しそうにしながらも満面の笑みを浮かべておった。



「どうかな、こんな服を着るのは初めてだけど、おかしなところはないかな?」

「よう似合っておるよ。お前さんは色黒じゃから、厨房用の白い衣装が映えるのう」

「へへ、そう言ってくれると嬉しいな。それじゃあ、道具を並べておくよ」



 機嫌よさげな表情を浮かべ、手際よく調理道具を並べていくスギ。

 我が家に来るまでは埃などで隠されてしまっておったのじゃが、彼は浅黒い肌に綺麗な緑の髪色をしておる。

 家へと連れてきたその日の夜に風呂で体の汚れを落としてやると、意外な見栄えの良さに娘たちからも好評を得ておった。

 本人はくすぐったそうにしておったが、時には可愛がられるのもまたよかろうて。

 ――と、感慨にふけっておる間に開店の準備が整ったようじゃ。



「それじゃあ、今日も張り切って営業開始じゃ! 皆、よろしゅう頼むぞい」



 ワシの呼びかけに、子どもたちとヒサコさんの元気な声が返ってくる。

 暖簾をかけに店の外に出ると、開店を待っていたのか数人の冒険者が集まっておった。

 店に入るように手招くと、それぞれがワシに一声かけてから店に入っていく。



「お、久しぶりに来てみたがメニューに新しいうどんが増えているじゃないか」

「ああ、お前は暫くダンジョンに潜っていたんだったか。どれも旨かったし、うどんセットも悪くなかったぞ」

「そいつは楽しみだな……熱や冷気に耐性がつくうどんもあるし、食い貯めが出来りゃあいいんだがなぁ……」

「残念だが、それはあきらめるしかないな。とにかく今日は好きなのを食べておけよ」

「そうするか。それじゃあ今日は……」



 なるほど、ダンジョンの中にも暑い場所や寒い場所があるらしい。

 ……今更にはなるが、ワシはこの『ダンジョン』というものについて知らなさすぎるのかもしれんのう。

 この街が交配する原因となった『スタンピード』も、大本を辿ればダンジョンが原因ということじゃったし、どこかでしっかり学んでおかねばいかん。

 となれば、それについて詳しい者……冒険者に教えを請うのが良いじゃろうな。

 ワシは今聞いた話を頭の隅に置きつつうどん屋の営業を続け、その日の夜――。



「それじゃあ、ガジュ先生のダンジョン講座、始めるっすよー」

「よろしゅう頼むぞい、先生」

「やっぱり、俺が先生だなんて少し照れ臭いっす。まあ、頼まれたからにはしっかり教えるっすよ!」



 ワシは家にガジュ君を招き、ダンジョンについて教えてもらうことにした。

 隣にはヒサコさんが座っており、ファビリアとスギも興味を持ったのか同席しておる。



「まず、ダンジョンとは何かってことから始めるっす」

「そんなの、俺でも知ってるよ。魔物が集まっている場所だろ?」

「大体はその通りっす。正確には魔物たちが集まっていて、『魔素の吹き溜まりになっている』場所をダンジョンと呼んでいるっすね」

「ガジュ兄ちゃん、『魔素の吹き溜まり』ってどういうことだ?」

「それはっすね――」



 曰く、洞窟や廃墟となった建物、森の一部などには地形等の影響で魔素の溜まりやすい場所ができるらしい。

 そこを魔物たちが根城にすると、魔素の影響で魔物たちが活性化し、一般人では手が出せなくなる。

 手をこまねいているうちにも魔素は溜まり続け、魔物は強くなり続ける上に、その領域も広がっていくということじゃった。



「ただ魔物が集まっているだけなら、何の問題もないっす。けど、ダンジョンができちまうと話が変わるんすよ」

「具体的には、何が問題になるんじゃ? スタンピードの恐れがあるということは知っておるのじゃが……」

「人が住んでいる場所の近くだと、それが一番の問題っすね。けど、他にも問題になることがあって――」



 なんでも、過去にはダンジョンが広がって街道を塞いでしまったり、洞窟のダンジョンが鉱山とつながってしまうような例もあったらしい。

 そして、それ以上広がることができなくなったダンジョンからは魔物が溢れ、スタンピードが発生してしまうと……。

 そういった事態を防ぐため、ダンジョンが大きくなりすぎないうちに討伐隊が編成され、魔素を散らしに行くのだとガジュ君は語ってくれた。



「あとは住みついた魔物の好みで環境が変わることもあるっす。俺が行った中で最悪だったのは、洞窟の中一面がぬめぬめした粘液に覆われていた場所っすね……」

「うげ……それは私も遠慮願いたいわ。そこはしっかり潰してきたんでしょうね?」

「勿論っす。ちゃんと主も倒したし、魔素結晶も回収してきたっすよ」

「魔素結晶? 何かで聞いた名前ね……」

「ウズミルに替わる前の領主が集めさせていた石っす。ダンジョン内でも特に魔素が濃い場所にできる、魔素の結晶っすね」



 高濃度の魔素が凝縮されて結晶化することで生まれる魔素結晶は、精製されたダンジョンによって色合いが変わる等の特性を持つらしい。

 その希少さと美しさで、主に貴族たちに対して高値で売れたとか……。



「結晶欲しさにダンジョンへの立ち入りを制限して、結果スタンピードを起こしちまったんだから、前の領主も救いようがないっす……」

「反論の余地はないのう……それで、前の領主はどうなったんじゃ?」

「勿論、王都に連れていかれて罰を受けたっす。後々、魔素結晶のためにダンジョンを放置することは重罪ってことになって、今は冒険者ギルドがダンジョンを管理してるっす」

「なるほどね……もう、領主って生物は皆自分のことばっかりなの? いい加減にして欲しいわ!」

「次の領主には、少しでもまともな人が就くことを期待するっす……」



 ファビリアが憤り、ガジュ君がため息を吐くのも無理はあるまい。

 聞いたとおりであれば、自分たちの生活を私利私欲のために壊されたということなのじゃから。

 ワシらは何とか彼女をなだめると、夜がふけるまでガジュ君のダンジョン講義に耳を傾けるのじゃった。

 そして翌朝、我が家で一晩を過ごしたガジュ君を見送ったワシらはうどん屋の開店準備をしていたのじゃが……。



「おお、何たることか! 邪教徒がこんなところで店を開いているなど!」



 新たな厄介事が、向こうからやってきたのじゃ――。




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