第35話 タキヒコ、領主拘束の王命を受ける①

 王命を受けたと喜色満面のロージーさんは小躍りするような動きで部屋の中へと入ってくる。

 そのまま借りていた通信用魔道具をデイビットさんに手渡し、席に戻ると服からロザリオのようなものを取り出して握りしめる。

 どうやら、万事うまくいったことに対して感謝の祈りを捧げているようじゃのう。

 そんな彼の下へ、モルダーさんが歩み寄る。



「おい、ロージー……お前が話しに行ったのは……教皇様だったよな? それがどうして……王命を受けることになった?」

「ええ、正にそのことなのですが!」



 モルダーさんの声に顔を上げたロージーさんが、そのままぐるんとワシの方を向く。

 その目は爛々と輝いており、初めて会った時のことを思い出したワシは思わず後ずさりしてしもうた。

 それを見たデイビットさんが咳ばらいをしたことで、ロージーさんも興奮しすぎていたことを自覚したようじゃ。

 深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、その後は落ち着いた様子で教皇様との会話内容をワシらに教えてくれたのじゃった。



「私が教皇様にお伺いを立てたのは、この領地の教会についてと、タキヒコ様たちについてです」

「そういえばカミアリたちのことも併せて伝えると言っていたな。教会の腐敗については分かるが、どういうことだ?」

「はい、私は人の放つオーラ……魔力のようなものとでも言えばよいのでしょうか、それを見ることができる眼を持っています」

「確かに、初めて会ったときにも言っておったのう。ワシとヒサコさんのオーラがどうのと……」

「その節は失礼いたしました。私の使命の一つに、神の使途を探すというものがあるのですが――」

「なるほど、そのオーラとやらで見分けることができるということじゃな?」

「お察しの通りです。タキヒコ様とヒサコ様の放つオーラは、正に神のごとき輝き……そのことについて教皇様にお伝えしたのです」



 ワシらのことを知った教皇様は、それはもう驚いた様子だったそうじゃ。

 そういえば随分と前になるが、栗崎さんが教皇様と国王様、王妃様の下へお告げがあると教えてくれておったのう。

 教皇様はよくぞ知らせてくれたと、すぐさま国王様の下へと走り、ワシらのことを伝えたそうじゃ。

 それからはもう、あれよあれよという間に領主拘束の王命を発する段取りが整ったということらしい。

 街の子どもたちを攫わせていた、というだけでは王命まで至ることはなかったそうじゃが、【聖者】と『使徒』の身内を誘拐したとなれば話は別。

 それこそ、国を挙げて擁護しなければならない存在の身辺を脅かしたという事実が領主の罪をより重いものにしたということじゃった。



「大体の事情は察した。カミアリ君、王命を承ったということは今すぐにでも動けるということだが……どうする?」

「ひとまず、妻に話をしてこんといかんのう。領主の下へ向かうことは決まっておるのじゃが、留守の間のことも手配せねばならん」

「留守中のことは冒険者ギルドに任せてくれ。ガジュが怪我で療養している間、護衛は俺を含めた冒険者が交代で受け持とう」

「おお、それは心強いのう。宜しくお願いしますじゃ」



 頷きを返すアリシアさんに感謝しつつ、家に戻ったワシはギルドでの出来事を皆に話した。

 領主が逃げてしまう前に、すぐに出立しなければならないということは皆理解してくれたのじゃが……。

 話の途中からファビリアが怒り心頭で暴れだしそうになるのを、レイチェルが何とかなだめておる。



「領主様……いや、もう領主でいいわ! 頼ろうとしていた自分が情けなくなるわ! ああもう、一体何を考えていたのかしら!」

「ファビリア、落ち着いて。すぐに冒険者の人たちが捕まえてくれるわ」

「そうじゃ。ワシも共に向かうからの。逃がしはせんわい」

「お父さんがそう言うなら、安心だけど……! ああ、何もできない自分がもどかしいわ!」



 そう言って地団太を踏む様子に、レイチェルをはじめとした皆は苦笑いを浮かべておった。

 そんな光景があった後、準備を進めるワシにヒサコさんが話しかけてきた。



「タキヒコさんや、今回の件、あたしも着いていくが問題あるまいね?」

「なんじゃと? 娘たちと一緒におるのではなかったのか?」

「初めはそう思っておったんじゃよ? ばってん、タキヒコさんの話を聞いて、あたしの何かに火がついてしまったらしくてね?」

「そうは言うがのう……」

「すぐに向かって、捕まえて、すぐに帰ってくる。留守中は冒険者さんが家を守ってくれるんじゃろ? それなら、あたしが向かってもよかろ?」

「確かにそうじゃが、ヒサコさん、いつもと様子が――っ!」



 改めてヒサコさんに向き直ったワシは、腰をぬかしそうになってしもうた。

 ヒサコさんの体から、陽炎のような熱気が立ち昇っておる。

 表情は笑みを浮かべた優しいものじゃが、なんと言えばよいのか、圧がすごいのじゃ。



「ヒサコさんや、つかぬ事を聞くのじゃが……怒っておるよな?」

「うむ」

「もしや、ドンダーのことをワシに任せてくれたのは、ワシの怒りを発散させようとしてくれていたということじゃったのか?」

「うむ」

「……領主のしでかしたことを聞いて、とうとう堪忍袋の尾が切れたと、そういうことか?」

「うむ」



 まずい……これは非常にまずいのじゃ。

 単調な返事が伝えてくるのは、本気で怒っておるときの声色じゃ。

 ヒサコさんは、滅多なことでは怒りはせん。

 最近はワシのことで何度か暴れることはあったが、アレは極々軽いものじゃ。

 本気で怒って、その怒りが爆発した時の凄まじさは――ドンダーの屋敷で暴れたときのワシの比ではない。

 領主がどのような人物で、どのように言い訳するのかは分らんが……。


(何を言ったところで、碌なことにはならないじゃろうな……。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……)


 思わず念仏を唱えてしまう程度には、領主の末路に同情を覚えてしまうのじゃった――。




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