第36話 タキヒコ、領主拘束の王命を受ける②

「門を開けよ! これより屋敷への立ち入り調査を行う!」



 夕暮れ時の丘にデイビットさんの声が響き渡った。

 彼の眼前には大きな門があり、領主の屋敷と外とを隔てておる。

 門の前に立つ衛兵たちは突然のことに顔を見合わせ、訳が分からないといった様子じゃ。



「急いで良かったのう、タキヒコさん。あの様子なら、領主のやつはまだ逃げておらんじゃろう」

「そうじゃな……えらい強行軍じゃったが、間に合ってよかったわい」

「カミアリ……お前のスキルのおかげで、予定より早く到着できたが……うぷっ……帰りは、勘弁してくれ」

「モルダーに同意です……私も、あの乗り物は遠慮願いたい……です」



 数時間前、ワシは怒り心頭のヒサコさんを連れてギルドへ向かった。

 そこでは既にデイビットさんたちが領主の屋敷へ向かうための準備を終えており、すぐさま出立する運びとなったのじゃった。

 道中はワシのスキル【車両選び】で呼び出したマイクロバスを駆使して移動時間を短縮し、つい先ほど館と外を隔てる外壁へとたどり着いたのじゃ。

 整備されていない道を走らせたこともあり、デイビットさんと他数名を除いた皆は少々車酔いに苦しんでおるようじゃが……。



「なんじゃ、あの程度で情けない。ほれ、これを飲んでしゃきっととしんしゃい」

「ありがたい……感謝するぞ、ヒサコ殿……」

「ヒサコ様の回復薬……なんと神々しい……!」



 ヒサコさんが回復薬を生成し、不調を訴えた者に飲ませておる。

 薬を口にした者はたちどころに調子を戻しておるようじゃし、こちらは問題なかろうな。

 後は門さえ開けば、すぐさま屋敷へ突入して領主の身柄を確保できるじゃろう。

 そう思ってデイビットさんの方へ目を向けると――。



「突然の立ち入り調査など、こちらにそれを受け入れる理由はない! 誰の許しを得てそんな迷いごとをのたまっているんだ!」

「帰れ、帰れ! この門を開けて欲しくば、それこそ領主様の許可を貰うんだな!」

「それ以上近寄るのであれば、こちらも容赦はしないぞ!」



 そう言って、門衛はワシらに向けて手にした槍を構える。

 顔にはあざけるような表情が浮かんでおり、通す気は毛ほどもなさそうじゃ。

 その様子を見たデイビットさんはため息を吐き、更に一歩踏み込むと最初より遥かに大きな声を張り上げる。



「この屋敷への立ち入り調査は王命である! 門を開けよ! 繰り返す、これは王命である!」

「なっ……! そんなまさか!」

「王命だと? もし騙りであれば死罪は免れないぞ!」

「この私の言葉が騙りだと? ならば、この免状をよく見るがよい!」



 デイビットさんが懐から巻物のような何かを広げて取り出し、天に掲げる。

 最初はいぶかしんだ門衛たちだが、免状と呼ばれたそれを見た彼らは揃って顔面蒼白となった。

 そのまま大慌てで門を開くと、左右に整列してワシらを招き入れる。



「「「申し訳ありませんでした! どうぞ、お通り下さい!」」」



 これは後で知ったことなのじゃが、デイビットさんが持っておった巻物は、王命が下った際にのみ開くことができる魔道具の一種らしい。

 仕組みについてはワシの頭では理解ができなかったが、中には王家の紋章が刻まれており、一目見れば彼が王命の執行者であることが分かるのだとか。

 ロージーさんも似たようなものを持っておるとのことじゃったが、今デイビットさんが見せたものの教会版といったところかのう?

 ともあれ、これで屋敷への道が開けたのじゃ。



「では、行くぞ。私たちはこのまま屋敷に向かう。冒険者の皆は外への出入り道を塞いでくれ」



 デイビットさんの号令で冒険者たちが散開する。

 ワシらはそれを確認すると、屋敷へと向かうのじゃった――。



「きゃあ! な、何事ですか!」

「領主はどこにいる! 彼は複数の罪を犯した疑いがある。直ちに居場所を教えて欲しい!」

「わ……私は領主様がどこにいらっしゃるか分かりません……。メイド長を呼んできますので、しばしお待ちを!」



 玄関の扉を押し開いて屋敷の中へとなだれ込むと、掃除をしておったのじゃろうか、玄関におったメイドが悲鳴を上げた。

 すっかり怯えさせてしもうたが、事態は急を要する。

 後でしっかり謝るとして、今は領主の居所を突き止めるのが先決じゃ。

 ワシらは走り去るメイドさんを見送り、彼女が戻るのを待つ。



「お……お待たせいたしました。当家のメイド長でございます。旦那様に、何か御用でしょうか」



 数分後、玄関におったメイドさんは一人の女性を連れて戻ってきた。

 連れてこられた女性は、怯えながらも面と向かってワシらに話しかける。

 そんな彼女に向け、モルダーさんが口を開いた。



「領主……ウズミルには複数の容疑がかけられた……。子どもたちの誘拐……教会との癒着……。領主として、到底許されることではない」

「……とうとう、この時が来たのですね。ああ、この時をどれほど……どれほど待ちわびたことか!」

「お前は……領主の所業を……知っていたのだな」

「仰る通りです。その上で、わが身可愛さに何も知らないふりをしておりました……! 罰ならいくらでも受けます! はやく、早く彼女たちを助けてあげてっ!」

「罰を受けるかは……これからの調べ次第だ。まずは……領主の居場所を教えてくれ」



 膝から崩れ落ち涙を流すメイド長は、領主の居場所と――攫われてきた子どもたちの居場所を教えてくれた。

 ワシらはすぐさま誰がどちらに向かうか話し合い、ワシとヒサコさん、デイビットさんが領主の下へ向かうことになった。

 モルダーさんとロージーさんには万が一のためにヒサコさんの回復薬を渡し、子どもたちの保護に向かってもらう。



「いよいよご対面じゃな……ウズミルとやら、覚悟せい」



 怒りに燃えるヒサコさんと共に、領主のいる部屋へと向かう。

 扉を蹴破るようにして開くと、そこには今まさに逃げ出そうとしておる領主……ウズミルの姿があった。

 逃げられないことを悟ったウズミルは、壁に掛けてあった剣を手に取り、狂ったような叫び声を上げて襲い掛かって来るのじゃった――。




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