第38話 タキヒコ、領主拘束の王命を受ける④
「ヒサコさん、急いでおる最中に申し訳ないが、ちといいかのう」
ロージーさんとモルダーさんの下へ向けて走る最中に足を止め、ワシはヒサコさんに向け声をかけた。
先ほどから体の震えも隠せておらんし、ウズミルに神罰を下した後から無理をしている感が否めない。
周りに誰もおらん方が話しやすかろうし、今がそのときじゃろう。
「どうしたんじゃ? 何か気になることがあったかい?」
「……やはり、無理をしておるのう。誤魔化さんでええ、話せることがあれば話しんしゃい」
ワシの言葉に、はっと顔を上げたヒサコさんと目が合った。
そのまま気まずそうな表情を浮かべたヒサコさんは、観念した様子で口を開いたのじゃ。
「――タキヒコさんは流石じゃのう。無理をしておるつもりはなかったんじゃが、隠しきれなんだか」
「何年一緒にいると思っとるんじゃ。ほれ、遠慮せんと言うてみい」
「そうじゃな……そうさせてもらうよ。いざ話すとなると、なんともないことなのじゃろうが……」
そう言うヒサコさんは、深呼吸ひとつして、ぽつぽつと語りだした。
曰く、今回初めて【使徒】としての力を使い、その力の強さに若干の恐怖を覚えてしまったということらしい。
確かに、ウズミルに神罰が下るときの様子は人知を超えたものじゃった。
その内容についても、自らの行いに等しい罰をとヒサコさんが望んだからあの程度で済んでおるのじゃろう。
それこそ、ひとつ間違えればウズミルの命を奪う結果になっておったのかもしれん。
そんな力に恐れを抱くなというのは無理があるし、ヒサコさんが弱気になってしまうのも当然じゃ。
「あたしも、神様の力を気軽に使おうなんて思っちゃおらんのよ。それでも、いざ自分にあんな力があるってわかってしまうとね……」
「いくらヒサコさんでも、怖がるなというのは無理があるのう」
「そういうことさね。ああ、タキヒコさんに話せたら楽になったばい」
ほっとした様子で笑みを浮かべるヒサコさん。
うむ、これならもう大丈夫じゃ。
ヒサコさんに不安そうな表情は似合わんからのう。
ワシは膝を叩くと、再び彼女に向けて話しかける。
「よし、今から遅れた分を取り戻すぞい。一気に駆けるから、しっかり掴まっておきんしゃい」
「よろしくたのむよ、タキヒコさん!」
「あいよ!」
再び走り出すワシの肩に掴まるヒサコさんから、もう震えは伝わってこない。
そのことに安堵しつつ、ワシはだんだんと走る速度を上げていく。
廊下を駆け抜け、飛び降りるような速さで階段を下ると、子どもたちが閉じ込められておるという地下室の扉が見えた。
扉はすでに開かれており、中からはロージーさんとモルダーさんの話し声が聞こえる。
「遅くなった! 子供たちは無事か!」
「おお、お待ちしていました。ご安心ください、捕えられていた子たちはこの通り皆無事ですぞ」
「思ったより早かったな……その様子からすると……ウズミルも確保できたか……」
「一応、五体満足で捕まえたぞい。今はデイビットさんが冒険者たちの所に連れて行っておるわい」
「承知いたしました。そちらは彼に任せておきましょう。それで、この子たちについてですが……」
ロージーさんが手を向けた先には、捕えられておった子どもたちが肩を寄せ合っておった。
助けが来たことに安堵してはいるようじゃが、まだ警戒心が残っておるらしい。
致し方あるまい、つい先日までいつ酷い目に遭うかと気を張り続けておったのじゃ。
ワシはしゃがみこんで子どもたちに目線を合わせると、ヒサコさんと一緒に語りかける。
「大丈夫じゃ。そこの二人から聞いたとは思うが、ワシらは領主を捕まえに来た者じゃ」
「本当に……助けに来てくれたんだな。もう駄目だって諦めていたけど、俺たち、助かるんだな!」
「そうじゃ。領主はもう捕まって、あたしたちの仲間が連れて行った。怖がる必要なんてありゃあせんのじゃよ」
その言葉がきっかけになったのじゃろう。
ワシらに話しかけてきた男の子が涙を流して崩れ落ち、嗚咽を漏らす。
それにつられるようにして泣き出した周りの子たちを、ワシとヒサコさんは優しく抱きしめる。
そのまま暫く時が過ぎ、デイビットさんが合流してくる頃には、皆が明るい表情を浮かべておったのじゃった。
「さてと、この後はどうするかのう。一旦街に戻るのかい?」
「そうだな。屋敷を調べないといけないのだが……子どもたちのこともあるし、君たちは子どもたちを連れて先に街へと戻っていてくれ」
「うむ、承知した。子どもたちのことは任せてくれい」
ワシらはデイビットさんに頷きを返すと、子どもたちを連れて屋敷を出る。
皆を乗せて帰るための車を【車両選び】で呼び出しておったところで、ロージーさんがやってきた。
「街に戻るのであれば、私もご一緒します。ウズミルの身柄が確保できたとあれば、次は教会についての調査が必要になるでしょうからね」
「それはそうじゃが……一人で大丈夫かい? もし何かあっても、ワシらだけでは教会に踏み込むのは難しいぞい?」
「ご心配には及びません。私、これでもそこそこの位を頂いていますから。迂闊に手出しはできませんよ」
「そんなもんかい」
「ええ、そんなものなのです。それよりも、腐敗具合を直に見る方が辛いかもしれませんね……」
そう言って車に乗り込んだロージーさんは、暗い顔をしておる。
おそらく、これまでに見つかった証拠だけでも十分すぎるほどに腐敗の実態が掴めておるのじゃろう。
その胸の内に秘める憤りは、ワシらでは想像しきれない。
せめて、彼の身に何も起きないようにと祈りつつ、ワシらは街に向けて出発したのじゃった――。
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