第32話 タキヒコ、娘を取り返す②

「てめえ……一人倒したからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「囲め囲め! いくら強かろうと所詮は一人だ!」

「舐めた口をききやがって。後から後悔しても遅いからな!」



 ドンダーの指示を受けた手下たちが口々にワシをののしり、そのまま取り囲もうとするが……隙だらけじゃ。

 ワシは最前列の一人に向けて大きく踏み込むと、顎を下から掬い上げるようにして撃ち抜く。

 男が白目を剥いて後ろに倒れていくのを横目に、すぐさま体を旋回させて周囲を薙ぎ払うようにしてバットを振るう。

 巻き込まれた二人が壁まで吹き飛ばされ、うめき声を上げて崩れ落ちるとそのまま動かなくなる。

 細く息を吐いてじろりと周囲を見回すと、残りの手下たちは気圧されたように一歩後ずさった。



「そこで怖気づいてしまうとは情けない。言うたはずじゃぞ? 無事で済むと思うでない、と」

「こ、こいつ……強いぞ!」

「やるならもっと本気で……殺す気で来んかい。ワシのことをなめちょるんか? それとも、ワシが怖いんか?」



 あまりの手ごたえのなさに、思わず挑発してしもうた。

 こやつら、全員が刃物を手にしているとはいえ、技量は素人に毛が生えた程度しかないようじゃからのう。

 たしかに、大抵の人間は刃物を向けられると動きが鈍くなるのじゃろうが……。

 昔取った杵柄といえばよいのか、ワシはそのあたり鈍くなってしもうとるからのう。



「怖いなら、家に帰って布団にでも包まっておれ。震えているお前さんらにはそれがお似合いじゃ」

「誰がてめえなんか! てめえなんか怖かねぇ!」



 再度の挑発に、叫び声を上げた一人がナイフを構えて突っ込んでくるが――学習せん奴らじゃのう。

 突っ込んできた男は、ワシが最初に蹴り飛ばした男と同じ末路を辿り……その後は一方的な展開が続いた。

 ひるんでしまった連中なぞ、ワシの相手ではない。

 バットが風切り音を響かせる度に一人、また一人と倒れていくドンダーの手下たち。

 ワシは最後の一人を打ち倒すと、改めてドンダーに向き直る。

 奴め、手下どもが打ちのめされた程度で戦意喪失したのか、がたがたと震えておるわい。



「これで終いか? 案外あっけないもんじゃったのう」

「あの人数を一人で……な、何者だ、お前!」

「ワシか? ワシはただの一般人で、お前が攫った女の子の父親じゃよ」

「あ――ああ、そうか! 娘を取り返しに来たんだったな!」



 ワシの言葉を聞いたドンダーが、ごまをするかのような仕草で近づいてくる。

 へらへらとした笑いを浮かべた奴は、足元に転がっておる手下たちなど気にした様子もない。



「へへっ……娘さんならお返ししますよ。なんなら、もう2、3人使えそうな奴を――」



 駄目じゃ、これ以上聞いちゃおれん。

 尚もくだらない提案を垂れ流すドンダーの横っ面を、全力で殴りつける。

 派手に転がったドンダー目掛けて、バットの先端を突き付ける。



「~~! いでぇえええ! いでぇえええ!」

「お前、今更何を言っておるんじゃ? 先ほど言うておったのう……か弱い子どもたちのことを『商品』じゃと」

「ひぃ!」

「ふざけるのも大概にせんか! この下種が! 今、ここでその命を絶ってやろうか……?」

「ご、ごめ……ゆるして!」



 怯えて逃げ出そうとしたドンダーの足元目掛けて、渾身の力を込めてバットを振るう。

 屋敷の床が砕け、破片が飛び散るが知ったことではない。

 ワシは後ずさるドンダーの胸倉を引っ掴むと、そのまま無理やり引き起こす。



「もういい、お前には交渉する価値もない」

「な、なにを……!」

「お前の縄張りは全て頂く。これまで攫った子どもたちも全員、ワシが保護する。これは決定事項じゃ」

「ふ、ふざけるな! 俺が今までどれだけ――」



 暴れようとしたドンダーを、床にたたきつけて黙らせる。

 正直なところ、殺してしまわんようにするのもそろそろ限界じゃ。

 奴を掴む腕に、徐々に力が入っていく。



「子どもたちを食い物にし、自分だけは助かろうとするその根性……」

「あ、が、苦し……!」

「おい、ワシの理性が残っておるうちに頷いておけ……さもないと、本当に命を落とすことになるぞ……!」

「わ、分かりました! い、命だけは助けてくれっ! 縄張りもアンタに渡す! 子供が欲しいなら連れて行けば良い!」

「それでええ」



 ワシが頷いて解放すると共に、ドンダーは地面に崩れ落ちる。

 極度の緊張が急に解けたためか、失神してしもうたようじゃ。

 とりあえず、この場の危機は去ったとみて良さそうじゃな。



「アリシアさん、待たせてしまってすまんかったのう。それで、ドンダーについてなのじゃが……」



 とりあえず、奴とその手下たちは身柄を確保しておかんといかん。

 逃げ出されては面倒じゃし、散々悪事を働いておるのじゃからな。

 冒険者たちにも協力してもらおうと、アリシアさんに話しかけたのじゃが……。



「お、おう……倒れている奴らの拘束は俺たちに任せてくれ、カミ……タキヒコさん」

「……なんじゃ? いきなり他人行儀になりおって。今まで通りカミアリでよかよ?」

「カミアリ、だったよな? さっきの、鬼のように暴れまわったアレは……気のせいじゃないんだよな?」

「ちと暴れすぎましたかのう? いやはや恥ずかしい。つい若い頃の癖がでてしまいましたわい」

「そ……そうか」



 暴れすぎてしまったのか、若干引かれてしまっておるようじゃ。

 ヒサコさんがやれやれといった風に頭を撫でてくれておるが……。

 体が若返ったのは良いのじゃが、引っ張られて昔のワシみたいになってしまわんよう、気をつけんといかんのう……。



「――よし、全員拘束したぞ! カミアリ、手下の一人が鍵を持っていた。おそらく子どもたちが捕えられている部屋のカギだろう」

「ありがとうございますじゃ。一足先に、子どもたちを解放してきますぞい!」



 アリシアさんが投げ渡してきた鍵の束を受け取ると、ワシは屋敷の奥へ向けて走り出す。

 幾つもある扉は、ほとんどが壊れかけていたり開きっぱなしになっておった。

 その中でも、ひときわ大きな扉の取っ手に大きな南京錠が取り付けられておる。

 どうやらここが正解らしい。



「――レイチェル! 助けに来たぞ!」




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