第40話 タキヒコ夫妻、新しい家族を迎える①
扉の奥から聞こえてきた声には覚えがある。
領主の屋敷でワシらが声をかけた子の声じゃ。
「アリシアさん、この子は……」
「察しの通り、領主の屋敷から助け出された子の一人だ。最初こそ協力的だったんだが、家のことを聞いてからはあの様子でな……」
「家に何か問題があるのかもしれんのう。そこについては聞いてみたのかね?」
「聞こうにも、俺や他の冒険者が部屋に入ることすら許してくれねえ。呼びかけるだけで今みたいな反応になるし、正直に言ってお手上げの状態だ」
アリシアさんが言うには、扉の前に置いた食事などは受け取ってくれているらしい。
それでも、近くに人がいるときは一切外に出ようとせず、誰もいないときにこっそりと出入りしているのだという。
ひょっとすると、家のことを話せばそこに帰らされてしまうと恐れているのかもしれんのう……。
なんにせよ、ここはワシらの出番ということじゃ。
ワシはアリシアさんに向けて無言で頷くと、扉の向こうにいる少年に向けて声をかけた。
「――坊主、久しぶりじゃな。ワシのことは覚えておるか?」
「しつこいぞ! そんなこと……え、その声はまさか、あの時助けに来てくれた兄ちゃんか?」
「うむ。話を聞きに来たんじゃが、中に入れてもらうことはできんかのう?」
「……俺の話を聞くって、その後はどうせ家に帰そうとするんだろ! 言っておくが、俺は絶対に帰らないからな!」
「安心せい。誓って、無理やり連れ帰るなんて真似はさせんわい。何なら、中に入らんでこのまま話すのでもいいぞ?」
そう言葉にしてから暫くの間、ワシらの間で沈黙が流れた。
悩んでくれておる、ということが扉の向こうから伝わってくるのじゃが、決定打になる何かが足りんようじゃな……。
はてさて、どうしたものかと悩んでおったところで、ヒサコさんが声を上げた。
「なんぞ難しく考えておるようじゃが……家に帰れんと言うなら、あたしたちの家で預かるのじゃいかんのかい?」
「……はい?」
思わず、間の抜けた声が出てしもうた。
アリシアさんの方を見ると、同じようにポカンとした表情をしておる。
扉の向こうにいる少年には聞こえておらんじゃろうが、聞こえていたならワシらと同じような顔をしたじゃろう。
そんなワシら眺め見て、ヒサコさんはやれやれといった風に話を続けた。
「問題になっておるのは、この子が家に帰りたくないというところじゃろ? それなら、あたしたちが居場所を作ってやればよかことたい」
「確かにそうだが……いいのか? お前さんたちの所は随分な大所帯だと思うんだが……」
「なあに、構わんよ。あたしたちは元々子供好きじゃしな。タキヒコさんも反対することはなかろ?」
「あ、ああ。反対する理由もないからのう。この子がそれでいいって言うのなら、喜んで迎えるばい」
「ということじゃ。アリシアさん、その子のことはどうかあたしたちに任せてくれんかのう?」
「……わかった。後は坊主の意思次第だな」
許可を得たところで、ワシが今の話を少年に聞かせると、部屋の中からは大層驚いた気配が伝わってきた。
暫くすると扉が小さく開き、隙間から少年がこちらを覗き込んでくる。
不安そうに揺れる眼差しがワシに向けられるが、安心させるように笑みを浮かべて手を差し出す。
少年は恐る恐るといった様子でその手を掴むと、ゆっくりと外に歩み出てきたのじゃ。
「決まりじゃな。これで、女ばかりの家でタキヒコさんが肩身の狭い思いをすることもなくなるじゃろ」
「む……確かにそうじゃが、今ここで言わんでもよかろうに……」
「ほっほ、冗談のつもりだったんじゃが、タキヒコさんでもそこは気にしておったんじゃな!」
「やかましいわい……。それより、この子に名乗るのが先じゃろう」
「はいはい、その通りじゃね。それじゃあ、まずはあたしから……」
そうしてヒサコさんとワシは順番に自己紹介をし、続いて少年の名を聞いた。
少年は『スギ』という名で、トケターリスから少し離れたところに住んでおったということじゃ。
その後は少年が家に帰れない理由を聞いたのじゃが……思ったよりも深刻な内容じゃった。
「住んでいたって言っても、俺はあの家じゃあただの邪魔者だったんだ」
そう語るスギの表情は暗く、辛い話をさせてしまうことに申し訳なさを感じる。
それでも、この子を護るためには可能な限り話を聞いておかねばならん。
スギもそれを理解しておるのか、少しずつではあるが自らの身の上を話してくれたのじゃ。
「父ちゃんについては顔も覚えていねえ。母ちゃんはいつも違う男の人を家に連れ込んでいて、そいつらに殴られ蹴られなんて当たり前だった」
日常的に振るわれる暴力から身を護るため、スギは家の外で寝泊まりしておったのだという。
食事も満足に与えられず、ワシらの炊き出しを求めて一人街まで歩いてきたこともあったらしい。
それでも家を出なかったのは、いつか母親が自分のことを見てくれるのではないかと、そう想っていたからなのだと語ったスギの目には涙が浮かんでおった。
「結局は、ドンダーに売られちまったんだけどな、俺。幾らだったと思う?」
「もうええ、もうええよ。それ以上は話さんでええ!」
「金貨3枚なんだってよ! 母ちゃん、最後は俺の顔すら見てくれなかった!」
泣きながら叫ぶスギを、ワシとヒサコさんは力いっぱい抱きしめる。
そのまま暫くの間、涙を流す彼の頭を、二人で優しく撫でてやるのじゃった。
「……なんだか、恥ずかしいところを見せちまったな」
「そんなことは気にせんでよか。こっちこそ、悲しいことを思い出させてすまんかった」
「気にしなくていいよ。これから世話になるんだし、俺に遠慮なんてしないでくれ」
「スギは根が優しい子なんじゃのう……。きっと、娘たちともいい関係が築けるたい」
「娘たちって、人間とスライムの間で……子ども?」
「ああ、その子らも養子なんじゃよ。あと、ヒサコさんはこう見えても元々人間だったんじゃ」
ワシの言葉に目を丸くするスギに、ワシら家族の話をかいつまんで伝える。
幾つか伝えられんことはあるが、娘たちも含め、追々話す機会を作らんといかんのう……。
そうこうしているうちに、諸々の手続きを代行してくれたアリシアさんが戻ってきて、スギは晴れてワシら家族の一員となった。
若干照れくさそうな表情を浮かべる彼の手を取ると、ワシらは家へと向けて歩き出す――。
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