第33話 タキヒコ、娘を取り返す③
「お父さん、危ない!」
レイチェルの叫び声で、部屋に入ろうとしていたワシは後ろに飛び退いた。
直後、ワシの立っていたであろう位置を刃が通り過ぎる。
見ると、さっき相手にしてきた手下たちのような格好をした男が立っておった。
その男は、避けられたのが癇に障ったのか、苛立ったような表情で怒鳴り散らす。
「ちぃっ! 邪魔しやがって……。てめえが叫ばなけりゃ当たってただろうが!」
どうやら部屋の中に見張り役がいたようじゃな。
扉を開けるまで気づかなんだとは……レイチェルを助けることにばかり気を取られて、警戒が緩んでおったのう。
考えてみれば、子どもたちを『商品』などど言う悪党じゃ。
子どもたちを集めておる部屋に見張りをつけておらん訳がない。
改めて部屋の様子を伺うと、小剣を構えた男が一人、部屋の入口を背にワシをねめつけておる。
「レイチェル、お前さんのおかげで助かったわい。すぐに片付けるから、少しの間目を閉じておきんしゃい」
「え、ええ……お父さん、怪我しないでね? 絶対よ?」
自分も辛いだろうに、ワシのことを心配するレイチェルに頷きを返す。
こうなっては、かすり傷ひとつ負ってやるわけにはいかんのう。
ワシは静かにバットを構えると、見張り役の男と対峙した――。
「――まあ、不意を打たれなければこんなもんじゃろうて」
数秒後、ワシの足元には気絶した男が転がっておった。
見張り役といえども、実力自体はさっきまで相手しておった連中と変わらんかったからの。
ワシは倒れておる男を隅に寄せ、改めて部屋の中へと入っていく。
部屋の中にはレイチェルだけでなく、数人の子どもたちが捕えられておった。
「さっきの奴は……?」
「安心せい、部屋の外で気絶しておるよ。今、縄をほどくから待っておれ」
子どもたちは怯えた様子じゃったが、冒険者たちと共に助けに来たことを伝えると、ほっと胸をなでおろしておった。
ワシは皆の手足を縛っておった縄をほどき、その縄でもって見張り役を縛り上げる。
これで、起きてきたとしても問題なかろうて。
「お父さん……」
「レイチェルや、助けが遅くなってすまなかったのう」
「そんなことないわ! 私分かっていたもの、お父さんがすぐに助けに来てくれるって!」
「それでも、怖い思いをさせてしまったことには変わらんからのう……」
そう言って頭を撫でてやると、レイチェルはワシにしがみついて涙を流す。
抱きしめた体からは、小さな震えが伝わってくる。
心配をかけさせまいと気丈にふるまってはおるが、やはり怖かったんじゃろうて……。
ヒサコさんとアリシアさんたちがやってくるまでの間、ワシは彼女を抱きしめ続けたのじゃ。
「――捕まっていた子どもたちは全部で5人か。トケターリスでは見かけたことのない子もいるな……」
「辺り一帯で子どもを攫っておったんじゃろうな。まったく、とんだ悪党じゃわい」
「あたしもタキヒコさんと同意見じゃ。それで、この子たちはどうする? 放っておくわけにもいかんじゃろう?」
「身元の分からない子については、暫くの間は冒険者ギルドで預からせてもらう。どこから連れてこられたとか、色々と話を聞かないといけないからな」
「あいわかった。そちらはアリシアさんたちに任せるぞい」
「任せておけ。それで、今後のことだが……」
ひとまず、この屋敷に捕まっておった子どもたちの保護を最優先にするということじゃった。
ドンダー一味は一旦、子どもたちが捕えられておった部屋に閉じ込めておいて、明日冒険者ギルドへ移送する手筈らしい。
併せて数人の冒険者たちが屋敷の捜索を行い、ドンダーと領主が繋がっておった証拠を確保するという話じゃ。
ここで見つかる証拠次第では、国が動くことも考えられるじゃろう。
ひとつの領地を束ねる者がやらかした今回の事件、このまま終わるということがあってたまるものか。
ワシやヒサコさんとしても、子どもを食い物にするような領主のことは腹に据えかねておる。
いずれ相対するときは覚悟を決めてもらおうかのう……。
「さて、それじゃあ俺たちはそろそろ街に戻るぞ」
「了解です! 屋敷の捜索は任せてください!」
「頼みますぞ。なんとしても証拠を押さえてくだされ」
ワシの言葉に頷きを返す冒険者さんに別れを告げ、トケターリスの街へと帰還する。
子どもたちを気遣ってのゆっくりとした道中じゃったが、それでも夕暮れ時には街に到着することができた。
そのまま冒険者ギルドに向かおうとしたワシらじゃったが、聞きなれた声に呼ばれて足を止める。
見ると、少し離れたところでアイリとカイリが腕を振っておる。
ファビリアとガジュも一緒におるようで、どうやらワシらの到着を街の入口で待っておったらしい。
「「お姉ちゃん!」」
「アイリ、カイリ!」
駆け寄ってきた二人をレイチェルが抱きとめる。
アイリもカイリも、もうレイチェルを離さないとばかりに服を掴んでおる。
遅れてファビリアもやってきて、皆で抱擁を交わす姿を見ておると、思わず泣きそうになってしもうた……。
「だいじょうぶ? 痛いところない?」
「リアお姉ちゃんも心配してたよ!」
「ええ、お父さんがすぐに助けてくれたから、どこも怪我していないわ。ファビリアもありがとう、二人のことを見てくれて」
「そのくらい、お安い御用よ! レイチェルも、無事で何よりだわ!」
娘たちが笑いあっているのを見ておると、ワシの下へガジュがやってきた。
本調子という訳ではないようじゃが、一人で歩ける程度には回復したようじゃな。
「お帰りなさいっす。ドンダーはどうなったっすか?」
「叩きのめしてやったわい。明日朝には冒険者ギルドへ移送するとのことじゃったから、牢屋にでも放り込んでおけばよい」
「おお! 無事に捕まえられたっすか! それなら、明日は俺も――っ!」
「おぬしは病み上がりじゃろうが、大人しく家で休んでおけ!」
「……面目ないっす……」
拳を振り上げたまま顔を青くし、ガジュ君はその場に崩れ落ちた。
アリシアさんがやれやれといった様子でその様子を見つめておるが、彼としても何かの役に立ちたいという気持ちは強かろう。
何とかしてやれんか、後でワシからもお願いしておくとしようかのう。
この後は、おそらく領主ともひと悶着あるじゃろうし、手が多いに越したことはないからの。
「よし、ワシらはそろそろ子どもたちをギルドに連れていきますばい。レイチェルは家で皆とゆっくりしておいで」
「それじゃあ、そうさせてもらいますね。……ありがとう、お父さん」
「なに、ワシもすぐに帰るばってん、お礼なんてよかよか」
「それなら、一応あたしがついて行こうかね。お茶でも用意して、帰りを待っとるよ」
「おお、それはありがたいのう……」
ヒサコさんと娘たちが連れ立って家へ向かい、ワシとアリシアさんたちは冒険者ギルドへ子どもたちを連れていく。
その後は日が暮れるということもあって、ワシも家へ帰ることにしたのじゃが、帰りがけにアリシアさんに呼び止められた。
明日、ドンダー達の移送が終わった後で、デイビットさんたちを交えて話をしたいということらしい。
彼らが話に入るということは、その内容はおそらく領主がらみの話になるじゃろう。
ワシはその申し出を受け入れ、家へと帰る道中でドンダーと手を組んでいるであろう領主について考えを巡らせるのじゃった――。
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