第37話 タキヒコ、領主拘束の王命を受ける③
「な、なんだお前たち! ここが領主の部屋と知っての狼藉か!」
「その領主様は、何を用意しておるんじゃ? 鞄に金貨……どこぞに逃げ出そうとしておるようにしか見えんのう?」
「そ……そんなことはない! それより、早く立ち去れ! ええい、メイドどもは何をしていたんだ!」
でっぷりと太った男……ウズミルは慌てた様子で周囲を見回しておる。
後ろ手に隠している鞄の周辺には金貨と何かの書類が散乱しており、逃げ出す準備をしていたことは明白じゃ。
手を振ってワシらを部屋から追い出そうとはしておるが、元々こやつを捕まえに来たんじゃ、出ていくはずがなかろう。
そんな気持ちを代弁するように、デイビットさんが一歩進み出て、王命執行者の免状を突き付ける。
「領主ウズミル、王命により君の身柄を拘束する。可能な限り五体満足で王都に連れていきたいからな……抵抗はしない方が良いぞ」
「ふひぅ! そそ、それは王家の紋章……。まさか、そんなはずはない、いくら何でも早すぎる!」
「その言い様……自分が裁かれるようなことをしでかしておる、ということは理解しているようじゃな」
「は……はは! 何のことか分らんなぁ! ――そうだ、貴様たちが王命の執行者など、嘘に決まっている!」
そう言ったウズミルは壁に掛けられていた剣を手に取り、ワシらに向けると大声であれやこれやとわめきたてる。
剣を構えつつも腰の引けた姿はいっそ滑稽とも言えるもので、ワシらは顔を見合わせるとウズミルとの距離を詰めていく。
耳障りな声はワシらが近づくほどに酷さを増し、剣を持つ手はがたがたと震え始めておる。
「帰れ、帰れ! おい、メイドたち! 客人がお帰りだぞ! ……なぜ誰も返事をしない!」
「メイドさんたちには愛想を尽かされたんじゃろう。まあ、その様子なら当然じゃよ。あたしの旦那の足元にも及ばん」
「ぷひゅ! スライム風情が何を言うか! も……もうよい、貴様らを片付ければ、まだチャンスはあるはずなんだ!」
とうとう、目を血走らせたウズミルが剣をめちゃくちゃに振り回し始めた。
そしてそのまま奇声を発すると、ワシら目掛けて突進してきよった。
「ふぎゅぅ! 捕まってなどやるものか! 今まで上手くやれていたんだ、こんな所で……!」
刃引きもされていない剣じゃし、当たればただではすまないのじゃろうが……。
剣術も何もあったものではないその動きは、ワシやデイビットさんからすれば子どもを相手にするようなものじゃった。
ワシはウズミルが自分目掛けて剣を振り上げたのを確認すると、一息で距離を詰め、剣を握る腕を捕まえねじり上げる。
ウズミルが痛みで悲鳴を上げて剣を取り落とすが、ワシは構わずそのまま胸倉をつかみ、柔術の要領で地面へ投げ落とす。
潰れたカエルのような声を上げて倒れたその背中に膝を落として動けないようにすると、デイビットさんが手早く手足を縛り上げた。
「観念しろ。お前が復興予算を横領し、贅の限りを尽くしているのは調べがついている」
「それだけではないぞい。ドンダーと手を組んで、子どもたちを攫わせていたことも当人から聞き出しておる。言い逃れはできんぞ」
「お前はこの後、王都へ連行後に裁判にかけられる。不正の証拠は十分揃っている……斬首刑は避けられないだろう」
「くそ、何故だ! どうしてこんな目に合わないといけないんだ!」
「どうして……じゃと? おまえ、自分が子どもたちにしたことを忘れておるのか!」
「あ……あれは……あれはただの淘汰だ! そう、淘汰だよ! 弱い人間……貧乏人や病人を淘汰して何が悪い!」
ウズミルがそう口走った瞬間、部屋の気温が数度下がったような気がした。
それに気づかぬまま、奴は自分のしでかしたことをさも正当性があるかのように語り始めた。
「使える人間は餌を少なくしても生き残る。餌が足りず死ぬのは弱いからだ! そいつらを淘汰して、優秀な人間を残すのは領主の仕事だ!」
「それで……自分はその『優秀な人間』だとでも言いたいのかい……?」
「ああ、当然だ! 領主に選ばれるような人間が、淘汰される側であるはずがないだろう! あんなガキどもよりもずっと価値がある!」
その言葉が決め手となった。
ヒサコさんの方から何かが切れるような音が聞こえ、彼女の周囲で床がひび割れると同時に窓ガラスが外に吹き飛んだ。
「ふざけるのもいい加減にしんしゃい! あたしはそんな事絶対許さんけんな!」
「ひぃ! な、何なんだ、このスライムは!」
「あたしもね、あんたが多少なりとも反省したり、後悔するようなら、このスキルを使おうなんて思わんかったよ。けど、もう容赦はせん」
そう静かに告げたヒサコさんの体がほのかに輝きだす。
それと同時に屋敷全体が揺れ始め、空には暗雲が立ち込める。
雷鳴が鳴り響き、風が吹き荒れ、割れた窓からは大粒の雨が部屋に吹き込んでくる。
「この者の悪業、残忍非道な行い、真に許し難しものなり! 女神の名において、貴様に罰を与えるばい!」
ヒサコさんが叫ぶと同時、屋敷に雷が落ちた。
不思議なことに、その雷はワシらを避け、壁や床を伝ってウズミルにのみ向かう。
「【女神の加護】よ、【使徒】の求めに応じ、この者に神罰を下したまえ!」
ウズミルに向かった雷が、そのまま奴の体にまとわりつき、その肌を焼いていく。
普通なら一瞬で終わる事なのじゃろうが、雷はいつまでも消えることなく、ウズミルの体を縛る縄のようになっておった。
「ひ、ぎゃああ! 痛い、痛ぃい! やめ、やめてくれぇ!」
「これは、お前が傷つけた子どもたち、お前に苦しめられた領民たちの痛みじゃ。それ以上の痛みは与えんし、それ以下の痛みにもならん」
「そ、そんな! こんなことはしていない! こんなつもりじゃなかったんだァ!」
「それはお前がそう思っておるだけじゃ。皆の味わった痛み、苦しみの分だけ、その雷はお前を苦しめる。諦めて受け入れるんじゃな」
ヒサコさんがそう告げると、屋敷の揺れが収まり、天候も元に戻っていった。
ウズミルを縛る雷はそのままに、正に神罰というにふさわしい光景じゃ……。
「さ、こいつのことはもうよかろう。逃げ出すこともできんじゃろうし、子どもたちのことが気になるばい」
「そ、そうだな。ロージーとモルダーに合流するとしよう。私は念のためウズミルを冒険者に預けてくるから、二人は先に向かってくれ。」
「あいわかった。それじゃタキヒコさん、急ごうかの!」
その言葉と共に、ヒサコさんがワシの肩に飛び乗ってくる。
ワシはヒサコさんに頷きを返すと、微かに震える彼女の体を支えつつ、子どもたちの下へと向かうのじゃった――。
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