第39話 タキヒコ夫妻、助けられなかった子供達を想う

 帰りの道中は、行きとは打って変わって、穏やかなものとなった。

 急ぐ理由がなくなったのは勿論のこと、子どもたちを乗せておるということで安全運転じゃからのう。

 子供たちも最初はざわついておったのじゃが、地面から微かに伝わる揺れに眠気を誘われたのか、皆ぐっすりと眠っておる。

 この分なら、街に到着するまで起きることはないじゃろう。

 そう思ったワシは、車に乗る前から気になっておったことをロージーさんに問いかけた。 



「ロージーさんや、確か、屋敷に連れていかれたのは30人と言っておったのう」

「はい。出発前に確認できたのは、その人数です」

「……屋敷から助け出せた子は、半数程度というところか」



 そう口にして、バックミラーで後部座席を確認する。

 調査の時点で判明していた数の半分、15人の子どもたちが、穏やかに寝息を立てておる。

 その様子を見つめるロージーさんは、拳が白くなるほど握りしめ、感情を押し殺すようにして話を続ける。



「悔しいですが……その通りです。残りの子たちは、既にどこかへ連れていかれた後でした……」

「ままならんのう……。半数を助けられたと言えば聞こえは良いかもしれんが、残りの子らの行方が気になるばい……」

「恐らくですが、教会に引き渡されたと考えています。地方の教会は、どこも労働力が不足していますからね。だからといって……!」



 俯きながらに語る声には落胆と怒りが入り交じり、胸中穏やかではないことがはっきりと伝わってきた。

 末端とはいえ、自分の所属する組織の腐敗をまざまざと感じさせられるのは、辛かろうな……。



「ロージーさん、まずは、この子たちが無事だったことを喜ぼう。あたしらだけでは、こうも早くは動けなんだのじゃから」

「ヒサコさんの言う通りじゃ。ロージーさんが無理を通して、教皇様や国王様と話をつけてくれたから、こうして皆を助けることができたのじゃ」

「お二人とも……ありがとうございます。その言葉だけで、多少なりとも救われた気がします」



 顔を上げた彼の表情は、明るいものとは言い難い。

 しかし、絶望や諦観といった感情はそこになく、これから行う調査についての意欲を感じさせるものじゃった。

 そんな彼に、できる限りの協力は惜しまないということを伝えたところ、感動のあまり泣き出したのには参ったのじゃがな。

 ともあれ、調査の結果が分かるまで時間もかかるじゃろうし、一旦は日常に戻ることができるのかのう……。

 そんな風に考えつつ、街に到着したワシらは子どもたちを冒険者ギルドに連れていき、アリシアさんたちに後を任せると帰宅の途に着いたのじゃった。

 それから数日が過ぎたある日のこと――。



「すんませーん……! カミアリさん、ギルマスが呼んでるっす。時間ができたら、冒険者ギルドまで来て欲しいっす!」



 うどん屋の営業を終えたワシらが片づけをしていたところ、遠くからガジュ君が手を振って走ってくるのが見えた。

 彼は怪我が治るまでの間、冒険者ギルドとワシらの間で連絡役を買って出てくれたのじゃが、どうやら完治した後も引き続き任されておるらしい。

 見知らぬ人にやってこられるよりは安心できるので、ワシらとしてもありがたいことじゃ。



「ふう、ふう……怪我は治ったっすけど、体力はまだまだっすね……」

「あれだけ血を流しておったのじゃから、当然じゃ。それで、アリシアさんが呼んでいるということじゃが、何があったんじゃ?」

「預かっている子どもたちのことで相談があるそうっす。詳しくは聞いていないっすけど、少しややこしいことになりそうだとか」

「ふむ……しからば、急いだほうが良さそうじゃな。皆、ワシはこれからギルドに向かうけん、すまんが残りの片づけを頼むたい」



 そう言ってワシがギルドへ向かおうとしたところで、ファビリアに呼び止められた。

 子どもたちのことで話があるなら、ヒサコさんも連れていけということじゃ。



「片付けくらいなら、もう私たちだけでも十分よ! お父さんたちは、助けた子の面倒を見てあげて!」

「なんとまあ、ありがたい申し出じゃな。タキヒコさん、そういう訳じゃからあたしもついていくよ」

「よしきた。それじゃあ早速向かうとしようかのう。ガジュ君は暫く休んでから戻りんしゃい」

「助かるっす。それじゃあファビリア、水を持ってきてくれっす」

「調子に乗るな! 自分で取りに行け!」



 尻を蹴とばされるようにして水を取りに向かったガジュに苦笑いを向けつつ、ワシらは冒険者ギルドへ向かう。

 そこで通された部屋では、アリシアさんが困ったような表情を浮かべて待っておった。



「突然呼び出してしまってすまない。助けた子供たちのことについて相談があってな……」

「そういったことであれば、いくらでも呼んでくれて構わんよ。一体何があったんじゃ?」

「ああ、本題の前にまずは伝えないといけないことからだな」



 アリシアさんは机に幾つもの資料を広げる。

 そこにはワシらが助け出した子どもたちの絵姿と、住んでおった場所、家族構成などが書き込まれておった。

 そして……欄外にはどのような事件に巻き込まれたのか、どのような扱いを受けたのかが詳細に記載されておったのじゃ……。



「これは……この内容は……!」

「子どもに対してなんとむごい仕打ちを! あの領主……雷程度では生温かったか!」



 言葉にするのも憚られるような、非道な行いの数々。

 その内容は、ヒサコさんが涙を流してしまう程のもので……。



「皆が話してくれたドンダーとウズミルの悪事についての詳細だ。この証言のおかげで……あいつらを確実に牢獄へぶち込むことができる」

「思い出すのも辛かったろうに……この子たちは、無事に両親の下へとかえれたのかい?」

「その点については心配無用だ。ギルドの面子にかけて、無事に送り届けている……のだがな」



 言いよどむアリシアさん。

 なるほど、これから先に話すことが、今日の本題じゃな。



「まあ、実際に見てもらった方が早いだろう。ついてきてくれ」



 そう言ったアリシアさんに連れられて向かった宿舎の一室。

 扉をノックすると、向こう側から必死な様子の声が返ってきた。



「何度来ても同じだ! 俺は帰らない! 帰る家なんてないんだよ!」




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